第二章 違う世界での生活 第一話

 いつしゆんゆうかんと、頭の中がぐるりと回るような感覚。

 気が付けばどこかの室内で座り込んでいた。

 足元と頭上にはキラキラと光のつぶを発している大きなほうじん

 少しふらついたが、そのまま立ち上がって室内を見回す。

 何も無い室内だがかべゆかは新しく、光を反射してかがやいている。

 新築の家に入った時の独特のかおりがした。

 クリーム色の壁の一方には、黒いまどわくでアンティーク調にデザインされた出窓がある。

 私のイメージを利用して造ると言っていた神様の言葉通り、私好みのデザインの窓だ。

 そちらに歩み寄って外開きの窓を軽く押せば、思ったよりもひんやりとした感覚が手に伝わり窓が開いた。

 開いたと同時に冷たい風がきつけて来て、体にふるえが走りかたきしめる。

 窓から見えた風景は一面真っ白だった。

「雪?」

 く息が白い、外は分厚い雪が降り積もっており、吹きつける風でこおってしまいそうだ。

 ここは神様が言った通りの森の中のようで、周囲には雪をかぶった木しか見えない。

 何の対策もせずに外に出ればあっという間にこしまで雪にまってしまうだろう。

 この窓は家の二階、正面部分にあるようで、家のげんかんに当たる部分からは道が延びている。

 道には雪は積もっていないようだが、これも魔法とやらなのだろうか。

「寒っ」

 急いで窓を閉めてり返ると、私が出てきた魔法陣はもう消えていた。

 冷えた手をこすり合わせながら何も無い空っぽの部屋を少し見つめた後、まずは家の中を見て回る事にして歩き出す。

 ここは家の二階、どうやら居住スペースのようだ。

 さっきまでの不安が無くなった訳では無いが、現金な事にちょっとワクワクして来た。

 部屋のドアを開ければろうと階段が見え、この部屋とは別のドアが複数設置されている。

 胸の奥からき上がる期待で少し早足になりながら、一番近いドアから順に開けていく。

 二階にあったのは洋室が三つと水回りだった。

 どの部屋もやさしい印象を受ける白みがかったゆかざいと壁で形成されていて、広さも申し分なくクローゼットなどもじゆうじつしている。

 一人暮らしには十分どころか広すぎるくらいだ。

 ファミリー向け物件なのではないかと思えるくらいの広さだが、おそらくここで過ごしている間に本がスペースをしんしよくしてくるだろう。

 いっそお店とは別に一部屋ほんだなで埋めても良いかもしれない。

「そうだ、一階はお店のスペースのはず」

 二階を一通り見て回った事もあり、一番気になる一階へ向かうべく階段を下りる。

 やはりここがお店のスペースらしい。

 小さいながら設備の良いキッチンと広い部屋。

 窓も大きく日当たりもよさそうだ、天候はあいにく雪だけれど。

 玄関と入り口に当たるであろうドアを開ければ、さっき二階から見た道と広い庭がある。

 この道を辿たどれば町などがあるのだろうか。

 道には雪が無いのでスリッパのまま数歩外に出て、振り返って家を見上げる。

「……てき

 思わずかんたんのため息がこぼれる。

 レンガ造りのアンティーク調の家は私が思いえがいていた理想そのままだった。

 温かみのあるオレンジやブラウンのレンガを中心に造られた建物。

 窓はすべてさっき二階にあった出窓と同じ様に、黒い窓枠でアンティーク調のデザインになっていた。

 ジッと建物を見上げていたが、また体に震えが走ったので一度家の中へもどる。

 基本的な設備以外は何も無い部屋だが、家具などはあのペンダントで出せるだろう。

「そうだ、ためしてみないと」

 念のため扉にかぎをかけてから壁の前に立つ。

 まずは何を出そう、寒いしだんでも設置してみようか。

 大体のものは出せると言っていたし、まさか大きなものは出せないという事も無いはずだ。

「ええと」

 何となく目を閉じてからペンダントをにぎりしめる。

 ポン、と頭の中にけんさくまどと検索の文字が思い浮かんだ。

 本当だったと感動しながら暖炉、と思い浮かべてみると検索窓に暖炉の文字が入る。

 検索ボタンを押すイメージを浮かべると、一瞬置いて様々な暖炉が頭の中に並んだ。

「おお……」

 ワクワク感が最大限に高まって来たところで、自分がこれ、と思った物を選んでみる。

 選んだしゆんかん、目の前には元からあったかのように暖炉が設置された。

 火は自動でくらしく説明書通りの手順をめば暖炉の中でほのおが燃え上がる。

 パチパチと炎がはじける音と暖かい空気に大きく息を吐き出した。

 冷えていた指先がじんわりと温かくなってくるのを感じる。

 だいじよう、これならやっていける。

 よし、と気合いを入れなおしてまずはお店を整えてしまおうと決めた。

 そういえばこの世界の電気系統はどうなっているのだろう。

 後で色々調べてみようと考えながら、部屋を見回して家具の配置を考える。

