第五十三話 ソルジャー

 姿勢を変えたソルジャーは、そのままこちらに飛びかかってくることはしなかった。

 ……けれど、奴がとった行動はそれ以上に厄介な代物だった。

 

 くの字に身体を折り曲げ、針が仕込まれているであろう腹部をこちらに向けた瞬間、キラリと腰の辺りが輝き、高速で鳴り響く複数の射出音と共にギラリと鈍く光る何かが放たれた。


 幸いな事にパイロット達はそれに反応し、俺もオルトロスも飛びのいて当たることは無かったが、土埃を上げ地面に深く突き刺さったそれは予想通り鋭い針であった。


 針は中々に太く、射出速度からすればアレは俺の装甲にも刺さりそうだ……。

 うう、これはきっと当たったらいてえぞ……。


『くそー! ただでさえ飛び回って厄介な相手だっつうのに、飛び道具まで……持ってっん! のかよ!』

「うー……卑怯だよー! こっちは近接攻撃しか……出来ないん……だぞ!」


 次々と放たれるニードルを避けながらどうにか隙を伺うが、奴はそんな物を見せる様子は無く。こちらに飛びかかることもせずにただ、淡々と安全圏からひたすらニードルガンでの射撃を繰り返している。


 何もすることが出来ず、逃げることしか出来ないパイロット達のストレスはどんどん溜まっていき……とうとうレニーがブチ切れてしまった……。


「もー! こうなったら!! さんざん練習したアレで!!!」


 地にダイブをかましたレニーはゴロゴロとそのまま転がり、ニードルを避けながら石を拾う。

 なるほど、投擲か。突然ダイブした時は何事かと思ったが、石を拾うためだったのだな……これからは予めいくつかストレージに入れておくことにしよう……。


 姿勢を正した後に行った投擲は、特訓の成果もあって以前より弾道は安定していて――吸い込まれるようにキランビに向かっていく。


 マシューへの攻撃に夢中になっていたソルジャーは石に気づくのが遅れ、見事胸部に命中した――が。


「そんな!? 弾かれた!? なんて硬さなの!?」

「ストレイゴートみたいにゃいかねーってわけかよー!」


 相手の装甲が硬い……というのもあるかもしれないが、ホバリングしているために衝撃ダメージが逃げてしまったのがデカそうだ。


 しかし、それでも少なからずダメージを受けたのか、若干動きが鈍くなったように思う。 けれど、その代わりにソルジャーの攻撃頻度が著しく上昇してしまっている。


 ……アレはもしかして激昂しているのだろうか? 


 相手に弾切れという概念があるのであれば消耗戦に持ち込むという作戦をとれなくもないが、相手が魔獣という謎生命体である以上それに期待するのは危険だろう。


 あの手の不思議生命体は侮れん。体内に製造工場的な物を設けていて、戦闘中に土塊やら水やらを補給し、資材が得られる限り無限に弾を作り出す――なんて事をやりかねんからな。


 無いとは思いたいが、ここは常識が通用しない異世界だ。何が怒るかはわからない。

 万が一そんなギミックを持っていたとすれば、逆にこちらが輝力切れでやられかねん。

 しかし、このままではどちらにせよ輝力が切れてしまうのは同じこと。


 撤退せず応戦を選択したのは間違いだったか……――


「ちくしょう、こっちにもなにか強力な飛び道具が……カイザーからぱくった例の砲台でもありゃ楽勝だったのによう」


 ぱくった例の砲台って……確かにフォトンライフルでもあればもう少し楽に戦えたのかも知れないけれど……いや待て、武器か。


 そう言えばリックが何か言っていたな。あの言いぶりからすればあれはきっと飛び道具。すっかり忘れていたが、アレを使えばもしかして戦局をひっくり返す事が……いや……しかしあれはまだ試したことがないからな……詳細が分からぬ以上リスクは高い……――


 ――だが、他に手は……無い。


 散々これはアニメでは無くリアルで起こっているだの、アニメと一緒にしてはいけないだのと言っては居るが……ここはロボットアニメお約束の流れに賭けやる!


「レニー! リックが言ってたこと覚えてるか? ガントレットの秘密機能について、だ」

「ええと……はい! 確か何か指のボタンを押せって……」

「うむ。何か危険な香りが漂うので試すのに少々躊躇するが……あれはな、俺が思うに飛び道具だと思うんだ。恐らくガントレットから何かを飛ばす仕掛けがあるのだと思う」

「なるほど! だったらこの状況を打開するチャンスになるかもしれませんね! やってみましょうよ、カイザーさん!」

「ああ、しかし何が起こるか分からない以上、気をつけて使うんだ! 

 マシューも聞いたな? これより秘密兵器を使用する。マシューは投石を繰り返し、相手の注意を引きつけてくれ!」

『ああ、わかった! レニー頼んだぞ! あたい達の運命はお前にかかってるぞ! ほーらほら! こっちだハチやろう! あたいをみやがれー!』

 

 左に右にと素早く飛び回り、時には転がって器用に投擲を続けるマシュー。

 上手いぞ、ソルジャーの目は完全にあちらへと向いている。


 激昂……と言って良いのかはわからないが、先程投擲が当たってから妙に攻撃的になっているからな。マシューの挑発がここまであっさりと効果を発揮するのにも頷ける。


「よし、作戦開始だ! ブチかませレニー! お前ならやれる!」


 俺の声を合図にレニーが両腕を前に突き出し、低く腰を下げて地をしっかりと踏みしめ、反動に備える構えをとった。


 良い判断だ。何が起こるか分からないが、射出ギミックであると推測される以上、強い反動が来る可能性は高いからな。


「うおおおおお!!! いっけえええええ!!! 必殺!! 多分飛ぶやつううううう!!!」


 ……何が出るのか分からないためか、技名を叫ぶに叫べず変な雄叫びを上げている。

 分からないなら叫ばなければ良いだろうに、譲れないなのかがあるのだろうな。


 ……わかる。


 カチリと音を立て、手元のスイッチが押された瞬間、ゴウと噴出音をセンサーが捉えた。

 やはり何かが射出されていったが、その音の発生源、ソルジャー目がけて飛翔していくのは――ガントレットそのものだ!


