第五十二話 ハチ退治
「まーったくもう! マシューは! もう! バカマシュー!」
……巣に近寄りすぎかけたマシューを必死に止める事となった我々だが、現在は巣からじゅうっぶんに距離をとったポイントで作戦会議をしている。
『いやあ、すまねえすまねえ。なんかよ、巣を見たら……こう、お宝がありそうだなってさ、身体が勝手に……な?』
「なんだ、そのわかるだよって顔は。わからないし、何よりお前は仲間を危険に晒しかけたんだぞ? 次からは辞めてくれよな……」
『わーったわーったって……でも本能は……』
「本当に頼むぞ!?」
『冗談だから怒るなってば』
俺が怖いのもあるが、何より全滅の恐れがある以上、冗談でもやってはいけないことだ。
なので、諭すようにゆっくりゆっくりとお説教をして嫌というほどわからせてやった。
ひどくゲンナリとしていたので、以後気をつけてくれることだろう。
「……さて、こうしていても埒があかない。そこで俺に良い考えがある」
「おいおい、成功するんだろうなそれ」
失礼なやつだな……。
そりゃ確かに妙なフラグを立てそうなセリフであることは理解している……というか、敬愛する某司令官をリスペクトして言ったセリフでは在るのだが、決してまずい状況を呼び込むような事を提案するつもりはない。
「大丈夫だ。成功とか失敗とかそういうものではないからな。どう転んでも別にこちらに被害は何も出るようなものではない。
単純な話しさ。奴らが単独で現れそうな場所で張ってれば良いんだ」
「単独で現れる場所……? カイザーさん、何か心当たりがあるんですか?」
「ああ、キランビはその見た目通り、ハチと同じような生態なんだろ……? なら――」
キランビが1匹で居るところを狙うにはどうすればいいか?
言葉にしてしまえば当たり前の話だが、単体で行動している所を押さえれば良い。
相手が真に未知の存在であるならば、そんな場所なんて思いつかないけれど、ハチの生態と似通っているというのであれば、一つ思い当たる場所があるんだ。
俺は伊達にハチ嫌いやってないんだぞ。
生前は奴らが好むものを徹底して調べ上げ、排除できるものは家の周りからなくするほど徹底したんだからな。
わざわざこちらからそんな場所に近づくというのは少々嫌な気分だが、作戦なのだから我慢することにしようじゃないか……。
◇
「それで、どうして池に来たんだ?」
「ハチの巣と言うものはさ、地中にあったり、泥か何かで頑丈に囲ったりしているだろう? だから中は結構蒸して暑くなるらしいんだ。
お前たちだって、暑い日に締め切った家の中に居たらば身体が参ってしまうだろ? ハチだって生物である以上、その常識は当てはまるんだ」
「はー、なるほどー。まして、キランビは体内に魔導炉をもってますからね。普通のハチ以上に巣の中は酷いことになりそうですよね」
「たしかにそうだなあ。んでもって、ああ言う機械の身体してればさ、熱でパーツがおかしくなってしまうことだって考えられるよな。魔獣でも同様に暑さに弱い……と。
……て事はさ、連中は生意気にも何かしらの対策をしているってことなんだな?」
「ああ、そうだ。これは普通のハチの話なのだが、なんと奴らは水を口に蓄え、巣に持ち帰ってそれを冷却水に使うと言われているんだよ。
丁寧に持ち帰った水を巣の表面や中に撒いてな、気化熱で冷やすと言われているんだ。
その他にも羽を使った空冷もしていたりしてな……連中は虫のくせに意外と賢いんだ……そしてなんと奴らは――」
『あーあー! わかったから! まったくカイザーはハチが嫌いなのか好きなのかわかんねえやつだなあ!』
「む、すまんすまん。つい語りすぎてしまったな。まあ、それでな?
キランビがハチを元にした生態ならば、巣から近い水場であるこの池に冷却水の調達に来るんじゃないかなって思ったのさ」
「ほんとカイザーさんって変なこと色々知ってますよね。 そういうネタがお好みならば魔獣図鑑を欲しがるのも頷けます」
変なことは余計だい。ハチは兎も角として、元々生き物が好きだし、生前はネットで色々調べられたから浅い知識程度はあるんだよ。
検索できる環境が手元にあったらさ、疑問に思ったら直ぐに調べちゃうだろ? それを繰り返している内に詳しくなるのはあたり前のことじゃないか。
……さて、そんな話は置いておいて、だ。
周辺データをチェックした限り、ここの他に大きな水場は存在しない。
あのボディサイズを考慮すれば、この池は格好の給水場所となるはずだ。
今日は天気もいいし、間違いなく来てくれる……筈!
