第四十五話 別れの晩

「しっかし、デタラメな強さだったなあ、おめえらはよ」


 酒を片手に戦いの様子を語る前頭領は笑いながら俺のスネをガンガンと叩く。この体だから痛くはないし、ダメージが入るわけもないのでなんということはないのだが、ただただ前頭領の手が心配になる。


「いや、前頭領の射撃の腕もなかなかだ。マシューも凄かったが前頭領もあそこまでやるとは」


「俺のことはジンでいいよ、ったく、”ぜん”頭領、”ぜん”頭領って、ぜんぜんぜんぜんやかましいわ! ゼンじゃなくてジンだっつーんだ! がはは! あとよ、ありゃ別に誰が撃ってもいいのよ」


「というと? どういうことなんだ、ジン」


「お、いいねえ。よしこれでおめえさんとは友達だ。説明してやろう。あの砲台……元はおめえさんのだと聞いたが、悪いが改造させてもらったよ。

 アレにこのバイザーをつなげるとな、スコープ越しに照準の調整ができるんだよ。まあ、魔力を結構使うからな? 魔導炉とうまく付き合えんとうまくいかねえが、訓練次第でなんとかなるっつーわけさ」


 いやいや、異世界どころじゃない謎設定と謎技術の塊であるアレを改造って半端ないな。一体どうやったのか……スミレもびっくりするやら呆れてるやらで面白いことになってるぞ。


「あーそれで、お詫びの素材なんだが、ストレイゴートが12体、おまけに夕方倒したブレストウルフが6体、それに大物のバステリオンが1体なんだが、置き場はあるかい?」


 それを聞いたジンは酒を吹き出しむせ、しばらく咳き込んだ後、立ち上がって俺にケリを入れた。


「……のやろう、びっくりして死ぬかと思ったぞ……」

「死に損ないにゃ丁度いいんじゃねえか?」

 

「うるせえ! マシュー! だまってろい! ……確かに修理にゃストレイゴートが必要だが……12体だ?一体何機治すつもりなんだよ、うちにゃ4機しかねえぞ! それにブレストウルフ? ストレイゴートと合わしたら機兵ができちまうじゃねえか! 

 が……ここまではまあ、いい……」


 ここですうっと息を吸い込み、力をためるようにして残りのセリフを叫んだ。


「で、よりによってバステリオンもだ? ふ、ふざけんな! あんなデカブツ俺たちにどうしろってんだ?」


 確かにデカい。ストレイゴートやブレストウルフと違いバステリオンはでかい。あるだけでじゃまになるレベルでデカい。それ故、今日のうちの解体を諦めあそこに転がしてあるのだ。


「いや、あったら何かに使うかなーって……」


 おずおずとレニーが口をはさむが、検討もつかねえよ、と一蹴されてしまった。


「ったく、あれはおめえさんがもってけよ。一体解体すんのにどんだけかかると思ってんだよ。あっても邪魔だ、もってってくれ。おめえさん、よくわからねえ仕組みであんくらい綺麗に仕舞えるんだろ?」


 バックパックか……そう言えば試してないが、入るのだろうか?


 まあ、無理ならどこかに埋めて後から解体に来ればよかろう。


「バステリオンのことはしょうがないから俺が引き取るよ。それで他の魔獣はどこに置けば良い?」


「あー、そうだなあ、修理する時お前さんに必要なだけ出してもらうってんじゃだめかい?」


「世話になったし、そうしたいのはやまやまなのだが、明日の朝にはフォレムに戻る予定なんだよ。レニーの昇級試験が途中だし、それが済んだら他の街も見てみたいと思ってね」


