第三十九話 ようやく狩りのお時間です
身の危険を感じたストレイゴートが大地を踏みしめ右に左に必死に駆ける。
背後から迫る紫色の存在、それに恐れおののき少しでも有利な方向に逃げようとするが、時折鋭く身体を掠める石によりそれは許されない。
逃げ惑う内、気づけば谷間に追い込まれてしまった。逃げ場はどんどん狭くなり、ならば崖を登って逃げてやれと、ちらりと崖を見上げていた――
――のだが、崖の上で待ち構える白き存在が視界に入った。
しまった、ここは危険だ! ストレイゴートは反対側の崖を登って逃げようと身体を反転させようと捻る……が、それは叶わなかった。
「レニー! そっちに行ったぞ!」
「了解! 目視で確認! カウント3、2、1! どりゃああああああああああ!!!」
背を向けた獲物に向かってレニーが渾身の力で石を投擲した。
訓練の的より近い"その的"は無防備な後ろ姿を晒した瞬間、綺麗に頭を砕かれていた。
『目標の沈黙を確認、おめでとうございます』
『やったね~!』
『レニーやるじゃーん』
マシューが例の訓練を卒業したため、今日から狩り訓練にマシューを入れたのだが、輝力が増え、その制御が上達していたマシューは勢子(獲物を追い立てる係)として良き活躍をしてくれた。
おかげで狙撃場所で待機するレニーの元まで獲物を誘導する事に成功し、高火力投擲を生かしての初討伐!
狩りを用いた連携訓練は大成功となったわけだ。
勿論まだまだ課題は沢山ある。レニーがもう少し器用になれば勢子として効果的に立ち回れるようになるだろうし、オルトロスの出力とマシューの器用さがあれば緻密で強力ななスナイパーさながらの投擲が出来るようになるだろう。
しかし、ここ数日の訓練はあくまでも互いに足りない力を伸ばし、上手く連携を出来るようにする訓練で有り、スタイルを変えるための物では無い。
レニーは近接格闘において寄りテクニカルな立ち回りが出来るように、マシューはもう少し大きめのナイフを振り回せるように、それぞれ意識を向けるための種まきをしたのだ。
「レニー、マシュー! 取りあえず合格だ! よくやったな!」
「カイザーさん! でもノルマの達成はまだできてませんよ!」
「そうだよ! こんな中途半端で辞めるのは無しだぜ!」
「俺は取りあえず、と言ったんだ。お前達はこれで漸く半人前だ。だけどさ、自分の何処を伸ばせばより強くなれるかわかったんじゃないか?
それにレニーはマシューの、マシューはレニーの良い所が身に染みてわかったはずさ。
それがわかったのならば、俺から言う事はもう無いよ。後は自分たちで己を磨き、自分に足らない部分を考え、補う努力をする。君たちはそれが出来る所までたどり着けたんだ」
「なるほどなー……。うん、ありがとうなカイザー!」
「ありがとうございます、カイザーさん! 今後も自主鍛錬に励みますね!」
「よし、と言うわけで訓練は終わりだ。今日は午後も狩りに回して一気にノルマ達成するぞ!」
「「おー!!!」」
依頼されたストレイゴートの素材は2頭分だ。それだけあれば故障した分は十分直せるとのことだ。しかし、弁償の他にお詫びもしたい。なので倍の4頭以上を目標に狩っていくことにした。
「レニー、次は足か胸の魔道炉を狙った方が良いな。ヘッドショットは頭部パーツの確保が出来ないから勿体ないぞ」
「あっ……他のパーツのことを忘れていました……頭一個で……銀貨80枚……銀貨80枚を……こなごなに……してました…… 」
がっくりと崩れ落ちるレニーを励まし、休憩場所に向かった。
……
…
移動中、レニーが訓練で大量に作り上げたクレーターの中から面白い物が見つかった……というかスミレがなにやら見つけたようだ。
『おや……あれは……レニー、あそこに落ちている遺物を拾って貰えますか?』
「はーい、お姉ちゃん。なんでしょうねこれは?」
「ガラス……? にしては結構柔らかそうな素材だな」
『そうですね、後でじっくり分析したいのでこのまま収納して良いですか? カイザー』
「ああ、かまわないよ」
スミレのお願いにより、確保した物はガラスやアクリルの様な薄い透明の板で、硬そうな見た目に反して意外としなやかで、多少テンションをかけても割れたり折れたりするような事は無さそうだった。
レニーの"攻撃”に耐えたのだから結構頑丈な物質だと言える。
