ネタの種
@moonbird1
Time Slip Stripper
設定
・主人公(女)は両親を探している
・父親は裏社会の人間?
・母親は風俗嬢?
・時を越える条件:雨が降っていること、貞操を守ること
・別の方法で時を越える者たちがいる
「――そもそも、なぜ両親にこだわる? 父親は裏社会の人間、母親は風俗嬢だったことまで突き止めたんだろう? 私ならその時点で幻滅だがね」
甘音はいつものように飴を口の中で転がしながら、退屈そうに言った。
「そうと決まったわけじゃない。だから確かめに行くの」
「儚げだねぇ。反吐が出るくらい殊勝な心がけだよ。同性の私ですら惚れてしまいそうだ」
「そりゃどうも」
ゲートに向かう。甘音はいつものように飴を吐き出して、豪華なテーブルの上に並べられたケーキに手を付けた。
「ねぇ、甘音」
「なんだ」
「私に名前を付けてくれて。ありがとう」
甘音は面食らった顔をして、スプーンを口に突っ込んだまま数秒固まった。そして冷たい眼で、笑う。
「……お前が私に名前を付けてくれたからだ。お返しだよ。なぜそんなことをいまさら?」
今生の別れみたいじゃないか、と口にする甘音の顔は、少し子供らしいものに変わっている。
「もう、戻って来られないかもしれないから」
「心配するな」
大口を開けて、透明なゼリーを飲み込む甘音。まるでカエルみたいだ。
「向こうでも雨は降っているさ」
「そうだよね」
「――まったく、私は昔から、自律神経が不調気味なんだ。お前と出会ってからというもの、ずっと頭痛が止まん」
「昔からなんて嘘でしょ? そんな素振り、今まで一度も」
「しっし。さっさと行って両親の真実とやらを突き止めてこい」
「うん、またね」
また会えるさ、この時代で。
甘音はそう言った。ゲートの光に包まれて、私は時を越える。
あ。
ちゃんと歯磨きするように言うの、忘れてた。
――
「あまね、か。なんとも安直なネーミングセンスだな。ま、私も人のことを言えんが」
「せいぜい頑張れ、つばめ」
――
「今日はJKコスで行ってみようか、ミキちゃん」
目が覚めると、そこはいつものクラブだった。得体の知らない場所で、非合法な人たちが出入りして非合法なことをやっているらしいクラブ。ピンク色の照明も、正直もう見飽きたくらいだ。
「今日の出演者って、誰ですか?」
「出た出た。ミキちゃんの出演者確認。決まってそう言うのに、共演者とは1度たりとも話さないんだから不思議だよねぇ。なに? 嫌いな人でもいるの?」
そういうわけじゃない。おそらくたぶんきっと、このクラブで生計をたてている女性――そのうちの1人が、私の母親だからだ。確証を得るまでは、余計な接触も避けたい。
「別に」
「おお、塩対応、ってやつ? いいねぇ。こんな可愛い女の子がなんでうちみたいなとこに来てるのか、不思議でならない」
シオタイオー。何十年も前に流行った若者言葉だ。こういう何気ないところから、過去に来たことを実感できる。
「共演者を教えて」
私は苛立っていた。雨の降るタイミングでないと
「共演者もいいけどさぁ。ね、ミキちゃんも、そろそろ、いいでしょ?」
小太りの豚が、身体をくねらせながら顔を近づける。臭い。
「ここで働く人は、みんなお勉強として、やることやってるんだよ。そろそろ本格的に、こっちの世界に足を踏み入れてみないか?」
まぁ、こういう世界ではなくもないことなのかもしれない。けれど、避妊とかはちゃんとしているんだろうか? まさか、このブ男が私の父親? だとしたら幻滅どころじゃない。
――
「つばめ、お前、どの条件下で時を越えられるか自覚してるか?」
「雨が降った時、でしょ?」
「それもある。それはいわゆる固有条件と呼ばれるものだ。超越者1人1人が持つ、別の条件」
「他にもあるの?」
「共通条件は、貞操を守ること。つまり、処女でいることだ」
「はぁ? なんでわかるの?」
「数多の
「甘音はいつも嘘ばっかりじゃん。信じないよ、私は」
「ご勝手に。だが過去で処女を失えば、二度と帰ってこれんぞ」
「……」
