第四十二話 迫り来る牙
ギルドは切り立った崖の上に建っているが、その下はなだらかな地形になっている。
やや標高が高いためか、樹木の背は低く、その数もまばらで見通しが良く射撃がし易い地形である。
こちらの武器といえばレニーのナイフもどきと自前の拳。マシューがナイフ2本というわけで……ああ、そうだな。
レーザービームを放つあちらさんに有利な地形と言わざる得ない。
もう少し下山すればちょっとした森があるためこちらが優位に立てそうだが、日没も近くこれ以上リスクを冒してまで移動するのは考えたくない。
『止まるな! 止まるとブレスを吐かれるぞ!』
距離を開けるとまずいと判断したマシューがバステリオンに飛びかかり、レーザーを撃たせないよう次々にナイフで斬りかかる。
それにレニーも加わり近接戦が始まるが、巨木のような前足から放たれる打撃にうまく近寄ることが出来ず、手をこまねいていた。
後ろに回れば蹴りが、前に回れば前足で払われる。捕まれでもしたら鋭い牙でガブりといかれるのだろう……うう、考えたくない。犬に噛まれかけたトラウマが……!
「マシュー! ここは訓練の成果、連携でいこうよ! 私が前から飛びかかる! マシューはスキを見て後ろから斬りかかって!」
『おっしゃ! まかせろ!』
一旦バステリオンから飛び退き、少し距離を取ったレニーが助走をつけ跳躍すると顔に向かって跳躍し蹴りかかる。それに気づいたバステリオンは前足を上げ迎撃しようとするが――
「かかったね! そうやってあたしに夢中になってると――って、きゃああああああ!!」
振り上げた前足はレニーでは無く大地に向かい、その勢いで素早く身体を反転。
そのまま後ろ足で強烈な対空攻撃を放つ。タイミングをずらされたレニーは退避行動も、迎撃行動も取る事が叶わず、綺麗にカウンターを喰らい――
――俺の身体は強烈な衝撃と共に宙を舞っていた。
センサーに若干の損傷を受けたのか、多少乱れた映像に戸惑うマシューの顔が映る。
思いがけない動きをされ、呆然としてしまっているのだろう。
「マシュー!! ぼーっとしてるんじゃ無い! 避けろおおおお!」
必死に声をかけたが間に合わない。
マシューがハっと我に返った時には既に遅く、オルトロスは両前足によりのし掛かるように掴まれ、そのまま地面に向かって押し倒されていった。
『ぐあああああああ!!!』
コクピットにマシューの悲痛な声が届く。このままでは不味い……しかし、助けに向かおうにも身体を起こすことが出来ない。
畜生、想像以上にダメージを受けてしまったようだ。
『背部損傷率47% 現在修復作業中……カイザー、お気持ちは分かりますがもう暫くは……』
「マシュー!マ シュー!? 大丈夫?」
「あ……ああ、大丈夫だ……ちくしょう、すまねえ機体が……動かねえ……」
マシューの応答を聞き、表情を和らげるレニー。
しかし状況は非常に不味い。此方じゃ機体が損傷、彼方は押さえつけられて動けない。
バステリオンはオルトロスを噛み砕こうと牙を剥くが、上手く相手との間に曲げた膝が入っているようでギリギリで凌いでいた。
動けないなりにやれる事をやろう。まずはオルトロスの現状確認だ。
「オルトロス、そちらの状況はどうだ!?」
『う~! 重たいよ~! 動けない~!』
『怪我は無いけど膝がかなりまずいー!』
幸い、損傷はしていないようだが、膝にかなり負担がかかっているようだ。こちらの修復率は現在76%、リソースをほぼ修復に充て復帰を急いでいるが、いつオルトロスが噛み砕かれるかわからない。
兎に角あいつの意識をオルトロスから反らさなければ。なんとか機体を動かし、あいつの興味を此方に向けて……拘束を解かさないと……くそ! こうしている間にもオルトロスのダメージが!
「スミレ! 修復は最低限で良い! 動けるようになるまであとどのくらいだ!」
『……85%まで……いければ……しかし……!』
「後どれくらいで動けるか聞いてるんだ、スミレ!」
『カイザー!落ち着きなさい! あなたが冷静さを欠いてどうするのです!?
当機は現在修復率78%、後5分……いえ、3分でいけます。行けますが――
――貴方はその後どうするつもりですか? きちんと作戦を立てているのですか?』
「ぬ……そ、それは……――」
『良いですか? カイザー! この3分間はただの待ち時間ではありません。勝利に繋がる準備期間……あなたはこの3分間で活路を見いださなければ無いのです。
シャンとしなさい、カイザー! 貴方は司令官ですよ? うちのパイロット二人を護り導く司令官として、役割を果たしなさい!』
焦りか怒りかはたまたその両方か。
それにより私は冷静さを失っていた。
そうだよ、スミレの言うとおりだ……。
焦って飛び出したところで何になる? 一時的にオルトロスの拘束は解けるかも知れないけれど、恐らく代わりに此方が噛まれるだけだ。
しかし……活路か……。
なにか、策は……何か無いか、何か――
「カイザーさん、妙案が有ります……」
妙に静かにしていたレニーが突然そんなことを言い出した。
普段であれば、適当に聞き流してしまうところだが、この状況下、レニーもバカな事は言わないだろう。こういう時、知恵はあればあるだけ良いからな。助かるよ、レニー。
「聞かせてくれ」
「前に……前に私たちを狙撃した銃、覚えてますか?」
「ああ、そこの丘にあるフォトンランチャー……まさか?」
「マシュー、聞こえる? マシューが私たちに撃った銃、トレジャーハンターさん達でも撃てるかな?」
「……ああ? ああ! 撃てる、撃てるぞ!」
「しかし、あれはお前にしか上手く使えないのでは無いか?」
慣れない奴が適当に扱えるような物じゃあ無い。下手に使って此方に撃たれちゃ敵わないのでそう聞いてみたのだが――
「何言ってんだ、アレを作ったのは頭領だよ! ああ、あたいじゃねえ、じっちゃんだ!あれを撃つのはじっちゃんが一番うめえんだよ!」
――なるほどそうきたか! となれば窮地を脱する光が差すぜ!
「よし、今から外部スピーカーでギルドに呼びかける! きっと勝利の鍵が撃ち込まれるはずだ! それまでマシュー、喰われるなよ!」
「無茶言うよこのカイザーは! こっちはうごけねーんだぞ!?」
音声出力を外部スピーカーに回し、出力を上げてギルドに応援を求める。
「こちらカイザー! こちらカイザー! 現在バステリオンの攻撃によりマシューが拘束されている! 砲撃による援護射撃を求む!」
俺の声に驚いたのか、バステリオンが顔を上げて此方を見たが……拘束の手は緩めない……か。もしかしたらばとも思ったのだが。
しかし、それならそれで好都合だ。さあ、頼む! ギルドの皆、マシューのために、俺たちの為にフォトンランチャーを!
少しして、丘の上からこちらを眺めていた人影達が素早く砲台に向かって行くのが見えた。
動揺せず、素早く行動できるのは流石としか言えないな。
「っぐ!! カ、カイザー! こりゃあだめかもしんない……!」
『ごめんマシュー、カイザー』
『膝がかなりもうダメみたい……』
オルトロスから限界を伝える悲痛な声が届き、此方のモニタにもオルトロスから送信された破損箇所、膝の様子が真っ赤な数値で示されている。
くそ! 間に合え、間に合え!! もう少しなんだ!
――間に合ってくれ!
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