第四十六話 達成報告
――そして日はまた昇り……別れの朝がやってきた。
我々を見送ろうと、早朝だというのにジン達トレジャーハンターギルドの面々……勿論マシューも勢揃いで並んでいる。
昨夜あれだけ飲んだというのに皆しゃっきりとした顔をしていて……まったく頑丈な人達だな。
マシューのスカウトを辞めた事ついて伝えると、レニーは何か言いたそうにはしていたけれど、それを口に出すことはせず、ただ困ったように眉を下げ『そっか……』と頷いていた。
実家同様に過ごすトレジャーハンターギルドで、家族のような仲間達をオルトロスで護り、共に仕事をして暮らしているマシュー。
レニーも俺同様に、その生活を奪って良いものかと……頭によぎったのかも知れない。
寂しく思うし、何より念願の僚機と共に行動を出来ないのはとても残念に思うけど……この世界はゲームでも漫画でもアニメでも無い。
そこには人の営みがあり、自分たちの勝手で引っかき回してはいけないのだから。
昨夜の様子とは打って変わり、マシューはにこやかに見送りに来てくれた。
それが決して強がりではないのは……元気そうにブンブンと振られている尻尾をみればわかる。獣人の連中はわかりやすくていいよね……。
当然それはジンにも当てはまり。厳ついおっちゃんだってのに、ブンブンと嬉しげに尻尾を振りながら笑顔で下から俺を見上げている。
「ずっとよ、アレは俺達の不安の種になってたんだ。だが、バステリオンのやつはもう居ねえ!
お前さん方がここに襲撃してきたときはどんな悪夢かと思ったが、悪夢も誤解を解いたら良いもんだった。結果を見りゃあ、これまで以上に安全に発掘作業に集中できるようになったからなあ。がはは、カイザー、スミレ、レニー! 本当にありがとうな」
「こちらこそ、礼を言う。誤解とは言え迷惑をかけた俺たちを許し、共に戦ってくれたのだからな。
……それに、マシューとオルトロスというかけがえのない仲間とも出会え、レニーも成長できた。ありがとう!」
固く握手……は出来ないけれど、ジンの前に屈んで拳を突き出すとそこにコツンと拳を当ててくれた。
「マシュー……元気でね」
「レニー……ああ、もうほら! そんな顔すんな! 今日はこれから昇級すんだろ? さあ笑った笑った!」
「う、うん! そうだね! えへへ……マシュー! また一緒に組もうね! きっとだよ!」
「ああ、すぐに会えるさ! あたいが頭領だとかんなもん気にすんな! あって無いようなもんだしさ、あたいも用があればお前らんとこに直ぐ飛んでくからね! じゃあ……しばしの別れだ……へへへ、またなお前ら!」
「またなー! カイザー!」「レニー! 女を磨きなさーい!」
「スミレさーん、また遺物の話をしましょうねー!」「元気でなー!」
ギルドの面々から盛大に見送られ、その声を背に受けながら俺達はすっかり見慣れた門をくぐる。
短い間だったけど……なんだかずっと前から一緒に居たような、そんな心地よい場所だったな。
道中、俺もレニーもスミレも……それぞれがここ数日間の思い出に浸り、なんだかちょっぴりしんみりとしてしまって……我々は普段より言葉少なにフォレムに向かった。
……
…
「はあー、ついたついた! なんだかあのゲートを見ると帰ってきたなあと思うなあ」
フォレムのゲートを前にしてホッとしたような、嬉しいようなそんな顔でレニーがしみじみと言う。
正直なところ、俺としてはこの街よりもマシュー達の所のほうが滞在期間が長かったためホーム感はあちらの方が強いのだが。
それを言ってしまったらうん千年過ごした神の山や、今は無きあのルストニアの宿場がマイホームと言った感じだけれど……あれはホームという感じでは無いからな……。
ロボはロボらしく、何処かに立派な基地でも作って落ち着きたいもんだね。
さて、街に入って向かった先は……こちらもまた、マシューたちの所のほうが馴染み深くなってしまった『ギルド』だ。
昇級クエストを受けてから結構経ってしまったが、納品期間は特に設けられてないとのことだったのでほっとする。
ハンターズギルド前にある広場……駐車場的なスペースでレニーが俺から降り、クエスト報告用と、資金確保のため多めに採ったジャモ草の束をバックパックから取り出すと、こちらに軽く手を振ってギルドに入っていった。
◇◆レニー◆◇
さてと。昇格手続きと……あの一件についての報告もしないとな……はあ、色々聞かれちゃうんだろうな。私達はいっこも悪くないけどさ、なんだかちょっと気が重くなっちゃうよ。
ここのギルドには受付が3つある。時間によってはその全部にもの凄い行列が出来ちゃうんだけど……流石にこの時間帯ならまだスカスカだね。そのうち一つ、女性の係員――シェリーさんが座っているところが空いていたのでそこに向かって声をかけた。
「こんにちは、シェリーさん。これ、お願いしますね」
「あら、おかえりレニー。その顔……成功したの? 失敗したの?」
「あっはっはー……まあちょっと、今回は色々ありまして……」
ランクと身分を証明するドッグタグを渡し、昇級クエストの報告であることを告げて納品した。
シェリーさんは私が昇級クエストを受けている事を知っていたので、にっこりと微笑みながらそれを受取ってくれた。
「おめでとう、レニー。文句なしの合格よ。これで貴方も……
