第五十四話―A 端末
街へ到着したのが想定よりも遅くなってしまい、既に結構いい時間なので、今日のところはギルドへは寄らず、報告は翌日に回すことにしてリックの家に真っ直ぐに向かった。
報告はなるべく速やかに行うのが原則だけれども、酷く怪我をしている場合や、時間が遅い場合はその限りではないらしい。
今回は時間が遅いという条件を満たしているし、二人のヘルスデータが重度の疲労を示し警告を上げているわけで。
じゃあ、後回しにしようねという事になったのだけれども、実のところレニーが後回しに従った理由は時間が遅くなった事でも、過労で身体が重いせいでも無く――
「疲れた……今日はなんだか全身ベタベタしてるような気すらするし……ああ、一刻も早くお湯を浴びたい……ねえ、カイザーさん、お姉ちゃん、マシュー……今日はもういいよね? あたし、リックさんちいってお湯浴びしても……いいよね?」
――と、一刻も早くシャワーを浴びたいというのがその理由だった。
まあ、ソルジャーがね……マシューにね……。
レニーが浴びたわけじゃないし、マシューだって直に浴びたわけじゃないし、ただのオイルだったけれども……あれはなんというか、厄というか、呪いというか……気休めにしかならないとしても、洗い流したくなるというのはわかるよ。
しかし……文明がチグハグで、機兵以外の文化が幼いこの世界でも、庶民レベルでお湯を浴びる事ができる環境であるということに驚いてしまった。
別にバカにしているわけじゃないぞ。この世界は機兵周りの文化を取り除くと、古き良きファンタジー世界と同等の文明レベルだからね。得てしてあの手の世界には風呂は愚か、お湯で身体を流すという贅沢は金持ちや貴族の特権だったりするじゃん。
だからこの世界でもそうなのだろうと思いこんでいたんだ。
なので『お湯を浴びる習慣があるのか』と、思わず口に出してしまったが、おかげでレニーから事情を聞くことが出来た。
「普通はお湯を入れた桶で身体を拭くんですけどね、リックさんとこにはお湯が沢山出せる仕掛けがあるので使わせて貰ってるんです」
なんでも近くの川から水をくみ上げ、それをメンテ用魔導炉の排熱で沸かして素材や機兵の洗浄に使っているらしく。
レニーはそれをそのままシャワーのように使わせてもらっているらしい。
なるほどそういう事か……やっぱりお約束の世界観なんじゃないか。
……であればだ。
もうひと工夫すれば身も心も解きほぐす素晴らしきアレが作れるではないか。
お約束どおりの世界観だというのであれば、お約束どおり喜んでもらえるはずだ。
こんな身体になった俺はそれに与る事はかなわんが、パイロット達には快適に過ごしてもらいたい。
なので到着早々、直ぐに湯を浴びに向かおうとするレニーを呼び止め、一言助言をして見ることに。
「なあレニー。昔何かで見たのだが、世界の何処かには、水では無くお湯が沸く『温泉』と呼ばれる泉が存在するらしいんだよ。
それでな、野生生物はそれに浸かって傷や疲れを癒やすらしくてな、それはそれは気持ちが良いらしいんだ」
「へえ! いいですね、それ! 流すだけでも気持ちが良いのに、たっぷりのお湯に浸かったらきっと幸せでしょうねえ……」
「ああ、幸せなんだろうさ。それだけのものだ、味わった人がまた入りたいと思ったんだろうな。
残念ながら記憶が定かではないけれど、何処かに住む温泉の体験者はそれを忘れられず、その代用品として湯を容器に溜めて浸かる『風呂』と言う物を生み出したらしいんだ」
「ええ! いいな、いいな! それどこなんでしょう? 思い出せませんか? カイザーさん!」
「まあ、落ち着き給えよレニーくん。いいかい? お湯をたっぷりと用意できるここならば、大きな容器さえあれば風呂を作れると思うんだけど……なあ、リック?」
