第五十一話 ハチ探し
今日は朝からレニーがやたらと張り切っていた。
昨日ギルドで話していた内容を聞いて事情は察しているが……空回りしないようにな。
「ほらほら! カイザーさん! きちんと索敵して下さいね! っと、それはお姉ちゃんのお仕事でした! お姉ちゃんよろしくおねがいします!」
なんだかやたらと忙しないが、とりあえずやる気があるのは良いことだ。
けれど、魔獣のデータベースが得られていないのは痛いなあ。俺には今回狙っているキランビの情報が全くわからない。知っていれば何かと対策が取れるのだが。
勝利を確実なものとするためには正しい情報に基づいた作戦の立案が肝要だ。
魔獣のデータが無い俺やスミレにとって、現状この世界はひたすらに不利な場所である。
なので、手っ取り早くそれを埋めるべく、本を手に入れたかったんだけど……金貨1枚するとはな……。
データを得るためにはお金が必要、お金を得るためには狩りが必要……その狩りで未知の獲物に挑んでしまうのは本末転倒なんだけど……レニー達がやる気を出してる以上、何も言えないよ。
今日はビークルモード……もとい、馬形態では無く人型で森を歩いている。
あれは街道や原野のような所じゃ無いとその機動力を活かせないし、森の中ではいつ魔獣が襲って来るか分からないからな。
万が一馬形態の時に魔獣と交戦状態になれば、こちらが取れる攻撃方法は頭突きと蹴りのみ。それで怯ませ、距離をとってから変形……となればよいのだが、変形後にレニーをコクピットに乗せる必要がある。
アニメではないので、敵はそんなスキを見逃してくれるわけがない。なので安全を考慮すればはじめから人型での移動をした方が良いのである。現実は厳しい、浪漫というものは犠牲になってしまうのだ……。
それにさ、今はオルトロスに乗ったマシューも一緒で俺1機だけじゃあないんだ。人型と馬型では移動速度に差が……あ! そうだ!
そういえば……オルトロスにも――
『カイザー、何か居ますね。この反応は……ブレストウルフ……どうしましょう?』
――何か思い出しかけたところでスミレに話しかけられ、記憶の糸が引っ込んでしまった。
いや、スミレを悪く言うつもりはない。ここは既に魔獣の生息域、気を抜いていた俺が完全に悪いんだ。
戦術モードに入っているスミレの声はリンクしている僚機全体に届く。
勿論、オルトロスにもその声は届いていて、退屈そうに後ろを警戒していたマシューが嬉しそうに戦闘許可を求めている。
『む! 獲物か!? なあ、カイザー。ここはあたいに任せてくれ!』
「いいけど
『おう! あれくらいあたいの敵じゃ無いよ!』
マシューは『敵じゃない』と、自信満々に言いながら飛び出していったけれど、『気をつけて』の言葉はマシューを心配して言った言葉じゃないんだ。
素材を回収したいから『格下相手だから壊さないように気をつけろ』と言う意味だったんだけど、通じてないよな、あれ……。
そして間もなくして。
ナイフをぶらぶらさせながらマシューが戻ってきた……案の定、手ぶらで。
「ちぇー、一匹しか居なかったよー」
「あれ? マシュー、素材は?」
「あっ、素材……すまねえ、燃えちゃったよ……」
現場まで確認に行くと自らのタンクにより炎上したブレストウルフが無残に転がっていた。
タンク傷つけちゃうとこうなるんだよね……。
それ故にそこそこ買い取り金額が高いわけなんだけど。
「私なら兎も角、マシューまでそれじゃあダメだよ……」
レニーが自虐めいた文句を言っているが、その通りだね。
魔獣素材の回収は器用なマシューが頼りだなって思ってたんだよ……。
幸い今回の昇級クエストは討伐クエストなので、兎に角倒した事がわかれば良い。使い物にならなくとも、討伐の証拠を持ち帰ればさえ成功扱いになる。
なので、なるべくなら丁寧に倒したいなと思ったのだが、今回の対象であるキランビに限って言えば、どうやらそこまでするのは骨折り損になってしまうらしい。
キランビの素材は需要が低く、買取価格が安くなってしまうため、苦労をして丁寧に倒した所でたいした儲けにならないようだ。
さらにキランビという魔物は空を自在に飛び回り、兎に角戦いにくい相手であるということで、ハンターからの人気も低く、襲われない限りわざわざ狩りに行くような事はしないそうだ。
駆除をされない魔獣がどうなるかと言えば、勿論増え放題となるわけで……。
放っておくと際限なく繁殖し、洒落にならない状況を生み出す恐れがある事は明らかだ。
そこで、ハンターズギルドは昇級クエストのお題ということで、定期的に新米ハンターに狩らせているのではなかろうか、なんてスミレ先生が推測をしていた。
多分その推測は正解なんだろうな。
