第二十八話 レニー、大いに歴史を語る
現在は19時を少し過ぎ、眠たげな太陽が遠く見える山に沈み、夕方から夜に変わろうとしていた。
時間的にも丁度良いと言う事で、かつての防壁だろうか、ボロボロになりながらも今も残る石壁の影で休憩を取ることになった。
「ここが所謂、
さっきまでの急げ急げはなんとやら。目的地を目の前にして余裕が出たのかそんなことを言い出す。
偵察に行くのは完全に日が落ちてから闇にまみれて行くつもりだったし、余計な事を言って刺激をせぬよう黙って聞くことにした。
「そもそも大戦の発端は3000年前、ルストニア王国が機兵を開発したのが始まりと言われていますが、これって皮肉ですよねえ。平和を求める余り自国の防衛のために長い年月をかけて機兵を造ったって言うのに、それが大陸を巻き込んだ大戦となったわけですから」
「聖典を元に造った機兵で各国を牽制したまでは良かったけどね。得てしてそういう情報は漏れちゃうもんだ」
「ですね。当時あった国はルストニア王国、リーンバイル王国、ガンガレア帝国、ボルツ王国の4国。そのうち3国がこの大陸に領地を持ち、リーンバイルはヘビラド半島北東の島に領地を持っていました。
ルストニアはご存じの通り、かつては王家の森周辺に王都があったそうですが、火龍の暴走により移転、戦争当時は現在のルナーサ商人連邦の辺りに王都があったとされています。
ルストニアはこの大陸の三分の二をまるっと収める大きな国だったのですよ。
ルストニアの存在が面白くないのはガンガレアとボルツです。
ボルツは大陸の北、聖地と呼ばれている退屈な場所に隣接した土地に国を構え、ガンガレアはヘビラド半島に国を構えていました。ルストニアが大陸の殆どを納めていたのも気に入らなかったし、なによりその両国が交易をするためには必ずルストニアを通らなければいけないのが気に入らなかったのです」
「あー、関税的なのがいちいちかかるのかな」
「ですです。海を使って直にやり取りするという手もあったみたいですが、海路は時間も手間もかかる上にリスクが高く、渋々ルストニアを通っていたわけです。
そうなってくるとルストニアがやはり邪魔。両国は北から東からそれぞれちょいちょいとルストニアにちょっかいをかけてプレッシャーを与えていたんですが、これが積もり積もって機兵開発に至らせてしまったわけです」
「開発までどれだけかかった分からないが、其れまで耐え抜いたのも凄いな」
「ルストニアは国防全振りでしたからねー。攻める力は無くても護る力はかなりの物だったと伝えられています。
そしてキレたルストニアはとうとう機兵を開発、国境沿いに機兵団を配置して睨みをきかせました。
なんだ、そのでくの坊はと最初こそ笑いものになったそうですが、その強大な力を見るや蜘蛛の子を散らすように撤退。以後数年間はちょっかいを出さなくなったみたいです」
『子供の喧嘩に大人が助太刀にいったようなものですからね、其れは賢明な判断です』
「そうだな、どういう素材だったかは分からないが、機兵相手に歩兵ではいじめにしかならない」
「そんな強い力は欲しくなっちゃうわけで。前に説明したとおり、両国が機兵の情報を盗むのは当然の展開。以後10年にわたる機兵戦争が始まります。
当初はガンガレアとヴォルツもそれぞれ対立しており、ルストニア含めて3国の戦争が大陸内で勃発、島国リーンバイルはこの時点ではまだ静観していたのかどの本を見ても名前が出てきませんね。
で、そのリーンバイルの名前がようやく出てくるのが最終決戦となったこの場所、大戦の原野です。
最終決戦は利害の一致したガンガレア・ボルツ連合とルストニアの戦いとなり、連合5万に対しルストニア3万! どう考えても勝てる戦ではありませんでしたが、南の海から颯爽と現れるリーンバイルの騎兵達!その数1万2千!」
「リーンバイルは一体どうやってそこまで来たんだ? 位置関係から考えるとヘビラド半島付近を通って海路できた、と言う事なんだろうが、それをガンガレアが見逃したというのか?」
「鋭いですね、カイザーさん。そもそも何故ここが最終決戦場になったか? これは連合のガバい作戦がその理由でした」
「ガバいって……」
「ルストニア北部に位置するボルツは北の国境から軍を送り込み、えっちらおっちら力業でルストニア軍を南西へ南西へ誘導しました。王都に戦火が回るのを嫌がったのでしょうねえ、面白いように誘導されたととある本には書かれていました。
さて、その報告を受けたアルサール・ルン・ルストニア、つまり王様ですね。王様は不敵な笑みを浮べると、東の国境に兵を1万残し、残りの兵士を全て西へ送り出します。
こうして東の国境は兵が1万、ここ大戦の原野に3万の兵士が移動し兵力は分散されたわけですが、兵力を分散したのはルストニアだけでは無く、ガンガレアもまたそうだったのです。
海経由で兵を2万西の戦場、つまりはここに送り出し、残りの1万を東の国境から王都に攻め込ませました。そのまま落とせればめっけもの、そうじゃなくても膠着状態には持って行けるだろうと、
