第十一話 ダンゴムシ現る

 麓の森での訓練はひとまず終わりにしてギルドに行ってプレートを発行して貰おう、満場一致でそう決まったので撤収準備をしていると……ゴロゴロと黒光りする大きな球体の物体が転がり込んできた。


「げっタンククローラー…!? なんでこんな所に!」


 タンククローラーとレニーが呼ぶ物は全長4m程の巨大なダンゴムシである。レニーによれば本来ジメジメとした土地を好む魔獣で、湿地帯を中心に分布している種らしいのだが……何らかの理由で迷い込んできたのだろうと言うことだ。


 そのままどこかに転がって行ってくれれば良かったのだが、何か妙なフラグでも立っていたのか、当然のようにこちらを敵と認識。


 球体モードを解除したタンククローラーは、頭を低く下げ、身体の両脇からブシュウブシュウと音を立てて蒸気を黙々と噴き出している。


「カイザーさん! あれはタンククローラーの威嚇行為です!」


「なるほど、何故だか随分とお冠のようだね。戦闘は避けられそうにない……か。レニー!」


「はい! 特訓の成果、みせてやりますよ!」

 

 不敵な笑みを浮かべたレニーは直ぐさま俺に乗り込み、腰からナイフを抜いて構える。


『対象の装備、見当たりません。体当たりによる攻撃が主力と推測』

「名前からして射撃武器でも隠し持ってると思ったが、ではタンクとは……?」


 先程排熱していたのは、体当たりに備えてなんらかの充填行動を取った影響なのだろうか。だとすれば、体当たりと言えども馬鹿にできるものではない。ここは慎重に様子を見ながら――


「ありがとうお姉ちゃん! 図鑑で見ただけだから詳細は知らなかったんだ! 飛び道具が無いなら先手必勝だ! とりゃあああ!!!」


 ――俺がアドバイスをする前にレニーが飛びかかっていく。この子には考えて行動するという概念が無いのだろうか?


「飛び道具が無いんです! だったら撃たれる事は無いんです! 飛び込んだ者勝ちなんだああああああ!!」


 レニーはやたらと熱い雄叫びを上げながらナイフを振り下ろす。

 しかし、タンククローラーの頑丈な装甲には急ごしらえのナイフでは歯が通らず、ガインと音を立てて弾き返されてしまった。


「タンク」という名前から推測していたが、やはりこの手の形状をもつメカはお約束にもれず硬いんだな……。


「かったいなああ! なら! 数を重ねればぁ!」


 今もなお、じっとしたまま排気を続けるタンククローラーにまたがり、何度も何度もナイフを振り下ろす。しかし、刃が立つどころか、表面に小さな傷一つつけることは敵わず、ただただ静かな森にガインガインと鈍い音が鳴り響いていくだけである。


 一体何時までこうしているのだろう? そろそろアドバイスでもと思った瞬間――


「キシュァアアアアアア」

 

 ――鳴き声なのか、何かの駆動音なのかはわからないが、不快な音を発したタンククローラーは突如として身体を大きく動かし、上にまたがる俺達を真上に投げ飛ばした。


 それ自体に攻撃力は無かったが、着地後間もなくタンククローラーが猛烈な勢いで転がり込んできた。


「キャアアアアアッ!」


 コクピットが近い胸部装甲にノーガードで喰らったものだからたまらない。内部のレニーは安全装置でシートに固定されていたから怪我には至らなかったが、それでも身体を大きく揺さぶられ悲痛な叫び声を上げる。

 

『胸部装甲にダメージ発生。レニー、昼食抜きです』


「そ、そんなあ~……」


 まったく緊張感がない奴らだな! とは言え、音や衝撃はやたらと派手だったが、先程の攻撃ではそこまでのダメージはない。仕切り直しだ、今度こそ慎重に――


「ちくしょう! 名誉挽回! とりゃああああ!!!」


「まて、止まるんだレニー!」


「って、ええええ!? とっととと……どうしたんですか?」


「ただ突っ込むだけでは勝てる戦いも勝てなくなる。見ろ、タンククローラーを。このまま突っ込んだらまたさっきの二の舞だぞ」

 

 コクピットに映るのは再び球状になり不穏な音を立てるタンククローラーの姿。

 それは明らかに攻撃姿勢であり、あのまま突っ込んでいたら気持ちよくカウンターを貰っていた事だろう。


『ギュィイイイイイイイイイイイイイ……』

 

 その音の正体はその場で空転をするその身体。大地をえぐり、それを周囲に撒き散らしながら高速で空転している……一体何をどうすればそんな挙動が――


 ――っと、観察している場合じゃあ無い。間もなくそれは鈍い音と共にこちらに向かって飛び込んできた。


「レニー!」

「わ、わわっと!」


 なんとかギリギリ躱すことが叶ったが、巨木を薙ぎ倒しながら急制動をかけたタンククローラーは、再びこちらに向かい飛び込んでくる。


 その動きはまるでピンボールの球のようで、四方八方からこちらをめがけて転がり込んでくるのだからたまらない。


 勢いは衰えることはなく、むしろ徐々に上がるその速度にこちらは防戦一方になってしまった。

 

 形勢逆転だ。


 これがタンククローラーの主力攻撃「突撃チヤージ」か。レニーが避ける間にスミレが解析したところによれば、あの回転は無限軌道にも似た仕組みで自らを高速回転させることによって実現しているようだ。