たとえ素材として使い道が無くとも、討伐報酬を上げるなどして上手いことハンターにやる気を出させるのがギルドの仕事だと思うけど、きっと予算やらなんやらでそう簡単には出来ないんだろうな。
全く何処の世界も世知辛い……。
「レニー、キランビがどんな場所に巣を作るかわかるか? 一度作った巣を使い続けているというのであれば、過去の情報でもあれば見つけるのは容易いと思うのだが」
「うーん、それがですね。巣は使い捨てで、毎年違う場所に営巣するんですよね。
普通のハチと同じような生態で、毎年違う場所に巣を作るらしいので……」
「なるほど、裏を返せばハチの生態を知っていればなんとかなりそうだな」
我々は別にキランビの巣を駆除しに来たわけではない。
そもそも巣の駆除となれば、今の我々では返り討ちに遭うのが関の山だ。例え見つけられたとしても、下手に手を出すのは愚策だ。
しかし、巣を見つけられればその近くを哨戒している個体を見つけることが出来るだろう。
フラフラと飛んでいる個体1匹だけであれば……我々だけでも十分討伐可能だ。
問題は、どうやって1匹だけおびき出して戦うかというところにあるのだが、それに関しては一つ案がある。
「レニー、キランビがどういう場所に巣をかけるか知ってるか?」
「ええと、キランビは確かグーモが掘った穴を奪って巣を作ることが多い……と図鑑に書いてありました。グーモは日当たりの悪いジメジメとした斜面に横穴を掘るので……探すならそんな場所ですかね」
「よし、スミレ、この辺りの地形を調べ、該当する斜面をピックアップしてくれ。近い場所からスキャンをかけて巣を見つけよう」
『了解カイザー、ではスキャン開始します』
広域にわたるスキャンなので結構リソースを喰う。
そうなるとスミレは他の作業が出来なくなるため、各種レーダーが微弱になってしまう。
かと言って、俺がレーダーを担当してしまえば、万が一戦闘状態に陥った際に大きな隙を生み出してしまう。
なので、今回はレーダーには頼らず、メインカメラによる光学的な哨戒を行うこととなるわけだが、俺の目だけでは少々不安が残るため、万が一の事を考えてオルトロスに周囲の警戒を担当して貰う事にした。
『こっちは異常な~し』
『こっちも異常なしーマシューはー?』
「いやいやあたいたち同じとこに居るからな? 同じ映像を見てるっつーの」
『そうだった~』
『マシューは一緒に乗ってるんだもんねー』
なんだか力が抜ける会話をしているが、仕事がきちんとしてれば文句は無い。
しかし、2機になってこう言う任務……いや、クエストが本当にやりやすくなったな。 これで俺1機だけであったならば、どれだけ神経がすり減らされたことか。
『カイザー、目標発見しました。レニー、マシュー。モニタを見て下さい』
スミレにより共有されたデータをチェックする。
……ふむ、ここからそれほど遠くは無い場所にエネルギー反応がみっちり詰まった場所があるな。アレが全部キランビ……かあ。ああ、想像したらゾッとしちゃったよ。
人間だった頃、渓流釣りについて行ってハチの大群に追われたことがあるんだ。
幸い近くに車を停めていたので、そこに逃げ込み難を逃れたけれど……。
いつまでもしつこく車に体当たりをしてくるハチは本当に恐ろしかったな……。
それ以来ハチが苦手なんだけど……うう、前世の記憶のことは内緒にしている以上、レニー達に悟られるわけには行かない。平気な顔をして切り抜けないとな。
「巣も見つかりましたし、行きますか! カイザーさん、マシュー!」
「お、おう……いいかレニー、くれぐれも巣に近寄りすぎるなよ? いざとなったらコントロールを強制的に奪うからね? いいね?」
「ん? なんだカイザー、ハチが怖いのか? 機兵のくせになさけねえ」
『マシュー、キランビの巣を馬鹿にしてはいけませんよ。聞いたでしょう? 2級パーティでも全滅することがあると』
「そ、そうだぞ! 良いか、単体だと弱い魔獣でも群れとなれば脅威度は跳ね上がるんだ! わざわざ危険な真似をする必要は無いんだからな! 慌てず焦らず遠くから各個撃破! 今回狩るのは1体のみ! いいな!?」
「カイザーさん……なんだか必死ですね……そんなに言わなくても、私も危険な思いはしたくないので巣には行きませんってば……」
「はっはっは、わかったよ。よし、カイザーが怖がらないようあたいがバッチリ倒してやるから心配すんな!」
くそー! 司令官的なポジションの威厳がどっかに飛んでいった音がしたぞ。
ていうか、ハチが苦手なのが完全にばれてしまっている!
ハチを怖がるロボを妙に思わない素直な子達で良かったよ……本当に……。
……はあ……しょうがない。巣に向かうとするか……気は向かないけど……。
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