そして西は連合5万の軍勢である。せいぜい3万程度に負けるわけが無い、さっさと蹴りをつけて王都を挟み撃ちにしてしまえ!そういう作戦だったんですね」
「あーガバい…ガバいなあ…」
『私なら王都に放ったスパイ達を使って機兵達に工作をしておきますね。その上で深夜、街に一斉に火を放たせ、突然の大火により動揺したところに……』
「あースミレ……いいから……話がややこしくなる」
「ま、まあでもガバいんですよ! ほんと! 私でももう少し上手に戦略を組み立てますよ……。
で、勿論ルストニア王も馬鹿じゃ無い。機兵の技術と交換で交わしていた密約により、とうとうリーンバイルが動き出します。
間者の報告によりヴォルツ軍が海路で大陸南を目指すことを知ったリーンバイル王は同じく大陸南へ進軍。
マヌケなのはガンガレア軍です。リーンバイルが動くわけなかろうとルストニアとの国境に監視を全振りしていたため、これを見逃してしまいます。
そして、前述の挟み撃ちに繋がる訳なんですが……」
「普段静かなヤツこそ警戒しておかないといけないんだよなあ」
「さてさて! ここで一気に歴史から神話だなあ! って感じになるんです!」
「ほほう」
「援軍が現れたとはいえ、圧倒するには足りず、やがて戦は膠着状態に陥ります。当然長引く戦争は民のためになりませんから、大陸はどんどん衰えていき、恐れていた滅びの足音が聞こえてきたわけなんですが……!
最終決戦が始まってから一月後、戦により鈍色に染まった天から光が差しました。
『何事だ?』と、余りにも神々しいその光に双方戦いの手を止めしばし見入ったと言われています」
「ええ? 所謂神様っていうヤツが介入してきたのかい?」
「厳密には違いますね、神では無く、それに使わされた巫女、と伝えられています。
巫女は言いました。神はこれ以上の戦火を望まない。剣を納め民のために生きよと。殆どの兵が戦う気力を無くし、その場に立ち尽くしてその言葉を噛みしめていたと言います。
しかし、それでも一部の頭に血が上った脳筋達には効きませんでした。恐れ多くも巫女に向かい攻撃をした者達も居ました。
巫女にはその攻撃は当たらず、ただただ悲しそうな顔をしていたといいます。
やがて巫女は天に手をかざすと巨大な大剣を喚びだし、地に向かって振るいます。
その剣は光の雨を降らせ、戦場に立っていたあらゆる機兵を貫いていきます。人命は奪わず機兵のみを討ち滅ぼす神の裁きでした」
「月光ちょ……いや、なんでもない、つづけて」
すっかり毒気を抜かれた各国の兵士は取りあえずそれぞれの国へ帰っていきます。機兵もぜーんぶやられちゃいましたからね。帰るしか無かったんだと思います。
報告を聞いたルストニア王は何か決心をすると民を集め演説をします。
神は戦いを望まない。しかし、両国に睨まれるこの地では戦い無くして護る事は叶わない。ならば、我は国を明け渡し聖典の知識と共に野に消えようと。
ガンガレア・ヴォルツ両国にもその通達が行き、ルストニアはそれに吸収され事実上の大陸統一国家、キャプタイルが誕生しました。
旧ルストニア王は周りの人間と一部の国民を連れ姿を消し、リーンバイル王国は鎖国を始めました。
リーンバイルに関してはそれっきりなので今現在もどうなっているかは分からないんですよね。
何度か使者が向かったらしいのですが、島に入ることは叶わずってことで。」
「で、棚ぼた的で産まれた統一国家ですが、2年くらいでぽしゃっちゃいます。ルストニア愛に溢れた人達がクーデターの火種を作ったのだ、と言う人も居ますが、ただ単にガンガレア・ボルツという欲張りさん同士が手を結んでも上手くいかなかったんだろうと言うのが学者さんの見解です」
「さもありなん」
「さて、これ以上は長くなっちゃうので簡単にまとめますが、神罰により機兵は全て失われ、聖典もどこかへ消え失せました。
それでもなんとか生き残った技術者達が機兵を製造しようと頑張ったようなのですが……動力炉だけはどうしても再現出来なかったみたいですね。
そのうち人類は機兵を諦め、そのうち完全に機兵文明が世の中から消え去ってしまうと、仕方なくまた1からコツコツと村づくりから始まっていったのだと言われています」
「戦争で石器時代に逆戻り! まで行かなくとも、機兵誕生以前まで巻き戻ったんだな」
「そうですね。その後長い年月をかけ現在この辺りを納めるトリバ共和国、隣接するルナー査証人連邦、そして若き国、シュヴァルツバルト帝国が誕生した、というわけです」
「なるほどね、いやあ、参考になったありがとう」
『レニーが機兵を大好きなのは知っていましたが、神話というか歴史にも詳しいとは驚きでしたよ』
「それはまあ、昔から両親に勉強させられていたから……あ! いや、なんでもないです。趣味ですよ、趣味」
「趣味ね、まあ、良い趣味だと思うよ。後でまた色々聞かせてくれな」
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