第十三話 レニーのおうち

 転んだり集めたり何度か休憩を挟んだりして漸く森を抜けた。この機体の足で考えればそこまで長い距離ではなかったと思うのだが……なんだか妙に時間が掛かった気がするな。


『転倒していなければ当初の予定時間通り、2時間前には抜けていましたね、カイザー』


「ごめんって、お姉ちゃん……」


「ああ、そうだな。まさか3度も転ぶとはな。俺もシミュレーションデータを見直す必要がある」


「カイザーさんもごめんって……」


 レニーはあれからさらに2回も転倒した。


 2度目は気の毒な事故だった。突如地面から顔を出したギガントワーム――巨大なミミズ的な魔獣――に蹴躓いて転んだのだ。これは地面に対する脅威を想定せず、全周を対象とした索敵をしていなかったスミレの責任でもあるのだが……


『レニー、私はこの地域のデータがまだ足りません。事前にギガントワームなる存在の報告を怠った貴方の責任ですよ』


 と、最もらしいことを言って責任を全て押しつけていた。


 1回目の転倒でしょげてたところでこれである。これは流石に俺も少々気の毒に思い一応フォローの言葉をかけた。


「今のは俺も気づかなかったから仕方がないよ。周囲に反応は無くとも油断は出来ないというわけだ。よし、何処から敵が来ても対応できるよう、しっかり気を引き締めて行こう!」


 そんなことを言ってしまったのが間違いだったと言えよう。


 妙に真面目なところがあるレニーは下を気にしすぎてしまった。それが原因となり、足取りがフラフラとおぼつかなくなってしまって……さらに前をろくに見ていなかったわけなので間もなく大木にぶつかる事となる。


 これも良い薬になるだろうと、敢えて黙っていた俺とスミレも悪いのだが、これが3度めの転倒に繋がるきっかけとなってしまった。


 それはそれは見事な勢いで木に体当たりをかまし、その反動で後ろに倒れる。そこに素材を入れた箱が振ってくると言う3HITコンボだ。

 

『当機体前面及び背面に広範囲の損傷。パイロット強制射出モードに移行します』


「お、おねえちゃ~ん……」


「今のは俺も擁護出来ない。レニー、グッドラック!」


 スミレは怒りながらもやはりレニーに甘くなっている。しょうが無いなあと言った感じでアドバイスをしていた。


『本来は私たちの声の他、モニターのデータに注意しつつ操作しなければ行けません。でも……レニー……、貴方にはまだ難しいようなので、前方以外は私がきちんと索敵し、何かあれば音声で伝えます。本来は緊急時以外はあまりこう言う事はしないのですから、ありがたく思うのよ、レニー』


「はあい、ありがとうございます、お姉ちゃん……ぐす」


 そんな感じでスミレのサポートと言う名の怒号がコクピットで鳴り響くようになり、なんとか以後は転ばずに森を抜けられたのだった。

 


 森を抜けたと言う事で、なんとも良いタイミングだったので以前から不思議だったことをとうとう聞いてみることにした。


「なあ、レニー。毎週毎週山に登って俺のとこに来てたけどさ、そろそろ家は近いのかい? 俺が居た場所まで往復できる距離を君の身体能力から計算するとこの辺りが限度だと思うのだが」


「え? 家ですか? うーん、この森の出口、というか直ぐそこに有りますよ」


 計算上、流石にそろそろ到着するだろうと、予想はしていたけれども驚いてしまった。どう見ても周囲に集落の様な人が住んでいる気配は感じられない。

 

 この辺りから俺が居た山の麓までレニーの足で2日ほど。そこから1日かけて登山と下山。麓で一泊して、また2日をかけて家に戻る。


 ざっくり計算しても往復5日の距離である……ていうか、よくまあ一人で通ったもんだな……普通に考えればあの日のように魔獣に襲われてしまうと思うのだが……。


 それはまあ、後で話を聞くとして。


 レニーから定期的に街まで買い出しに出ているという話は聞いていたので、商店がないような小さな集落でもあって、そこに住んでいるのだろうと推測していたのだが、いつまで経ってもレーダーに集落が有るような反応はうつらない。

  

 より広くサーチしてみても魔獣の気配と、それを追っているらしいハンターと思われる反応、そして街道があるのかやや遠くを移動するわずかな人の気配のみだ。


「いや、まて。ちょっと待て。本当にこの辺りに住んでるのか? ……聞きにくいことは先に聞いておく主義だから聞いちゃうけど、家族もそこに居るんだよ……な?」


「あー……えへへ……」


 気まずそうに笑うとちょっとだけ教えてくれた。


「うーん、そう言われたら答えるしか無いですよね。いやあ、実は2年前に喧嘩して実家を飛び出して来ちゃって……一人暮らしなんですよね……」


 薄々とそんな気はしていた。まともな親が魔獣がでる山に毎週毎週行く許可を出すだろうか? 百歩譲ってそういうのが常識な世界だとしても、森での特訓中に一度も帰ろうとはしなかったし、家族の話を一切することがなかったのだ。


 キャンプ中、家のことを気にする様子が一切無かったからどうもそんな気はしてたんだよなあ。

 レニーが気にしていたのは日々の食料の事だけ。機体操縦や輝力訓練のほか、生身での戦闘訓練狩りによる食料調達をする必要もあったから、疲労でそんな余裕が無かったのかもとちょっと思ったりもしたけど、する必要が無かった、敢えてしなかったというわけか。