そんな具合に風呂の情報を
「大きさはこんだけありゃ十分かい?」
十分も何も余裕で3人程度なら悠々と入れる大きさである。素材が何なのかは知らないけれど、よくもまあ、担いできたものだ。
「そのまま湯を溜めても良いけれど、傾斜をつけて底に排水管を付ければ湯を捨てるのが楽だと思う」
「ああ、なるほどな。一々ポンプで吸うってのも面倒くせえからなあ」
等と排水周りのアドバイスをすると……直ぐに加工にとりかかり、排水管もキチッと排水路に伸ばされてあっというまに立派な浴場が作り上げられてしまった。
それが設置されているのはレニー用に作られているらしい、格納庫脇にひっそりと佇んでいる小屋だ。
いい笑顔を浮かべたリックが親指を立てるやいなや、レニーが歓喜の声をあげ、マシューと共に素早くそこに飛び込んでいってしまった。
……マシューは事情も分からずレニーに引きずられていった感じだったが、まあいいだろう。あの子もきっと気に入ってくれるはずだからね。
さて……二人がお風呂を堪能している間……残った俺は俺で用事を済ませないとな。
レニーが普段使っている連絡用端末をリックの手元に転送し、手にとって見るよう伝えた。
「む……一体なんだいこりゃあ?」
「これは俺とレニーが連絡に使ってる道具なんだけど……これを俺が言うとおりに改良することは可能か?」
「そうは言われてもな……ただホイっと見せられただけじゃあわからねえよ。せめて分解させてくんねえとよ」
「それもそうか……分解は流石にまずいけど……そうだ、改良用の図面なら開ける前に内部がだいたい確認できるはずだ。とりあえずそれを見てくれよ」
スミレにお願いをしてデータベースから連絡用端末のメンテナンス情報を拾ってもらい、それを元に改良版通信機の簡易的な図面を引いてプリントアウトをしてリックに渡した。
「ふむふむ……なるほどなるほど……へえーなるほどなあ」
流石、凄腕技術者だな。
リックは『なるほどなるほど』と、楽しげな声を上げて興味深そうに眺めている。
その表情はわけがわからないものを見る顔ではなく、何か合点がいったような顔をしている。
「あー、あー! なるほどな、こりゃあアレだ、ギルドの連中が他の支部と連絡取り合うのに使ってる奴と設計思想が似ているな」
「ほう、ギルドにもあるのか……というか余所にもハンターズギルドがあるんだな」
「そりゃそうよ。まあ、発祥となりゃあここだがよ、各地にも魔獣がでねえわけじゃねえ。規模は様々だが、大抵の街や村には大なり小なりギルドがあるぜ。そもそも今の本部は別の……っと、なあ、やっぱりちょっとバラしちゃだめかい? 純粋に中を見てえってってのもあるけどよ、流用できるパーツと、新たに用意しなきゃいけねえパーツの見積もりを出してえんだ」
「うーんそうだな……」
『端末はデータベースを使えばいくらでも生成できるので、それはリックに渡してしまってかまいませんよ。それにこの改良は今後必要なことですから』
「いくらでもって……そんな設定があるのか……ま、まあいいや。頼むよリック。どのみち改良するにはバラさなきゃ無いんだしね」
いくらでも生成できるってことで、多めに6個ほど手渡し改良を依頼する。
受け取ったリックは子供のように目をキラキラさせ、ばばーっと奥の部屋に駆け込むと、そのままバタンとドアを閉めて早速端末いじりを始めてしまったようだった。
まったく……リックは本当に機械が好きなんだなあ。
いやいや、ほんといい人と知り合った……いや、ウチのパイロットがいい人にコネがあって助かるよ。
あの手の機械馬鹿メカニックは何にせよ重要な存在だからなあ……ホント頼りにしてますぜ、リックさん!
