第一章 強制的に異世界へ

 真っ暗な空間に白く発光する球体がかんでいる。

 目の前に浮かぶそれは手の平大で、まるで太陽を小さくしたような光の球体だ。

 その球体から低い男性の声が何やら色々と語りけて来るのを、どこか現実味の無い感覚で聞き流す。

 私はどうしてここにいるのだろうか、もしかしてこれは夢なのだろうか。

 意味の分からない空間でこれまた意味の分からない球体に話しかけられる夢。

「聞いているのか? みずもりつき、君に今まで生きていた世界とはちがう世界へ行ってもらいたい」

 私の名を呼びながらかくにんするようにずっと同じことを語り掛けて来る球体は、自分の事を神だと名乗った。

 こういうジャンルの本が最近流行はやっていたなあ、なんて言葉が頭のかたすみに思い浮かぶ。

 最近メディア等で流行っている異世界転生や転移物の創作。

 本の虫ってあなたのためにあるような言葉だよね、なんて友人達に言われる私だがあまり読んだ事の無いジャンルだ。

 こんな夢を見るなんて実は読みたいと思っていたのだろうか、目が覚めたら買いに行ってみようか。

 現実とうの様にそんな事を考えていると、少し不服そうな声で目の前の球体がまた語り掛けてきた。

「そろそろ返事をしてもらいたいのだが」

 三十三歳にもなって見る夢にしては流石さすがに現実的で無いというか、幼すぎる内容の夢の様な気がする。

 ストレスでもまっているのだろうかとも思ったが、日々はそれなりにじゆうじつしているしそれは無いだろう。

 長年働いている仕事は特にトラブルも無く、どうりようともそれなりにいい関係を保っている。

 プライベートでかかわる事は少ない同僚達との関係だが、昼休みなどの会話ははずむし、ごくまれに終業後に共にける時も楽しく過ごす事ができていた。

 本の虫である私は基本的には仕事を終えたらすぐに本が読みたくなるので、時折遊ぶ程度の今の関係はちょうどいいきよ間だ。

 今日も仕事を終えて家へと直帰した私はしゆの読書にいそしむべく、夕食を終えてすぐに本のページを開いたはず。

 それが気が付けばこのじようきようおちいっている。

「おい、しんけんな話なんだ。ちゃんと聞いてもらえないか?」

「聞いています。なぜ私がほかの世界とやらに行かなくてはならないのですか?」

 私が返事をした事でげんが良くなったのか、球体がくるくると私の周りを回りだす。

 そこまで明るい光では無いが、周りが真っ暗なせいでチカチカとまぶしく感じた。

 そういえば真っ暗にもかかわらず何故なぜか自分の体はしっかりと見えている。

「選考は完全にランダムだ。今から君を送る世界にはもうすでに数名の人間を送り込んでいる。君は彼らと同じく選ばれたのだ。その世界を救う救世主となるために」

「ああ、他にもいるなら私は行かなくても良いですよね?」

「……は?」

 私の返答が完全に想定外だったのか、ご機嫌な様子で私の周りを回っていた球体が目の前で止まった。

 ふよふよと宙に浮く球体にはもちろん表情なんて無いが、おどろいている事だけはわかる。

 そのまましばらく固まっていた球体は、信じられないといった様子で私の顔の周りをグルグルと回りだした。

「異世界転移だぞ? 君の世界の書物でも流行っているはずだ! 他の子たちは大喜びで向かったぞ!」

「ならなおさら私は行かなくても良いですよね。救世主だか何だか知りませんが、もうすでに何人か行っているのならその方達がやってくれますよ」

「いやいやいやいやっ!」

 心なしか冷やあせを流し始めたように見える球体はまん丸だった形を少しくずして、私の言葉を否定するように左右に激しく移動をり返す。

 この状況が夢だろうが現実だろうが私の答えは一つ、きよだ。

「な、何故だ?」

「いやつう断るでしょう? むしろ他の方が喜んで行ったことが私には信じられませんが」

みな楽しみで仕方ない様子で向かったぞ。君の様に拒否されたのは初めてだ」

「楽しみ? ああ、そう言えば先ほどその世界とやらに行った人達の事を他の子、と言いましたよね。そのくちりからして喜んで行った方々は若い子なのでは?」

「ああ、全員十代だったが」

 そこになぜアラサーの私を入れるのだろうか、全員若い子で統一すれば良いのに。

「私もその子達と同じように十代のころなら喜んで行ったかもしれませんけれど、流石にこの年になれば色々と考えますよ」

 異世界転移という言葉だけ聞けば確かにワクワクはする。

 さっき目の前のしよう神が軽く説明していたが、どうやらその異世界とやらはRPGのような世界らしい。

 けんほうの世界でかつやくする自分、新しい出会い、今まで見た事の無い物があふれる世界でのぼうけん

 けれど少し考えれば、それが決してりよく的なだけのものではない事くらいはわかる。

「さっき戦いがある世界だと言っていましたね?」

「ああ、だから向こうの世界に送る前に願い事をかなえてやろう。こちらの世界の人間は向こうの世界に行くとすさまじいりよくをその身に宿す事になる。その力で救世主のみ使える数種類の大魔法を一つでも覚える事ができれば世界は意のままになる。それがあちらの世界の人間が君たちを救世主と呼ぶえんだ。だから願い事は魔力のこと以外になるな。まあその魔力をさらに底上げしてほしいというのならばそれもありだが。他の子達も強い武器や身体能力の強化、ああ外見の変化を願った子もいたな」

「私痛みには弱いというか、わざわざ痛いと思う所にっ込んでいく趣味はありません。そもそも虫に殺虫ざいをかけるだけでも罪悪感をいだくタイプですので、いくら強い武器や体をもらったとしてもものりつけたりする事はできません」