もしかすれば過去の機兵のキャノピーかなにかに使われた素材なのかも知れないな。
スミレはこう言う変わったパーツを集めるのを趣味にしているようで、今までもチョイチョイおねだりをしてストレージ内に確保されている『スミレ箱』に収納している。
なんでも珍しい物は分析しておけば今後役に立つかもしれないとかなんとか……。
……
…
午後になり、再開した狩りは非常に安定していて、通常のフォーメーションではミス無く獲物を狩る事に成功した。短い間ではあったけれど、訓練の内容をきちんと吸収し大きく成長出来たって事だね。
うんうん、なんだか俺も感慨深いや。
「全部で6頭ですかー! えへへ頑張りました!」
「これは凄い成果だぞ! こんだけ有れば暫くの間補修パーツに困ることは無い。ありがとな、レニー!」
「マシューだって一緒にがんばったでしょう? それに、カイザーさんにお姉ちゃん、オルトロス達だって!」
「っと、そうだった! カイザー! スミレさん! オルにロスもありがとうな!」
「ああ、気にするな。役立てて何よりだよ」
『ふふ、私に気を遣わなくて良いんですよ。それと、オルニロスじゃなくてオルトロスですよ』
俺が呼び捨てでスミレがさん付けなのに気になったが……まあ、それはいい。
思わずスミレが訂正していたように、俺も「オルニロス」という呼び方が気になった。確かに途中まではちゃんとオルトロスって呼んでいたはずだが、噛んだのかな?
「ああ、違うよ、名前をつけたんだよ。『わたし』って言ってる方が『オル』で『ぼく』って言ってる方が『ロス』さ。オルトロスだから『オル』と『ロス』まとめて呼びやすいからいいだろ」
『私がオルで~』
『僕がロスでーす』
なんとまあ、いつの間にか個別の名前をつけていたようだ。なんて安直な名前をって思ったけど、実はこれ原作でも――……ああ、くそ。またロストの影響か。
しかし……オルトロスのお陰で以前よりデータが揃ったからね……今ならうっすらと思い出せるぞ……。
原作で……誰かが同じ名前をつけたんだよ。オルとロスだってね。
それに……他にも似たようなノリで名前をつけられていた奴が居たような……あいてて……。
ちくしょう、普段痛覚と無縁の身体だからこの謎の頭痛は中々キツいよ……。
『どうしました? カイザー? センサーに若干の乱れが見られるようですが?』
「ああいや、なんでもないさ……よーし、何時もより少し早いが今日はもうギルドに帰ろうか。ノルマも達成したし、胸を張って凱旋しよう!」
「おう! しっかし、そのバックパック便利だよなあ。ストレイゴートが6頭そっくりはいっちまったよ。なんてスゲえ物背負ってんだ」
「ふっふっふー、このバックパックにはもっと秘密があるんだけど、それは今度みせてあげるね」
「お、マジかー? そいつぁ楽しみだな!」
今日はアレだけ動いたと言うのに、マシューはピンピンしている。
この様子ならば、もう余程の事が無い限り輝力切れで気を失うことは無くなったと言えるね。
……ここ数日間、マシューと共に訓練をし、夜になればギルドに戻ってメンバーの方々の話を聞いて……なんだかとっても良い時間を過ごしたけれど、短いながら彼らと共に暮らしてしみじみと感じたよ。
マシューはギルドにとって掛け替えのない大切な存在なんだよなって。
勿論、彼女は一人の人間であり、好き勝手出来る道具では無いという事はわかっているさ。俺だって元は人間だったんだからね。
なんというか、気軽に『一緒に旅に出ようぜ』って連れ出しちゃいけない存在、そう感じちゃったんだよな。
だから彼女を旅に誘うのはやはりそれは考え直すことにしようと思う。
彼女とオルトロスの力を借りたいのは俺の都合、言ってしまえば単なる我が儘だ。
ギルドの頭領で有り、技術者でもあり、メンバー全員の家族のような存在だ。
そしてオルトロスを立派に乗りこなせるようになった今、何より心強い護りの要となることだろうさ。
彼らにも敵となる存在は少なからず存在する、それは今回俺達も嵌められたからよくわかる。やっぱりマシューとオルトロスは連れて行くわけには行かないよ。
トレジャーハンター達には今夜話をして……俺達は明日の朝フォレムに向かうことにしよう。
……マシューにもちゃんと謝らないとな……。
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