「家出かあ……。まあ深くは聞かないけど13歳の時に飛び出してきたんだろ? 住む家とかどうしたんだい?」


「それはまあ、運が良かったというか何というか……ああ、今住んでいる家については見て貰えれば分かりますよ。もうすぐそこですので……」



 やがてひっそりと佇む小さな小屋……小屋?? 何か建造物? が目に入った。


「あ、あれですー! えへへ、私のささやかなおうちにようこそー」


 俺から降りたレニーがさささっと入っていったおうち、と呼ぶものはどうもなんだか……しかし、あれはなんだろう? 建物というよりも……こう、何か……


『カイザー、あれは……なんでしょう……? なんだか……?』


「スミレも感じたか。なんだか凄く親近感を感じる」


 そこにあるのは窓が存在しない小屋? で、とても頑丈そうな白い材質で作られている。


 レニーが入っていった入り口らしき部分のみ別の材質で作られた簡易な扉が無理矢理つけられているのだが、なんだか子供が蹴っても壊れそうなほどそこだけ貧弱だ。


 近づいて詳しくスキャンしてみると、小屋の裏側に何か端子のような物が確認できた。


「いやあ、半年くらい前ですかね? とうとう宿賃も尽きるって時に狩りにきたらですね、この小屋を見つけたんですよ」

 

「中を覗いてみても空っぽでなーんにもなくって。ああ、これを建てた人はもう使ってないのかなって」

 

「一応一週間様子を見たんですよ? それでもだーれも近くに来る様子がなかったから、じゃあもらっちゃいますよ! って私のおうちにしちゃったんです」


「あ、バカにしてます? 住めばなんとやら! こつこつ稼いでそろえた家具で今では立派な私のお城ですよ! これでも結構快適で……あれ、聞いてます? おーい、カイザーさーん、お姉ちゃーん?」


『サーチ完了、該当の端子……信じられないことに当機体との互換性を確認……』


 やはりか……なにかこう、妙な親近感を感じるというか、更衣室に忘れた下着が黒板に貼られているのを見つけてしまった恥ずかしい感覚というか……なんというか……。


「ほらほら! 見てみて! どうですか? 私のおうち! 凄いんですよ! 中にはちょーっとレアな素材だって……あ、そっかー、カイザーさんは大きいから入れないんだ…って、もう! 聞いてますか? カイザーさん?」


「レニー、ごめんな。先に謝っておく。ちょっと家から出て離れてて貰えるかな?」


 中から顔だけだし、訝しげな表情を浮かべるレニーに声をかけて少し離れたところに退避させる。


「へっ? カイザーさん? 一体何を……」


『接続ハッチ開放、ケーブル放出。目標に接続します。3,2,1,接続しました』


「よし、データチェックして」


『データチェック……完了、当……機体との互換性を確認……これは……ダ、ダウンロード開始……基本データダウンロード完了……』


「……ああ、うん。俺にも伝わった。こいつから落としたデータで損失箇所が復元されたようだな……ああ、思い出したぞ……これは……やはり……!」


 レニーの住んでいた家、なんとそれは俺のバックパックだった。この間ふと感じた背中の寂しい感じ……そうか、俺の背中にはこいつがあったんだよなあ。


 もしかしたらあの感覚は付近に転がっていたバックパックからの信号を微弱にでも拾った際に感じた一種の予感のような物だったのかも知れないな。


『バックパック、装備形態にモードチェンジしますか?』


「よし、やってみてくれ」


 突如俺から伸びたケーブルが"おうち”に突き刺さったと思ったら、俺とスミレが良くわからない不穏な会話を始めたわけで。


 そして "おうち”だったものが間もなく小さく折りたたまれ、俺の背中に収納されていく。

 そんな衝撃的な光景を見てしまったレニーはオロオロと動揺し、やがてペタリと座り込み呆然としてしまった。


『バックパック接続完了、データリンク100%。バックパックに関するメインデータ取得』


 接続したことにより、機体とのリンクが確立し、バックパックのメインデータがスッと俺の中に流れ込む。それとともに完全にバックパック周りの記憶が蘇った。


 ああ、たまに感じる様々な違和感の数々……防衛モードに入るため装備品達と共にパージされたバックパック、それが戻ったことにより、この機体の仕様をほんのりと思い出してちょっとスッキリしたぞ。

 

 カイザーは各装備に独立した簡易AIを実装していて、データリンクにより接続していた。


 俺やスミレにかかる負荷を分散させるという思想から生まれた仕様なのだが、パージ中でも無線中継出来る基地が無い今、事前に対策を取らずにパージしてしまうとデータを失う、つまりその装備品に関する記憶を失ってしまうのだ。


「スミレ、念のために最小限でいいからバックパックのメインデータもこちらにダウンロードしておいて。このままだとパージしたらまた忘れちゃうかもしれないし」


『完了済みですよ、カイザー』


「さんきゅー」


 これで以後はパージしてもきちんとバックパックのことを覚えているし、再合体も可能だぞ……って!


「ああ……あ……ああああ……ううう……うっ……」


 あっ やばい! レニーへのフォロー忘れてた!


「ああ……あだじの……あだじのおうぢ……あだじの……財産があああああああああうわああああああああん」


 次回、レニー号泣! その果てに! お楽しみに! なんてやってる場合じゃ無いな、さっさと説明しなきゃ嫌われてしまう……。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る