 大まかな位置を決めてからペンダントを握りしめた。

 目指すデザインは建物と同じアンティーク調のちょっとじゆうこう感のある部屋だ。

 昔の外国の映画の図書館の様に、木製の本棚に囲まれた空間。

 頭の中でたくさんの本棚を見て、なやみに悩んでようやくこれだというものを見つけて設置する。

 暗めの茶色や黒色の本棚は、手を伸ばさなければ一番上の段に届かないくらいの高さだ。

 同じ本棚をずらりと並べ、次はテーブルと、小物、調理器具、調度品……

 椅子は読書向きのゆったりと座れるタイプの一人用のソファをいくつかと、三人ほど座れるソファも一つ買っておいた。

 家具も小物もすべてアンティーク調の温かみのあるデザインだ。

 そうして自分の理想をこれでもかと詰め込んだころには、もう外は真っ暗になっていた。

 すぐにオープンしなければならない理由も無いし、店作りの続きはまた明日あしたにする事にして二階に上がる。

 先ほど作業のちゆうで一度手を止めて参考になりそうな本を出して調べたが、ここのエネルギーはほうによってまかなわれているらしい。

 すべての人間が魔法を使える訳では無く、そういった人たちのために込められたりよくで自動的に動く物がある。

 元の世界でいえば電力の代わりが魔力、そして魔力が無い人たちが使うものは電池式の物、そんな感じなのだろう。

 魔法も覚えてはみたいが、今日のところは魔力を必要としない道具を使う事にした。

 明日はさっそくこの世界の本を見てみようか。

 何のジャンルが良いだろうかとワクワクして二階の居住スペースに戻った私の目に飛び込んで来たのは、来た時と同じ様に何も無い部屋だった。

「……こっちもあったんだった」

 まずは生活かんきようを整えるべきだった。

 とりあえず最初にここに来た時に着いた一番大きな部屋をリビングにする事にして、テーブルと椅子を出しておく。

 良くわからない世界に飛ばされてハイになっていたのかもしれない。

 椅子にこしけるとドッとつかれが出てきた気がした。

 もう今日は夕飯を食べてさっさとてしまおう。

 料理好きの身としてはこの世界にはどんな料理があるのかも気になるが、今は疲れの方がまさっている。

 このペンダントは食べ物も出せるようなので、試しに一つ出して食べてみた。

「…………」

 不味まずい訳では無い、ただたとえるならば外食やコンビニ弁当を食べている気分だ。

 美味おいしいには美味しいが毎日は確実にきる。

 読書と同じ様に料理も好きなので、明日からは食材を出してすいしよう。

 自分で作った方が自分好みの味付けにできるし。

 そうだ、カフェのメニューも考えなければ。

 早々に食べ終えておやベッドなどの最低限の物を出してねむたくを整える。

 ベッドにもぐり込めばあっという間にすいおそって来た。

 もしも目が覚めてすべて夢だったなら、私はあんするのだろうか、それともがっかりするのだろうか。

 うすれていく意識の中でそんな事をぼんやりと考える。

 本当に一人きりの世界での生活の始まりだ。


 次の日、ベッドしかない部屋を見つめていつしゆんまどって、夢でない事を実感した。

 起きけで一つため息をいてからとんを出る。

 窓を開ければ相変わらず冷たい風と積もった雪、けれど太陽は出ている。

 昨日は雪のせいで分厚い雲におおわれていた空は青く、元の世界と変わらない。

「この世界にも太陽はあるんだよね」

 これが夢でないのならば、そろそろ現実と向き合う時間だ。

 どうしたって時間はつし、何をしていても次の日は来る。

 私がやるべきことはここで地に足をつけて生きていく事だけだ。

 そう決めたたんに、心の中がすっきりした気がする。

 今まで生きて来た三十年近くを捨てて、ここで生きていく。

「せっかく環境は整えてもらったんだし、もうせいいつぱい楽しもう」

 魔法も使ってみたいしこの世界の本も読みたい。

 カフェの準備もあるし、しばらくは楽しいいそがしさが続きそうだ。

 不安をはらって、ワクワクした気持ちで二日目の朝は始まった。

 居住スペースの方に思いつく家具や服を出し、ある程度生活のばんを整えたところでお店のスペースに向かう。

 住んでいる内に必要な物があればその都度出せばいい、すごく便利だ。

 お店の様子は昨日中断した時と変わっていない。

 空っぽのほんだな以外は理想通りのブックカフェになっている。

 本棚が多いので少し店内はせまいが、個人のしゆのお店ならばこれで十分だろう。

 少ないテーブルと椅子、カウンター席も三つほどしかない。

 ただ店内の物はすべて読書向きの良い物を選んだつもりだ。

 後は、何が必要だろうか。

 もし自分がこういうお店に行った時に欲しい物は何だろうと思案する。

「……個室?」

 少し考えて、ブックカフェとは少しちがうがネットカフェの個室を思い出した。

