第三十八話 訓練は続く

 訓練二日目――


 マシューに箸の訓練を命じたところ、凄い顔で睨まれた。

 どうやら心底やりたくないらしい。


 そうはいっても、これ以上良い訓練を思いつかなかったため、ひとつ作戦に出る事にした。


「レニーはこれを2時間続けて出来るぞ? なんだ、マシューは出来ないのか?」


 半分賭けだったが、この台詞はびっくりするほど効果的だった。


「ああ? だったらあたいは3時間ぶっ通しでやってやるよ!」


 嫌そうな顔は何処へやら。


 気合十分に訓練を始めたのだから凄い効果だ。

 

 騙したようでアレなのだが、レニーの輝力制御を考えればあながち嘘ではないからなあ……。


 だって相手は輝力お化けのレニーだよ? 作業をするだけなら2時間ぶっ続けで出来るだろうさ。


 箸で石を器用に掴めるかどうかは、ノルマを達成出来るかは別として……な。


 早速訓練を始めたオルトロスマシューを横目に確認すると、彼女は輝力のコントロールが甘く、その量もレニーに劣っては居るのだけれども、それはそれは器用に掴んでいる。


 左の山からヒョイッと掴んでは右側に。見ていて気持ちが良い程にヒョイヒョイと作業を進めている。


 これが耐久戦ではなく、例えば5分間にどれだけ移せるかという勝負であればレニーは全く歯が立たないだろうと思う。


 最も、俺がこの作業をするのをスミレが許すわけが無いので、そんな勝負は実現しないのだが……シュール回、良いと思うんだけどね……。


 さて、マシューはこのまま自主練に励んで貰うとして、当然レニーにも別途訓練をして貰わなければいけない。


 本日彼女が何をするかと言えば、実戦訓練、ストレイゴートの狩りである。


 ストレイゴートは所謂ヤギ型の魔獣だ。

 警戒心が高く、近くに寄るのが難しい魔獣で、追い詰められると切り立った崖でもひょいひょいと身軽に移動して逃げてしまうため、飛び道具が無く、近接攻撃頼りの現状では狩りを成功させるのはかなり難しいだろう。


 今回はあくまで訓練であり、まず成功することは無いだろうとは思うのだが、参考までにマシューに『どのパーツが必要なんだ』と、聞いたところ――


『そうだな今欲しいのは「ストレイゴートの脚」だね。誰かさんに砕かれちまったからな』


 ――と。


 そんな事もあったなと、申し訳なくなりつつも詳しく話を聞いてみれば……そのまま機兵の脚として使うのではなく、強靱でしなやかな脚パーツを2本使って腕パーツを組み上げてしまうらしい。


 うーむ、なんだか良くわからんがロマンを感じるね。既存のプラモの思いも寄らないパーツ達を使ってオリジナル機体を作り出すようなアレじゃないか。


 高荷重に耐え、柔軟に動かせるストレイゴートの脚は、作業上、機体に負荷がかかりまくってしまう土木作業用機兵のパーツとして需要があるらしい。


 そして脚だけでは無く、頭部もまた安価な機兵のヘッドパーツとして需要があることからストレイゴート狩りは良い稼ぎになるそうだ。


『カイザー、ターゲット発見しました。東南482.8m、5体の群れです』

「ありがとうスミレ。レニー、聞いたな」

「はい! ストレイゴートは怖がりで逃げやすいと聞きます! 慎重に近づいて不意打ちしましょう」


 フンスフンスと張り切るレニー。なんだかもう完全に捕まえる気満々で、抑え込んだ後にどうとどめを刺すか……なんて物騒な算段をしている。


 そう上手くいくとは思えないが、とりあえずレニーに任せてみようじゃないか。


 ――慎重に……と、レニーは言っていたけれど、悲しいかなロボである俺の身体はサイズも駆動音もデカく、視覚的にも聴覚的にも目立ちやすい。


 この機体でも隠密行動もやってやれないことはないんだが、まだまだ制御が甘いレニーの技量でスニークなど出来るわけも無く。


 見事に気づかれ思いっきり警戒されてしまっている。


「ありゃー、凄いこっち見てますね?」

「あんだけ堂々と動いてたらそうなるだろうさ……」

 

 13頭居る内、3頭がこちらを向いてじっと見つめている。まだ距離があるから様子を窺っているのだろうが、ここで下手な動きをしたらきっと一目散に逃げさっていくのだろう。


 であれば……ここは一度後ろに引き、相手が警戒を解くまでじっと身を潜めた方が良いだろう。だるまさんがころんだ作戦、口に出すとバカっぽいけれど、実のところこれはなかなかに効果的なのだ。


 レニーに任せるとは言ったものの、折角なので少しでも成功率をあげてやりたい。

 なのでアドバイスをしてやろうと思ったのだが――


「レニーここは一度――って、レニイイイイイイイィイイイイ??」


「見つかってしまっちゃあしかたなあああああああいいいい!!!」


 ――気づけば俺は走っていた。


 いや、レニーによって走らされていたのだ。


 どうやらこれ以上距離を取られる前に一気に距離を詰めて力任せに狩る作戦のようだが……なんてむちゃくちゃな……。


「どりゃあああああああああ!!!」


 地を蹴り、土埃を立て跳躍する。

 十分に速度が乗った跳躍で機体はストレイゴート目前まで迫る。

 そのまま空中で手を広げ、ターゲットをそのまま抱きかかえるように下降し、ターゲットを捕らえ――


 ――る事など当然出来る筈も無く!