あとで呼ぶので少し待っていてねと、処理に向かおうとするシェリーさんを慌てて止める。今回の要件は……楽しい事だけじゃ無いからね。
「あの、シェリーさん待って! 今日は別件の報告もあるんです」
ピタリと身体を止め、此方を振り返ったシェリーさんは不思議そうな顔をしている。
「別件というと……他にクエストを受けてたの? レニー名義では昇級クエストだけよね?」
「いえ……そのですね、ハンター同士のいざこざというか……ちょっと事件に巻き込まれてしまって……」
ハンター同士のいざこざは良くあることだけど、大体がしょうもない決闘騒ぎだ。
でも、それが事件となれば話は別。それはきちんと報告し、ギルドの判断を仰がなければいけないんだ。
シェリーさんは少し何か考えているような顔をしていたけれど、直ぐに『2階にある会議室に行きましょうか』とと言ってくれた。
人がまばらとは言え、周りには他のハンター達が居るからね。あんまり他人に聞かせるような話じゃ無いというか……こういう話は変に広めたくないから助かったよ。
「……という経緯がありまして……恥ずかしながら、私はまんまと嵌められ、トレジャーハンターギルド赤き尻尾の方々に迷惑をかけることになってしまいました。
その後、赤き尻尾とはきちんと和解しまして、拘束した「ジダニックの牙」メンバーのジック、ダック、ニックの3名を
「なるほど……ジダニックの牙には以前から悪い噂がありましたので、その話が本当であれば処分は早く決まることでしょう。後ほど係員を赤き尻尾に派遣し事情を聞き、身柄を受け渡して貰うことになりますがよろしいですか?」
「ええ、お願いします」
「さて。この一件は流石にハンター同士のいざこざでは片付かないのはわかりますね」
「はい、それは勿論です……」
「当ギルドでは、この一件をトレジャーハンターギルド『赤き尻尾』外部組織に対する襲撃事件として処理する事になります。
そうなれば……襲撃を食い止め、一味を捕らえたということで、ハンターズギルドよりレニーに報酬を出さなくてはいけません」
「えっ、いやそれは貰えないですよ! だって私も片棒担がされて襲撃したようなものですし!」
「いえいえ、それに関してはお話によると双方の合意により既に賠償が済み、決着が付いていますので理由にはなりません。
あと……これは私の独り言ですが、
これは
今回の件は十分にその実績として使えますが……もし、それに関して報酬を受け取らないのであれば、今回の件は実績として処理されないため……後日改めて昇級クエストとして討伐クエストに参加して貰う事になりますよ?」
「ぐ、ぐぐぐ……な、なんてめんどうな……じゃ、じゃあ、それなら……それで……いいです……はい」
そりゃさ、悪い人をやっつけるのはしょうが無い事だと思うし、必要とあれば拳を振るうよ。でもさ……討伐クエストってなると、拘束じゃ済まない――対象の『討伐』がその目標となるんだよね。
そうしなければこちらが殺されちゃうってなったら……そりゃあこちらもそれなりに本気を出して反撃するけど、昇級のために討伐に向かうのはやっぱりやだ。
そのクエストは世のためになるのだろうけど、私が人の死を利用しちゃうってのには変わりないもの。それを考えれば今回のお話は凄く有り難いし、断れないよね……。
「はい、ではそのように処理しますね。とはいえ、すぐに
他にも昇級用依頼として、素材回収のクエストを達成する必要がありますので、それは後ほど調べてみてください」
シェリーさんへの報告は思った以上に時間がかかってしまって、気づけば出されたお茶がすっかり冷たくなってた。
けど、喋りすぎて乾いた喉には凄く有り難いよ、これ。
「しかし、変わった機兵を手に入れたと噂に聞いていましたが、それでもよく現役ハンター3人を拘束できましたねー。話によると相手も機兵に乗っていたとのことですが……」
「いえいえ、それは赤き尻尾のライダーにも手伝ってもらったので…」
「それでも凄いですよ。レニーさん、もしかして今までは世を忍ぶ仮の姿で実は凄腕ライダーで……? 見たいな事は?」
「無いですよ! ないないですって!」
「あははは、冗談ですよ……でも本当はー?」
「だから赤き尻尾のライダーが強かったんですってばー! もう、シェリーさんはー……」
シェリーさんはちょいちょい私に声をかけてくれるお姉さんで、ギルドの外――街のお店なんかで顔を合わせるとこうやって砕けた感じでお話をしてくれるんだ。
ハンター生活は苦しかったし、嫌な事も多かったけど……今日までやってこれたのはシェリーさんのお陰もあったりするんだよね。
シェリーさんへの報告が雑談に変わってしまって、大丈夫かな、怒られないのかな? そろそろお暇しようかなーと思っていると、部屋の扉がノックされた。
「シェリー、ちょっと」
「あら、アンナ。どうしたの? ごめんなさい、レニー。ちょっとそのまま待っていてね」
「はーい……」
待っててね――と言われてもな。もう話すこともないのにどうしよう?」
あっ! そう言えばバステリオンの事話してなかったよね……。
これ、言ったほうが良いのかな? 結構大きな魔獣だし、噂にもなってるくらいだからギルドとしても討伐報告はしてほしいよねえ……後から言って怒られないかな……?