 バキンと音を立ててソルジャーに命中したガントレットは、ソルジャーを貫く事は叶わなかったが、なんとそのまま駆動し、その身体をがっしり握りしめた。


 突然身体をつかまれ、戸惑うソルジャーだったが、それを嫌がり振りほどこうとした瞬間、強烈な力で天から地に向かって引きずり落とされた。


 どうやら分離したガントレットにはワイヤーが仕込まれていたようで、ギミックを分析するに、ターゲットに当たると自動的にそれを掴む動作が発生し、その後ワイヤーが巻き取られて手元に引き寄せるようになっているようだ。


 何らかの理由でターゲットを掴めなかった場合もそのまま手元に戻ってくる……か。


 ううむ、なかなか良く出来ているな。差し詰めワイヤードロケットパンチと言ったところか。


「……みたか、これぞジェットガントレットだっ……!」


 あ、改めて技名を言ったぞこの子……ていうか、そっちのがかっこいいな……そっちを採用しとこ。


 引き寄せられた勢いのまま大地に叩きつけられたソルジャーはショックを起こしているのか動けなくなっている。


 ソルジャーから離れたガントレットが再び俺の元へと回収され、レニーが拳でとどめをさそうと構えたのだが――


 しかし、それよりも速くソルジャーの元へと向かったのはオルトロスだった。

 ナイフをそこらに投げ捨て、両の拳を固く握って飛びかかるその姿はレニーを彷彿とさせる。


「さっきから……さっきからチクチクチクチクチクチクチクチクうざったいんだよおおおおお!!」


「チク」と1回言うたびに1発殴り、声にあわせてボコボコに殴っていく。

 マシューは相当腹に据えかねていたのだろうな。全てのストレスを拳に込めるようにして執拗にソルジャーを殴りつけている。


 ガキン、ゴキンと鈍い金属音が森に響き渡り、周囲にはソルジャーから漏れ出したオイルのようなものが周囲に飛び散りオルトロスもまたそれをかぶり、何やらしっとりと濡れている。


 そしてそれの攻撃は暫くの間続くこととなり――


「……マシューもうやめよう……そのハチさん……もう……」

『はあ……はあ……やったな……! くそが! やってやったぞ! あははは!』 


 ――有無を言わさずに、ソルジャーを殴り斃してしまった。

 

 そんな真似をしたマシューは輝力をかなり消費したようで、非常にヘロヘロな、しかし実に良い表情を浮かべてコクピットにへたり込んでいる。


「頑張ったな、みんな……! 本当によく頑張った……! ああ、今は休め……休んで勝利を噛みしめろ! それが勝者に与えられた―――」

『カイザー……盛り上がっているところ、非常に申し訳ありませんが……この場は危険です、直ぐに退避しましょう』


 淡々と告げるスミレの声に疲れた顔で嫌そうに抗議の声を上げたパイロット達だったが、モニタに拡大表示されたレーダーを、敵影を告げる赤点の数を見て青ざめる。


『今ならまだ間に合います。走って!』


 呆然としかけていたパイロット達はスミレの声に覚醒し、慌ててその場から駆け出した。

 残った輝力を絞り出し、ヘロヘロになりながらも必死に駆け抜け――

 ――ようやく安全域まで辿り着いたときにはマシューの輝力は枯渇寸前であった。


「はあっはあ…これは……しんどい……死ぬわ……あたい……」

「さ……さっきの……群れは……いったい……」


「恐らくだが、撲殺されたソルジャーから緊急アラートでも飛んだのだろう。

 ハチの毒には一種のフェロモンが含まれていてな、それには『こいつは敵である』と、仲間に告げるマーキングの役割があるんだよ。

 それを喰らったが最後、その効果を発揮されている内はハチの群れから追い回される羽目になるんだが……キランビはハチの魔獣だ、ソルジャーが似たような真似をしてもおかしくは無い」


「うええ……アラートって言うか、殴った時、何か体液が飛び散ってたよなあ……まさか、それになにかそういうのが混じってたのかな……」

「……マシュー、あとでオルトロス綺麗に洗おうね……キランビが来るからってより……そのままじゃオルトロスがあんまりだから……」

「あ、ああ……そうだな、わりいオルトロス」


『キレイキレイに~』

『洗ってねーマシュー』


 ……輝力を余りにも消費していたため、暫しの休憩が余儀なくされたのだが、体液云々のせいで必要以上に群れに警戒したパイロット達は、何かがレーダーに反応しアラートが鳴る度にビクビクと怯える羽目になった。


 実のところ、オルトロスに付着した体液がフェロモン的な液体では無く、単なるオイルの類であるとスミレの分析で判明していたのだが……『良い薬になるから黙っておきましょう』と言われているので、それを伝えるわけには行かないのだ。


 ま、実際あいつらにはこれくらいの薬が必要だからな。

 調子に乗ってきた頃にこそミスというものは起きる。これを良い教訓としてくれると良いな。


 そして……そんな事をしたせいで気が休まらなかったのが原因で……いや、そもそも普段以上に輝力を使ったのもあり、予想時間よりも大幅に休憩時間を取る羽目になってしまった。


 そんな我々がフォレムに辿り着いたのはゲートが閉まるギリギリの時間であった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る