 ズズズ……ンと、周囲に酷く鈍い音を響かせながら俺はそのままの姿勢で


 遠く逃げ去ったストレイゴートの群れが大の字で地に半分めり込む俺を見て笑っている様な気がしたよ……。


『……当機スキャン完了……損傷無し。共にレニーの知能も無しと判明……』


「あいてて……そんな、スミレお姉ちゃん酷い……」

 

「酷いのはお前だよ。考え無しに飛びやがって……まったく俺が壊れたらどうするんだよ……」


 ストレイゴートは見た目通り素早く身軽な魔獣だ。そんな魔獣に離れた場所から飛びかかったところで捕まえられるわけが無い。


 俺より魔獣に詳しいであろうレニーにはその事に気づいて欲しかったよ……。


 さて、残念ながら時間切れだ。そろそろマシュー達の様子を見に行かないとな。


 ◇


 マシューの元へ戻ってみると、オルトロスがひっくり返っていた。


「お、おう……大丈夫か……?」


『マシュ~は~お休み中~』

『本日3回目の気絶だよー凄いねー』


 訓練を始めてから約3時間が経過している。大体1時間に1回くらい気絶したのかな? 昨日は20分も持たずに気を失っていたが、それを考えれば大分輝力量が上がっていると言えるな。


 やはり適応者は凄いね。訓練をすればするほどぐんぐん輝力の限界値が増えてるよ。


 間もなくしてマシューが目を覚ましたので、小一時間ほど昼休憩を取って午後の訓練に。


 午後は自由訓練としてやりたい事をやらせる事にしたんだけど、レニーは先ほど獲物に近づくことすら出来なかったのが余程応えたのか、黙々と投擲の練習をしている。


 そうだな、投擲さえまともに出来れば石で不意打ちをして仕留めることが出来るし、足を狙って逃げられなくすることだって出来るだろうからな。


 マシューは昨日に引き続き岩運びをしている。箸の訓練はもう満足行くところまで達成したらしいが……そこは流石マシューだな。


 箸の訓練で制御力が上がったのか、基礎輝力が増えたおかげか、いや、その両方か。


 午後のマシューはまだ気絶することなく現在5個目の岩を運んでいる。

 オルトロスから送られてきたコクピット内の様子を見るとやけに上機嫌な表情を浮かべているからまだまだ余裕そうだね。


 今はまだ亀のようにゆっくりと運んでいるけれど、これから輝力が増えてもう少し出力調整が上達すれば移動速度も上がって倍以上の速度で運べるようになるだろうな。


――三日目


 レニーはストレイゴートに投擲を試みた!

 地面無数のクレーターが生み出される!

 ストレイゴートは逃げ出した!


 ……パワーだけは凄いから射程は異様に長いんだけど、どうにも命中精度が低いんだよな。これはレニーの課題だなあ。


 マシューは相も変わらず黙々と岩を運んでいる。ストイックなところ、嫌いじゃ無いよ。がんばれ、マシュー!


――四日目


 凄いぞ! とうとうマシューが気絶すること無く午前を終えることが出来た。

 もう1日やったらこの訓練はおしまいにして、後はレニーとの合同訓練に移っても良さそうだ。

 

 投擲訓練に戻ったレニーは今日もまたクレーターを沢山生み出していたけれど、それでも午後の練習で半分を超える264個の石を命中させていた。


 昨日の今日でこれは凄いよね。これなら今後も大いに期待出来そうだよ。


――五日目


 レニーがとうとうやった! ストレイゴートの身体に石を当てたんだ。

 しかし、ヤギさんは以外と頑丈なようで、昏倒させるには至らず。

 追撃できれば良かったんだけど、逃げられてしまったのは残念だったね。

 

 頭に当てれば倒せたのかも知れないけれど、今のレニーにはまだちょっと難しいかもな。

 

 マシューはもうすっかり輝力のコントロールが出来るようになったようで、気絶する事無く、ひょいひょいと岩を運べるようになった。これが器用さの違いって奴か……か。

 後は高出力に耐えうる輝力が身に付けば言う事無いね。


――そして六日目、卒業試験として迎えた狩りの場で俺は彼女たちの成長の早さに舌を巻くことになるのであった。

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