「超越者はすべて女性だ。先天的なものなのか、そうでないのかすらも分からん。何かの――遺伝的な性質があるのかどうかすら」
まったく、気味の悪い話だ。
甘音は葡萄を獣のようにほおばりながら、言った。紫色の汁が口の端から流れ出て、官能的だった。
――
信じないと言いながらも、私は心の中で怯えていた。確かに甘音の姉――とされている女性――は、私たちの時代で研究のために愛のないセックスを強要され、そして
「ミキちゃんさぁ、僕の言うこと聞けないのなら、お店においておけないよ」
……潮時か、これ以上拒否しながらここにいるのはまずい。もっと対象を特定して、別のルートから……。
「ねぇオーナー、私の出演時間何時だっけ?」
気の抜けた声がして、控室に女が入ってきた。ジェニファーだ。
ジェニファーはロシア人と日本人のハーフで、金髪蒼眼の若い娘だ。私が真っ先に母親候補から除外した女。研究員の調査によれば、私の親類に外国人はいなかった。
「ジェニファー、君はミキちゃんの後、10時半からだね」
「えぇ~、こんな女ほっといて、私をステージにあげてよぉ」
猫なで声を上げながら、ジェニファーは倒れこむようにオーナーのところへ駆け寄った。その途中、ちゃんと私を睨むのも忘れない。
「ねぇ……今日はたっぷりサービスしてあげるからぁ……報酬をはずんでよ」
「じぇ、ジェニファー!」
豚がジェニファーにまごついている間に、私はもう1つの控室に逃げ込んだ。
――
「あなたっていつも、神出鬼没ね」
部屋の奥から、シオリさんの声がしたので驚く。シオリさんは今日は非番だったはずだ。
「シオリさん……どうして?」
「あなたとお話ししたかったからよ。ミキちゃん」
シオリさんはいつものように、腰まである長い黒髪をなびかせながら、私のそばまでやってきた。
「今日で3回目? 怖くない?」
「……大丈夫です」
「ふふ、ミキちゃんがまだ処女だって噂、本当なの? ここ、表向きはストリップ・クラブだけど、なかなか怪しいこともしてるのよ」
知ってる。
「……探している人がいるんです」
「へぇ」
シオリさんの眼がギラついた。
「こんなところで人探しなんて珍しいわね。まさかあなた、警察の手駒じゃないでしょうね?」
警察を恐れるということは、この人も危ないことをしでかしているのだろう。けれどそれでも、彼女が私の母親かもしれなかった。
「最近ここには、別の組の連中も出入りしているって聞くし……私もさっさとトンヅラしたいくらいなのよ」
「別の組……それって」
「あは、まさか男を探してるの?
「……」
「ミキちゃん、出番だよ」
やけに上機嫌なオーナーの声が聞こえた。ジェニファーも少しは役に立つものだ。
「はい」
着替えなければ。確かJKコスだとか言ってたな。
私がもし特異体質でなければ、研究者たちに捕まらなければ、普通の女子高生であっただろう、と思う。
――
「……見つけた」
「あ?」
黒い服を着た男。黙っていれば温和な雰囲気すら感じる顔立ちだけれど、今は警戒している。
「あなた、
「……」
男は黙っている。おそらく、組で使っている偽名ではなく、本名を言い当ててしまったがために、彼は動揺している。
「誰のこと言ってんだ? お嬢ちゃん、ママのところに早く帰んな」
「私のママって、誰だと思います?」
「はぁ?」
「あなたの奥さん、それか恋人だと思うんですが。それともロクに愛情もなかった一夜限りの女だったんですか?」
「クソガキ、いい加減にしろよ」
男が詰め寄る。路地裏で声をかけておいてよかった。他の人に見られる心配はない。その代わり――。
殺しには、格好の場所だ。
「お前、なんなんだ?」
「未来には、猫型ロボットをも凌ぐものすごい発明があるんです。とはいっても、一般流通しているわけではなくて、吐き気がするほど嫌な連中が持っている便利アイテムですが」
「はぁ?」
「これです」
「腕時計……じゃねえのか?」
「腕時計風のスキャナーです。見えない電波を飛ばして、その人の遺伝情報を即座に確認できる。元々は医療関係に役立てるために、私の祖父が開発した、ということになっているらしいです」
あなたのお父様も、たしかお医者様でしたよね?