なんて思いつつ、心の何処かで『頼むから来てくれ』なんて祈りながら警戒を続けていると……
スミレから念願の報告が届いた。
『カイザー、お出ましです』
ありがたいことに、予想通り単体で暢気にやってきたようだ。
心の根っこの部分にはハチが嫌だという気持ちはあるが、この体になった以上、刺されて痛い目にあう――なんて思いはしない。
そう考えた結果、大分気が楽になった。
キランビを見ても当然動揺することはなく、落ち着いてパイロット達に待機命令を出し……少しの間キランビの様子を伺う。
「いいか、まずはじっと奴の行動を監視するんだ。ここで飛び出したらば全て台無しになるからな。わかったな? マシュー」
『なんであたいだけ……あーあー! わかってるよ! さっきやらかしたからな! 大丈夫、大丈夫だから!』
……暫く様子を伺ったが、目視はもちろんの事、レーダーにも反応はない。間違いなくここに現れたのは1機だけのようだ。
キランビは池のスレスレでホバリングをすると、くちばしから伸ばしたノズルで水を吸い上げている。スミレから送られてきたスキャンデータによれば腹部に設けられている外部タンクにそれをたんまり補充しているようだ。
メカの身体をなかなか便利に使っているようで何よりだ。あの様子じゃあ、普通の身体だった頃よりも生活が楽になったんじゃないかな……と、呑気に観察している場合じゃないな。
「レニー、マシュー、用意はいいな? 作戦通りいくぞ」
「はい!」
『おう!』
「作戦開始!」
俺の声を聞き、まずはじめに飛び出したのはマシューだ。
オルトロスの攻撃は軽く、一撃で致命傷を浴びせることは難しいが、その分速度が早く奇襲向けといえよう。
油断している内に襲いかかり、敵機の機動力を落とすという役割ならば素晴らしい成果を上げてくれる。
駆け寄るオルトロスの足音に気付き、キランビが飛び上がって回避をしようとしたが、遅い。
既にマシューは間合いに入っている。
ターゲットめがけて跳躍し、素早く振り抜かれたマシューのナイフはキランビの片翅を綺麗に切り飛ばした。
片翅を失いバランスを崩したキランビは、錐揉み状に回転しながら地上に墜落し、フラフラと立ち上がって必死の抵抗を試みようとしているが――そうはさせないぞ!
「今だ! ゆくぞレニー!!」
「うおおおおおおおおおお!!!」
待ってましたとばかりにレニーが俺を駆りキランビに飛びかかる。
跳躍はキランビのやや手前で頂点に達し、落下の勢いそのままにガントレットで殴りつける。
重力を味方にした力技で放たれた拳はメキリと音を立てて胸部外部装甲にめり込み……そのまま体内タンクを押し潰す。
圧力に耐えきれなくなったタンクはブシャリと音を立てて破裂し、周囲に水を撒き散らす。
それによって何やら虹が出来ているが……由来を考えるとあまり綺麗なものには見えないな……とどめ演出と考えればかっこいいけど。
『対象のエネルギー反応消失。お疲れ様でした』
『ふー! 楽勝だったな!』
『楽勝楽勝~』
『ザクッ! ドカッ! パーンだったねー』
「良い作戦でしたよカイザーさん! えへへ、これで私も
「作戦と言うほどの物でもないがな。何より二人の連携が決まったのが大きい。よくやったぞ、二人共!」
拍子抜けするほどあっさり済んでしまったが、こういうのはサクサク終わらせるに限る。無駄にドラマチックな展開になっても疲れるだけだ。
予想外の援軍が! なんていうのはアニメでやってればいいのさ。リアルはシンプルに、無難に終わらせるに限るよ。
『へへ、褒められるとくすぐってえな。まあ、たまに褒めてくれたんだ、素直に喜んでおくよ。
しかし、これ言うと怒られそうだけどさ、キランビって奴は単体だとほんと大したこと無いんだな。
うちのメンバーの話聞いてたからさー、実はあたいも少しびびってたんだ……へへへ』
「私も初めてだったのでドキドキでしたが、こんなもんかーって思いましたよ。水場に来たのが普通のキランビだったのが幸いでしたねー」
うん? まって。
……今、
よせよレニー、そのセリフはだめだ。それはフラグ、絶対この後、上位種かなにかがポップする奴だぞ……。
俺も余計なことを考えてしまったから文句は言えないが、得てしてその手の予感は当たるものである。
間もなく、警戒するようなスミレの声でダメなフラグが立ってしまったのを悟った。
『……カイザー、新たな敵影1、こちらに接近しています! 40m……30m……目視可能域に突入、映像出します! レニー! マシュー! 構えて!』
「『~~~!!?』」
『なんだ? またキランビのおかわりか?』
「そ、それだけじゃないよマシュー……これはさっきのとは違う……」
『ああ……確かにちょっとごっついよな。まさか……これがギルドの連中が手こずった本物のキランビって奴かい……?』
一部のアリには働きアリの中でも大型の個体が存在し、それらはいかにも強そうな外観的特徴から兵隊アリと呼ぶことがある。それは別に攻撃特化型というわけではなく、多くの場合は大きな荷物を運ぶ等、その力を利用した運用をされるとのことだが……目の前に居る大型のキランビはまさに姿からして
先ほどの個体より大きな
恐らく、形状からしてニードルガンの類いだろう。
……ハチだし……。
「いいか、二人とも。こいつは先程倒した個体と同様に考えてはいけない。
見た目からして明らかに攻撃特化型だ。ハンター共が巣の駆除で苦戦するというのはこいつの事だろう。
腰の装備を見たか? アレからは明らかに危険な香りがする。警戒を怠らず、慎重に応戦しろ。いいな!?」
『撤退だ、なんてつまらねえことを言わないのは流石だぜカイザー! もっとも……こいつから逃げられる気はしないけどね!』
「もう相手に見つかっちゃってるし、今度は不意打ちできないよね。
ねえ、マシュー。赤き尻尾の人たちから何か対処法は聞いてたりしない?」
『えっ? うちのメンバーは『ヤバすぎて命からがら逃げ帰った』って言ってたからさ、レニーに詳しく戦い方を聞きたかったんだけど……』
「えー!? じゃあ……二人共情報無しってことー!?」
『マジかよ……レニーも知らねえのか? こりゃいよいよやべえぞやべえぞ!』
「お喋りは後にしろ! ソルジャーが警告行動に入った! ……逃げるのも手だが……ここは討伐するぞ、構えろ!」
キランビがスズメバチと同じ警告を示す行動――
不機嫌そうにホバリングをし、カチリカチリと嫌な音を立てて顎を打ち鳴らしている
撤退を選ばず、応戦を選んだ我々をじっと見つめていたが、間もなく
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