 そしてその硬い装甲から繰り出される体当たりは単純ながらも馬鹿には出来ない。それは戦闘前に比べ、明らかに広くなってしまった野営場所を見れば明らかだろう。


 最低限の野営場所をと、遠慮がちに木を切り開いて作ったスペースだと言うのに、遠慮がない体当たりによって多くの大木がなぎ倒されてしまっている。


 通常であればこの手の相手には面の攻撃で動きを誘導し、契機をみて一点集中型の装備で弱点を貫く、又は何らかの方法……例えば高粘度な物質を用いたトラップや、頑丈なワイヤーなどを使って一度動きを止めて……等々、なんにせよ素手ではなく、何らかの武器や道具に装備を切り替え対処する必要がある。


 しかし、現在の俺は元の装備品を全て失っているし、なによりそれがどんな物だったのか殆どのデータが消失しているようで思い出すことができない。


 つまりは装備に関しての記憶が失われていると言うことになるのだが、これはスミレにも同等のことが言え、二人がわずかに覚えているのはハンドガンと高振動ナイフくらいだった。


 ナイフこそ代替品でなんとかしているが、ただそれらしく形を作っただけのナイフは切れ味が悪く、機械的な補助機能もないため、頑丈な素材を切り開くことは不可能であり、現状を考えれば手詰まりに近い。


 ならば取りあえず撤退するのが最善である……と、俺は結論を出しつつ有るのだが、レニーはそんな気はさらさら無いようで、避けながらウンウンと唸り何かを必死に考えている。


「うーん、そうか。殻が抜けないなら内側を壊しちゃえばいいのでは?」


 レニーがさらっと頭がおかしい事を言いだす。クラッシュバレットの件を思い出し、なんだか胸が熱くなったが、同時に胃がキリキリと痛む感覚もする……。


「……何か思いついたのか?」


「こいつの体当たりさ、威力は凄いけど馬鹿正直に突っ込んでくるからカウンターを入れやすいんじゃ? って思ったんですよね」


 確かにタンククローラーの体当たりは一度走り出したら位置調整が出来ないようだ。速度が有るため、目を離せば食らってしまいそうでは有るが、きちんと見ていれば軌道を読むのは容易い。容易いのだが……。


「カイザーさん、腕吹っ飛んだらごめんね?」

「お、おいレニー?? レニーさん???」

『……反動に備えます……はぁ……』

「ス、スミレ?」

 

 珍しくスミレがレニーの行動を止めることをしなかった。今回ばかりは止めたほうが良いのでは……と思ったが、彼女がそれをしなかったという事は、レニーの提案に勝機を見出したということだろう……ならば信じてやろうか、俺のパイロットをさ!


 回避行動を止め、機体を反転後にその場に停止。両の手を開き右腕を軽く正面に差し出すと、ゆっくりと左足を前に出して地を踏みしめる。


 土埃を巻き上げながらタンククローラーが迫る。近づく轟音。それを無視するかのようにレニーは目を閉じ静かに呼吸を整えている。


『対象との距離20m……15m……10m……』

 

 みるみる縮まる距離。後数秒後には機体と接触をしてしまう……と、その時。


 カっと目を見開き、レニーが吼えた。

 

「今……ッ! この手に…ッ! 思いを乗せてぇえええええ!!!! カイザァアアアアインパクトオオオオオオオオオ!!!」


 輝力炉から左足へそして左足から右手へ輝力が流れ、カイザーの全体重が乗った掌底がタンククローラーに炸裂する。


 反動で大きく後ろに押される……が、スミレが腕を中心として保護フィールドを展開していたためレニーが言う通りもげることはない。そしてインパクトの瞬間、掌から輝力が衝撃エネルギーと共にタンククローラーに向かう。カウンターによりその威力はさらに増し、なんとタンククローラーをひっくり返してしまった。


 通常であれば例えひっくり返されても即座に防御態勢である"丸まり状態”になって手がつけられなくなるのだろう。しかし、輝力を乗せた掌底のダメージは非常に強烈だったようで、どうやらスタン効果が発動しているようだ。


『敵機から異常反応。どうやらセンサーに何らかの異常が発生し、通常動作に支障が起きているようです』

 

 もぞもぞと蠢くタンククローラー。何やら不敵な笑みを浮かべ、機体をその方向に向かわせるレニー。

 

「うふふふ……ボディががら空きだぜ……?」


 マニュアル以外にも別の聖典漫画かなにかでも伝わってるんじゃ無いのか? なんて不安にさせるセリフをレニーが呟くと、容赦なく跨がり、何度も何度も殴り始めた。


「装甲が硬くたってぇええええええ!!! ひっくり返しちゃえばああああ!!! こっちのものよおおおお!!!」


「お、おいレニー!! レニーもうやめろ!! もう…そいつは…」

『対象のエネルギー反応消失、レニー……もう止めてあげて……』


 俺達に声をかけられようやく気づいたのか、気まずそうな顔で手を止めた。


「あ……あはは…やり過ぎちゃったかな……? だって…ねえ? ずっと追っかけられっぱなしだったし……あたしも……その、イライラしちゃってて……えへへ」


 ……最後まで油断をしないというのは良いことだが、もう少し心に余裕を持てるようになる訓練も必要だな……。

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