 一人きりの人目を気にしない部屋での読書、ころがっても良い。

「個室か、このペンダントで増設できたりしないかな」

 試しに、とかべの方を向いてペンダントを握りしめる。

 いつしゆんの間があって、そこに元々あったかのように目の前にとびらが現れた。

 ドキドキしながら開けてみれば、小さな部屋ができている。

 部屋にベッドと机、椅子を設置すればこれも理想通りの部屋になった。

 ざっと店内を見回す。

 落ち着いた色でまとめた、アンティーク調のかくの様なブックカフェ。

 自然にみがこぼれる。

「よし、本を選ぼう」

 一番楽しみだった作業の始まりだ。

 歴史書、おとぎ話、文学、画集、絵本に推理小説。

 詩集に神話に、魔法の教本、辞書に雑学系。

 思いつくままにけんさくして本棚にめていく。

「……ああ、これ読みたい。でもこっちもおもしろそう」

 興味がそそられる本が多すぎる。

 一冊ずつ読みたいところだが、読み始めてしまえばきっと止まらなくなってしまう。

 気を抜けば表紙をめくってしまいそうなしようどうおさえつつ本棚をめていく作業。

 本当はペンダントで自動的に本棚の中へ入れられるらしいのだが、私はこうやって一冊一冊入れ方を考えながら詰めていく作業が好きなのだ。

 わざと別の場所に出してから自分で持ち運んで詰めていく幸せな時間。

 そして気が付けば一日目と同じく外はもう暗くなっていた。

 最後にペンダントから出した魔法の教本を持って二階へと上がる。

 お店の準備は整った。

 本はこれからも好きな時に出して追加していくつもりだ。

 こんな森深くではあまりお客さんは来ないだろうが、それでもオープンするのはもう少し後にする事にした。

 後は寝る前に今日もう一つ楽しみにしていた事をやろうと思う。

 二階のキッチンの前に立って、ペンダントで出した食材を目の前に並べた。

 もう一つの趣味である料理、読書の方が好きではあるがこちらも好きな事に変わりはない。

 目の前に並ぶ食材は少ないが、この世界にしかないような食材と調味料が交ざっている。

 調味料のふたを開け少しずつめて味を確かめていくのが楽しい。

 このソースは魚に合うだろう、独特の味がするこっちの粉はこうしんりようだろうか。

 一通り舐めてみて、気に入った味の物をチョイスしてから調理に取りかる事にした。

「これ何の魚なんだろう?」

 動物や魚の見た目はほとんど元の世界と同じ様でありがたいが、見た事のない動物もいる。

 今まな板の上にっている魚も見た事がない種類だが、食べられることはわかったので元の世界と同じ様にさばいてみることにした。

「……多分白身魚、かな? とりあえずそのつもりで作ってみよう」

 米などの主食は美味しい物があって良かったと安堵しながら、熱したフライパンにバターを落とす。

 熱でけてどろりとしたところにさっきの魚に軽く粉をたたいた物をすべり落とした。

 じゅう、という音とともにバターの焼けるこうばしいにおいが広がり、おなかが小さく音を立てる。

 店づくりが楽しすぎて朝も昼もペンダントで出した物で軽く済ませたのだが、作業が一段落したせいもあってすごくお腹が減ってきた。

 両面こんがり焼いて火が通ったところで、同時進行で作っていた野菜のスープと共にうつわに盛りつけてテーブルに運ぶ。

「いただきます」

 この世界の調味料で作ったソースとからめて食べれば、初めての味が口の中に広がる。

 野菜も美味しい、この国の特産だというものを選んだが正解だったようだ。

「美味しい、やっぱり自分で作った方が良いな」

 口の中に広がる味にしたつづみを打ちながら、明日あしたはどんな料理を作ろうかと考える。

 そうだ、元の世界でも色々な国の料理をためしていたが、この世界にも知らない料理や食材が大量にあるのだ。

 元々いた世界は取り上げられてしまったけれど、良いこともあるのだなとうれしくなる。

 そうして夕食をしっかり味わって食べてからソファに座り、ほうの教本を開いた。

 これは完全に子供向けの物だが、初めて魔法を試してみるにはちょうどいいだろう。

 一番のらしい風を起こす魔法を教本の指示に従って使ってみることにして、手の平を上に向けた状態でそこに力を集めるイメージをかべてみる。

 広げた手の平の上にほうじんの様な物が浮かび上がり、そこから発せられたやわらかい風がまえがみらした。

「……はあ」

 かんたんのため息が零れる。

 これが、魔法。

 ゾワリととりはだが立ち、なぞの感動がばくはつしそうなくらいにあふれ出して笑みが零れた。

 興奮が止まらない心のまま教本の次のページを捲る。

 読書に料理にお店づくり、そして魔法。

 やりたい事が多すぎて時間が全然足りないなとしようした。

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