第三十七話 厳しい訓練
午後の訓練――
それは野球である。レニーが投げる石をマシューが棒で打つ、そんな単純な訓練だが、それを俺やオルトロスにそれぞれ搭乗してやるのだ。
レニーはだいぶ慣れたとは言え、まだ荒削りなところが目立ち、どうしても力任せになってしまうため、戒めも込めて一緒に訓練させる事にした。
二人で訓練することにより、連帯感も築けるだろうし我ながら良い案だと思う。
……まともに出来るようになればね……。
「うお! 危ねえ!!! レニィィ! ちゃんと狙って投げろよ!」
「えー? ちゃんと狙ってるよー? そっちこそ真面目に打ってよ!」
「お前が狙ってんのはあたいだろ! あたいを狙うんじゃなくてあたいの前を通るように投げろ!」
「おっかしーなあ?」
『凸凹コンビの素質が見えます……』
スミレがぼそっとそんなことを言う。確かに今のままではポンコツ二人組になってしまう。一度攻守交代してみるか……。
「くらえ! 秘技! 火炎弾!」
仰々しい技名を叫びながらマシューが石を投げる。レニーに向かうそれは別に燃えてなど居ない。
「……! うおおおおお! こっこだああぁ!」
棒が乾いた音を立て、石が遠き青空に吸い込まれていった。
なんだか妙に夏の空気を感じる……。
「火炎弾……ッ 破れたり……!」
「そ、そんな……ばかなあ……」
がっくりと地面に膝をつく
ていうかお前らどこで野球漫画を読んだんだって言いたくなるなこれ。
その後も同じようなやりとりが続いていく。
緻密にナイフを操るマシューはやはり投擲のコントロールもかなりのもので、的確にストライクゾーンめがけて石を投げている。
対するレニーは動体視力に優れ、持ち前の
しかし、これが交代して逆になるとてんでダメだ。
持ち前の器用さからなんとか石に喰らいつくマシューだが、パワー負けして気持ちよく打ち返す事が出来ずに地団駄を踏んでいる。
また、レニーほど目が良くないためデコボコの石から生まれる天然の変化球――微妙な球の揺らぎにに対処することが出来ず、空振りする事も多かった。
レニーはと言うと、投石にマシューのような正確さはなく、数投に一度は必ずオルトロスの身体に向かって投げつけていた。それを狙ってやっていれば大したものだと思うのだけれども……そうでは無いからな。
武器が乏しい今、投擲も重要な攻撃方法となり得るのでもう少しコントロールを磨いてほしい所なのだが、直ぐには難しいかも知れないなあ。
本来のカイザーはバランス型で、ファンの間では器用貧乏呼ばわりされることもあった。対するオルトロスはパワー型で、カイザーとの合体時にはその強力なパワーをカイザーが補い見事なコンビネーションを見せていた。
そしてこの世界の何処かに居るであろう"足僚機"は恐らく高機動型で本来の武器はナイフではないかと推測される。また、カイザーとの合体時には高機動を実現させることが予想されるので、レニーにより近接格闘型となった俺と非常に相性が良さそうだ。
しかし、3体合体した場合を想像するとやはりこのままではまずい。
本体がパワー馬鹿、腕がスピード器用馬鹿である。予想される通り足が高速型であれば、速度特化型カイザーとして活躍できそうだが、今のままではうまくいかないだろう。
合体時にメインパイロットになるであろうレニーがパワー特化型の思考をしているため、このまま器用さ――命中率を上げられないままで居れば速度を効果的に生かす事は敵わないだろうな……ていうか下手したらバランスを崩して転んでしまうんじゃないか?
逆に腕の制御をするであろうマシューがパワー型の運用に慣れていない場合、レニーがいくら強烈な一撃を食らわせようと頑張っても、腕に流れる輝力はスピード型のそれになってしまいパワー不足に悩まされる事だろう。
メインパイロットと違い、マシューの役割は操縦では無く出力の調節だ。パワー型の出力とはどのような物か身体で覚えなければならないのだ。
互いを知り己を学ぶ、彼女達に今一番大切なことはこれだろうな。
とは言えどうしよう。服を交換した上で互いの口調を真似させるか? いやいや……。絶えず二人で過ごしてもらいダンスでも踊ってもらうか? いやいやいや……。
これはアニメじゃないし、別に面白い事をする必要はないな。レニーにはマシューが得意そうな、マシューにはレニーが得意そうな特訓をさせよう。
互いを知るには相手の能力に近づけだ!(脳筋)
◇
激しい騒音が原野に鳴り響く。予めトレジャーハンターの皆さんには謝っておいたが、あとで改めてお詫びをする必要があるな……。思っていた以上にやかましい。
休憩を挟んだ後、二人にはそれぞれ個別のメニューを改めて課した。
レニーにやらせているのは遠く離れた
達成できなかったら今夜のご飯は肉抜きの豆料理だ。
マシューはと言うと、さっきからえっちらおっちら岩を担いで運んでいる。彼女に課したのは50個の岩をA地点からB地点まで運ぶ訓練だ。
念のためにオルトロス達に自立機動で一度試してもらったが、
『お~なかなか効くね~』
『運動不足解消ー』
と、楽しそうに運んでいたので機体パワー的には余裕のようだった。
『運動不足』と思わず漏らしていた辺りからして、やはりマシューの使い方は機体のパワーを出し切れていないんだろうなあ。
マシューにはこの訓練を通じて輝力の出力調整と、ある程度でいいのでパワー型の運用を覚えてほしい。このままだとオルトロスがちょっと可哀想だからな。
さて、そんなオルトロスだけれども、現在2つ目の岩を担いでヨロヨロと歩いている……あっ止まったぞ。
『オルトロス、パイロットの気絶により自立起動モードに移行したようです』
「普通の機体だったら岩に潰されてたね……オルトロス達、岩を降ろしてマシューが起きるのを待ってね」
『岩運んじゃだめ~?』
『これ楽しいから僕達もやりたいよー』
「訓練にならないからだめ。それにマシューが寝てるときに動き回っちゃ輝力不足になっちゃうだろ」
『そうだった~』
『おなか減るのいやー』
俺やオルトロスは自立機動する際に本体に貯められた輝力を消費する。
本来の設定では自立機動を認識した本部より衛星に指令が届き、天より輝力が降り注いでほぼ無限に動作可能になるという無接点充電のような素晴らしい仕組みがあるのだが、この世界には本部が無い以上、衛星の存在も期待出来るわけがなく……。
なので、現状のように本来の運用が出来ない場合を想定し、緊急時用に輝力結晶に輝力を蓄えておいてここぞと言うときに消費して自立機動するわけだ。
輝力を蓄える方法はパイロットから溢れる余剰輝力や日光由来の物を備蓄する感じになるんだけれども、それだってフルに溜め込んでせいぜい三日持てば良い方なので、いざという時を考えればあんまり無駄にはしたくないのである。
『マシュ~がんばれ~』
『がんばってはよおきれー』
そうは言っても輝力はそう直ぐに回復する物じゃないってーの。
身体を持て余してんのはわかるけどさ、ゆっくり寝かせといてやんなさいな。
……
…
オルトロス達の必死な応援むなしく、結局夕方までマシューは目を覚まさなかったためその日の訓練はそのまま幕を閉じることとなった。
箸の訓練の時も気絶してたし、今日はゆっくり休んで貰おう。明日もたくさん気絶して貰う事になるだろうからね。
レニーは……明日はお肉食べられると良いね。
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