「だったら何なんだ」
「私はあなたの娘です」
「……」
数秒間の沈黙が流れ、男は噴き出した。
「なんだぁ? 新手の金稼ぎか? やるならもっとうまくやるんだな。これじゃまるで、子どもの妄想だ」
「そうだよ、その通りなんだよ、お父さん」
「いい加減にしろ、クソガキ」
男の声が、いっそう低くなった。
「私、さっきのクラブで働いていたんです。観客席でこれを起動させたまま、置いておいた。そしたら、一際強い反応を見せる男の人がいた、それがあなたです、六馬 真司さん」
「くっ!」
男は落ちていた小石を拾い上げると、私のスキャナーめがけて投げつけようとした。
「待って!」
「……!」
「あなたはこれを破壊し、私は壊れたこれを置いて逃走します。あなたはこれを拾って、あろうことかヤクザの事務所ではなく実家に戻り隠そうとする。そこで父親に見つかり、彼がこの技術を完成させる。――そういう筋書きになっています。あなたが本当に、私の父親ならば」
「……もし仮に、本当にお前が未来からやってきたとして、なぜ両親の情報を知らない?」
「私にも分かりません。今から数年後、私の父親と私の母親、そして関係者は不慮の事故で全員死亡。詳細は未来の技術をもってしても不明です。なにかがおかしい、陰謀なんです。私はその真実を突き止めるためにここにやってきた」
「そんな話に付き合えってのか」
「信じなくてもいい。今の交際関係者を教えてください」
その人が、私の母親かもしれないから。
「交際相手なんかいない」
「嘘!」
「……お前は妄想に耽り、いろいろ分かってない。そもそも極道の人間が交際相手をもつことなんてデメリットにしかならない」
「……損をするから愛さないんですか? じゃあ私の存在は」
「だから、てめーの父親なんざには俺は関係ねえって――」
――
「はい、そこまで」
後ろから声が聞こえたと思ったその瞬間、男はうつ伏せに倒れこんでいた。
「え?」
「まったく、せっかちな人はもてないよぉ。お姉ちゃん」
目の前に現れたのは、金髪蒼眼の女――。いったいどこから?
「そもそも、この時代のこの瞬間に、お父さんが私たちの母親候補と関係を持っていたかどうかなんてわからないでしょう? 私たちの接触の後かもしれないじゃない」
どういうことなの……施設の人間? 研究員? それとも――? ちょっと待って、この女今――私たちの母親候補、って……。
「あっはは! なんて間抜けなカオ! そうだよお姉ちゃん、私はあなたの妹!」
「う、嘘だ……データベースには私にきょうだいなんていなかったはず……」
「そのデータベースって、私たちを誘拐したよくわからない連中が作った未完成のものなんでしょう? そもそもお姉ちゃんの時代では
妹と名乗る女は、ゆっくりと近づいてくる。手にハンマーを持って。
「心配しないで。殺したりしないよぉ。だってお姉ちゃんなんだもん。とは言っても、腹違い、だけどね」
腹違い。……母親の違うきょうだい……。
「あ、お父さんも死んでないから心配しないでね。私もいろんなルートで両親を探っていて……ま、お姉ちゃん以上にあたりはついてるんだけどね。あんまり真相に近づかれると困っちゃうんだよねぇ。だからお姉ちゃんの冒険譚はここで終わりにしてくれないかなぁ?」
「真相……? 一体、何のこと」
「雨が降ったら帰るんでしょ? お姉ちゃん。まったく不便だよねぇ。私みたいに、もっと楽に
「……」
「お姉ちゃんが持ってた腕時計型スキャナー。あれを少し改良したの。おじいさまの発明で、今やこれは多方面に使えるようになったんだぁ。例えば、天気の動きを予測して、それを少しだけ前後させられたり。そう、人工的に雨を降らせるの」
「まっ、待って!」
私は自称妹に駆け寄ったが、妹が左手首のボタンを押す方が一瞬早かった。
「どうせロクな母親じゃないんだよ、あんたの母親はね」
「どう……して……」
薄れゆく視界の中で見えたのは、恐ろしく冷たい女の瞳だった。
「さよなら、出来損ないのお姉ちゃん」
――
「……異常……感知……した」
突然後ろから、声がした。
「うおおっ、姉貴!? だ、大丈夫なのかよ、動いて!」
「つばめが……強制転移される。今ならまだ間に合う、行って」
「おいおい姉貴、いきなりどうしちまったんだ?」
「行って、甘音」
姉貴は、私がさっき吐き出した飴を喉奥まで突っ込んだ。
「あっぶぇ! あーもうしゃあねえなぁ。行けばいいんだろ! ……ったく、何だってんだ」
私は飴を思い切り噛み砕いて、過去へと向かう。
無事でいろよ、つばめ……!!
学習
1 次の単語の読み方を答えなさい。
国家の陰謀。
2 次の四字熟語の意味を答えなさい。
神出鬼没
3 「設定」で考えた設定のうち、必要なものと不必要なものに分けて考えてみよう。
4 「研究員」と呼ばれる存在はどのようなものか考えてみよう。
5 自称妹の語る「真相」はどのようなものか考えてみよう。
6 有効な場面転換の仕方について考えてみよう。
ネタの種 @moonbird1
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