「そうか……もう暫く一緒に遊べると思ったんだが、それじゃあしょうがねえな。

 素材はバステリオンの辺りに転がしておきな。あそこなら魔獣や野盗バカが来ても蹴散らせる。ついでにバステリオンをしまってくりゃいいさ」


「じゃあ、そうさせてもらうか。レニー、今日は疲れただろ?ちょっとここで待っててくれ。用事を済ませてくる」


「はーい、じゃあお言葉に甘えてのんびりしてますね」


 本当に疲れているのだろう、聞き分けの良いレニーを残らせ久々にスミレと二人きりになった。


「バステリオンは……げっ入っちゃったよ…。クロモリ重工の技術力はどうなってんだ……」


 バックパックにドン引きしつつ、魔獣たちをその場に出していく。メカメカしい見た目なので気持ち悪くはないが、スクラップ場みたいでなんかアレだな。


『カイザー……マシューは本当にいいんですね?』


「……ああ、迷ったが仕方ないさ。マシューにはギルドの機兵を修理する役目、そして彼処を護る役目がある。俺がわがままを言って困らせる訳にはいかないよ」


『私はそんな優しいカイザーが好きですよ……でも、たまにはわがままを言うカイザーも見てみたいです。マシューだって……貴方が思うほど不自由な立場では無いと思いますしね』


「スミレ……」


『そんな困った声を出さないでください。私はどこまでもカイザーに付いていきますし、カイザーの味方であり続けますから……』


「ありがとうスミレ。もっとも、俺から離れることなんて物理的に無理だけどな!」


『ふふっ 物理的に無理、ですか。それはどうですかね。ほら、用が済んだらさっさと戻りますよ。明日の打ち合わせもしないと』


「ちょっとスミレそれはどういう……」


『ほらほら、レニーが呼んでますよ、早く行きましょう』


 妙なことを言い出すスミレにドキドキしたが、俺を励ますジョークだと思って気にしないことにする。だってスミレはAIだぞ? 俺から離れて何処かに行くなんて……まさか携帯端末か何かに身を移すとか……?


 おいおい冗談でも辞めてくれよ……。



 ギルドに戻り、レニーとマシューに明日の朝にここを発つことを改めて告げる。


「マシュー、すまん! 旅に誘った話は忘れてくれ! 俺の都合で赤き尻尾から頭領を連れ出すのはやはり良くないと思ったんだ。

 だが、お前はもう俺達の仲間だ。困ったことがあればいつでも連絡をしてくれ。オルトロスなら何処からでも俺に緊急信号を送ることが出来るからな、その時はどこに居てもきっと駆けつけるからさ」


「……はあ? 旅の話は無かったことにしてくれって? んー……そっか、そっか。

 ま、カイザーが言うならそうさせてもらうよ。っと、なんだか急に疲れちまったな……先に寝るよ、明日……寝坊すんなよ……」


『カイザー!』


 急にしょんぼりした様子で部屋に戻るマシュー。

 その様子を見たスミレに怒られてしまった。まいったな、もう少し優しく別れを告げれば良かったか……?


 いや、言うのが遅すぎた、寧ろ無責任に誘ったのが完全に悪かったんだよな……。


 レニーは――


「むにゃむにゃ……」


 ――寝ていた……。

 まあ、疲れたんだろうしな、しょうがないさ。今日は凄まじい1日だったからな……。


「というわけでジン、俺達は明日の朝、ここを発つよ。素材は言われた場所に置いた。それで修理した機兵とオルトロスがいればここの護りは大丈夫だろう」


「オルトロスが……か。ん、まあそうだな。っと、じゃあ今日はもう寝て明日に備えねえとな、おい! ジェシカ! この嬢ちゃん連れてってやれ!」


「はあい。ほら、レニー。自分で歩きな? 歩けって……もうしょうが無いね、くっ……あんたもう少し痩せなよ……」

  

引きずられるようにして連れて行かれるレニー。

 ……彼女の名誉のために言っておくが、レニーは決して過体重では無い。ジェシカがレニーより小柄なだけ……本当だぞ?


 レニー達の姿が宿舎に消えると、それに続くように一人、また一人とトレジャーハンター達も戻っていき、別れの晩は終わりを告げたのであった。

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