「お待たせレニー」
なんて考えていたらシェリーさんが戻ってきてしまった。
取りあえず、バステリオンの件は一度カイザーさん達と相談してからにしよう……。
さて、シェリーさんも戻ってきたし、これでもう帰れるのかな?
あ、そうだ! 昇級したらおっちゃんたちに報告に行かなきゃね。なんて考えていたけれど……どうやらまだ帰れないみたいだ。
「レニー、先程の件について、もう少しお時間をいただく必要ができました。どうやら……例の関係者が到着したようですので……」
関係者!? まさか奴らの仲間が話を聞いて無罪を主張してきたのかな?
だったらちょっと面倒な事になっちゃうよ……と、シェリーさんの様子を伺うと……困ったような、面白いような……なんだか不思議な顔で微笑んでる。
これ……一体どういう顔なんだろう。
シェリーさんはそれ以上何も教えてくれなかったし、もう覚悟を決めるしか無いね。
ああ、階段を上がる足音が聞こえるよ……廊下を歩いて……ガチャリと扉が開いて――
――姿を現したのは。
「赤き尻尾、頭領のマシューだ。レニーと捕らえた
「マ、マシュー? え、ええ?どうしてー?」
係員――アンナさんの後ろからぴょこんと顔を出したのは見慣れた犬耳少女、マシュー!?
つい今朝方、涙ながらに別れたばかりなのに……どうしてこんなところに?
あれれ、どうしてどうして? びっくりしすぎて思考が追いつかないよ……。
そんな私を見て、マシューは得意げな顔を浮かべてて……ガラリと窓を開け、その下に見える広場を指さした。
「へっへっへー、あたいが直々に忘れもんを届けに来てやったんだぞ、感謝しろよな! レニー!」
忘れ物……? 一体何だろ。
椅子から立ち上がって窓から下を覗くと……カイザーさんと……あ、あれって。
馬車で連行されてきたらしいジダニックの牙が、トレジャーハンター達からギルド職員に引き渡されている所だった。
「ええっ、ジダニックの牙!? あ、あれは忘れ物って言わないよ!
でも、なんでわざわざ今日? 後からギルドの人に来てもらうって話だったじゃないの」
「ばーか! あんなのずっと置いてくの嫌に決まってんだろ?
むさ苦しいし、飯代だって掛かるんだぞ。だからさ、ハンターズギルドの人達と行き違いになる前にって急いで連行してきたんだよ……
……そ、それよりさ……、お前達、あんなんよりも、もっともーーっと大事なもん忘れてったろ!」
「えっ……?」
マシューは胸をドンっと叩き……なんだかちょっぴり照れた顔をして。
「た、大切な仲間を忘れてってどうすんだよ! あたいも一緒に行くからな!
仲間なんだから当然だろ!? あー、あー! 断られたってもう帰らねえからな!」
「うう……う……ましゅう~……」
「カイザーの奴には後で説明すっから! 任せとけって……お、おい泣くなって!」
もう、もうもう! マシューったらもう! 今朝我慢してた涙が全部溢れちゃったじゃ無いかあ!
「マシュー! マシュー! 嬉しいよマシュー!」
「だからおい、よせって……! くっつくなばか! こら! レニー!」
「だってえ……」
「ゴホン! ゴホンゴホンゴホン!」
部屋に響く咳払い。
あっ……そうだ、シェリーさん……。
なんだかとっても困った顔をしているよ……そうだよね、ごめん、マシューにびっくりして何もかも忘れちゃってたよ……。
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