そんなリックに何を依頼したかというと端末の小型化……所謂インカム化である。
現在の形はスマホ型で、耳に当てて使う必要があるため、そこらで取り出して使えばどうしても目立ってしまう。
通信機のたぐいは存在しているようなので、それを耳に当てて話している光景自体は問題ないのかも知れないが、堂々とそれを使うことが出来ない場所、例えばギルドで係員と話している様な状況では流石に使うことが出来ないだろう。
一応は、あちらからの音声はこちらで拾うことが出来るのだが、こちらからレニーに伝えることは出来ないため、今後を考えると少々不便に思うのだ。
間接的にでも係員とのやり取りに参加ができるようになれば、今後なんらかの交渉が必要となる様な依頼を受ける際にレニー達に助言をする事が出来るだろう?
なので違和感なく、こちらの意思を伝えるため装着型のインカムに出来ないかと思ったんだ。
端末は精密機械であるわけなので……この世界の技術でどうこう出来るのか怪しいところではあるが、この世界の基盤となっているとも言える機兵文明は
それを参考にして
ハンダゴテやらなにやらの、電子工作キット的なものじゃあどうにも出来ない集積回路なんかが使われているのだろうから、普通に考えりゃどうしようもなさそうだけれども、その辺はこう、ファンタジー的な……魔導具的な……なにか地球人の知識を超越した異世界らしい逃げ道でなんとかしてくれるとありがたい……!
前世の自分じゃ到底理解できないような図面を見た時も平気そうにしていたし、ジンだってフォトンライフルを魔改造していたくらいなんだ、案外なんとかなりそうな気がするんだよね……。
リックが部屋にこもってから間もなくして、フラフラとした足取りで二人が風呂から上がってきた。随分と長湯をしていたようだが……
「大丈夫か……って大丈夫じゃ無いな……」
真っ赤な顔をしたレニーとマシューが弱々しく俺に手を振って部屋に消えていく。疲れ……じゃなくてのぼせたんだな……やっぱり……。
◇
翌朝になってもリックは部屋から出てくることはなかったが、部屋から鳴り響く音で「作業中だ邪魔すんな」と、無言で伝えてくるため、どうやら心配はいらないようだ。
風呂に入って一晩ゆっくり休み、すっかり体力が回復した二人はモリモリと朝から元気にご飯を平らげると、素早く着替えを済ませてギルドに行くと張り切っている。
二人が張り切っているのはレニーの事があるからだろうな。
ギルドに報告をし、それが認められればレニーは晴れて
すると、例の護衛クエストを受ける事が叶うわけで……それが無事に終われば……念願の図鑑が手に入るわけだ。
……正直に言ってしまえば、データベースとして必要だという真っ当な理由のほかに、純粋に俺が読みたいというのもあるんだよね。だって異世界の図鑑だよ? 異世界の本だよ? 興味がわかないわけがないじゃないか。
だもんで、どうにも気分が盛り上がってしまい――
「レニー! 報告が終わればいよいよ例の護衛クエストが受けられるな! 色々苦労をしたけれど、それが報われようやく受託できるようになるんだ、護衛クエストがんばろうな!」
――なんて元気いっぱいに発破をかけてしまって……。
「う、うん! そうだね! クエストがんばろう!」
と、微妙に煮え切らない返事をされてしまった……あれ、レニーなら乗ってくれると思ったのにな。
スミレはなんだかじっと黙っているし……うう、この空気がちょっと辛いぜ。
……
…
ギルドに到着すると、レニーとマシューが此方に手を振り中に入っていった。
以後はあちらからの声を聞くことしかできない……インカムが待ち遠しいな。
一応、緊急時には端末を震わせて耳に当てさせるという事も出来るのだが、何度もやってしまうと目立つからね。レニーを変な子にさせないため改良が上手くいくと嬉しいなあ。
とはいえ、あちらからの声はこちらに聞こえてくるのだ。黙って聞いているようで申し訳ないが、かわいいパイロットたちを護るためだ、勘弁してくれよ。
そして間もなく、シェリーさんの変な想像をさせるジョークが聞こえてくる。
どうやら報告が始まったようだ。レニー、後は任せたからな。
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