 ぐっとだまり込んでしまった球体にチャンスとばかりにたたみかける事にして口を開く。

「あのですね、私くらいの年代になると今までそれなりに生きてきた分の土台ができ上がっているんですよ。確かに仕事も大好きってわけでもないし、今いる世界が大好きってわけでもない。でもとりあえず自分の周りは安定しているんです。生きていけるだけかせげて、それなりに付き合える友達もいて。新しい世界は確かにワクワクするかもしれませんけど、それって自分の周りのかんきようの構築のやり直しですよね。今まで生きてきた世界と全然違うみたいですし、常識やら文化やら全部捨てて覚えなおしでしょう? 新しい出会いって聞こえはいいですけど自分の事を知っている人が一人もいない中で人間関係を一から構築し直し。家も職も周りの友人も全部無くして人生リスタートするにはちょっとおそかったですね」

 普通に考えてもデメリットの方が多すぎる。

 ただ転職したり引っししたりするだけでも色々とめんどうなのに、世界ごと変わるだなんて更に面倒だ。

「それでも行ってもらうしかないのだ、もうこれは強制に近い、いや強制だ」

 先ほどまでのさわがしさからは一変して、静かな声で目の前の球体が言う。

 その声にどこか強制力がある気がして今度は私が押され気味になる。

「絶対に?」

「絶対に、だ」

「私さっきも言いましたけど、戦いとか絶対に無理ですよ!」

「あの世界はこちらの世界の人間を送りこむ事でバランスを保っている世界でもある。世界を救わなくとも救世主という強力な魔力を持つ人間がいる事で大気は安定し、豊富な資源が生まれる世界なのだ。戦ってほしい、救世主に大魔法を覚えてほしい、そう願っているのは向こうの世界の住人達であり、私としては向こうの世界で静かに過ごしてくれるだけでも構わない」

「…………」

 強い口調で絶対だと断言されてしまう。

 いまだ目が覚める気配も無く、夢では無いのだと何となくだが察し始めてもいる。

 このわけのわからない空間から私を出せるのは目の前の自称神だけ。

 そしてその神はこの調子だと絶対に元の世界には帰してくれなそうだ。

 けれどこれが現実だというのならば、ここでの対応をちがえてしまえば自分が困る事になってしまう。

 どうしたものかと考え込む私に向かって、球体が少し間を開けた後に申し訳なさそうに声を発した。

「すまない、私には君を向こうの世界に送るせんたくしかない。代わりに君の願いはちゃんと叶えた状態で送りこむ事を約束しよう。何かないのか? 例えば君が元の世界で叶えてみたかった夢でも良い。それがちがう世界でも叶えられるものならばそのための協力はいくらでもしよう」

「夢……」

 自分で稼げている分けつこん願望も無かったし、子供が欲しいとも思っていなかった。

 自分一人の時間が有意義過ぎて、他人に時間をく必要性を感じなかったともいう。

 人との関わりは仲の良い友人達と時々遊ぶくらいで十分だったし。

 だから自分の人生設計としては独身のまま定年まで働いて、その後は小さいお店でも出したいと思っていたのだ。

 料理と読書が好きな私の「好き」をめ込んだ小さなブックカフェ。

 アンティークの落ち着いた小物に囲まれて、世界中から集めた自分好みの本を並べたお店。

 もうけなんてそこまで無くても良い、常連さんが数人読みに来て、お店に人がいても私も本が読めるくらいのゆるいお店が欲しい。

 他の世界とはいえ、今すぐそれが叶えられるというのだろうか。

 計画を立ててはいたし貯金もしていたが、そんなのは夢物語で難しいだろうと思っていた。

 そういえば私が今までコツコツとしてきた貯金は、もう意味をなさなくなってしまったのだろうか。

 なんだか余計に腹立たしくなってきた。

 どちらにせよ、行かなくてはいけないのなら。

 私の人生設計を崩してくれた分、目の前の神様とやらからしぼれるだけ搾り取っていっても文句を言われる筋合いは無いだろう。

 いきなり他の世界に飛ばされるしやりよう代わりに貰えるだけ貰っていってもばちは当たらないはずだ。

 そもそもそうしなければ、よくわからない世界、しかも魔物がいるような危険な世界で路頭に迷う事になってしまう。

「本当に私はゆっくり過ごすだけでもいいんですね?」

「ああ、それでいい」

「さっき協力はいくらでもと言っていましたけど、願いはいくつでもいいんですか?」

「かまわない、まあ今まで送りこんだ子達は一つしか願わずに向こうの世界へ行ったが」

「え? 複数可能だって教えてあげないんですか?」

「なぜだ? 彼らは一つでいいと思ったから一つだけ願って行ったのだろう?」

「いや、単純にかんちがいしたんだと思いますけど」

 まずい、この球体良い人に見えて実はそうでは無いのかもしれない。

 いや、こんな話を持ってくる時点で良い人では無いのだが。

 ここは細かすぎるくらいに願って行かないとまずそうだ。

 さっきこの神が言っていた世界について必死に思い出す。

「えっと……魔物がいて、おうがいて、いくつかの国があって。敵対している国もあれば同盟を結んでいる国もある。通貨や言葉、基本的な常識は国が変わっても全部同じですか?」

「同じだ」

「私達の、救世主の存在に関してはどんな風に伝わっていますか?」

「ふむ、大体の国で救世主は求められている。先ほども言ったがこちらの世界の人間は向こうの世界ですさまじい、いやけたはずれと言ってもいいほどの魔力を持つ事になる。どの国ものどから手が出るほど欲しい存在だ」

「例えば私が自分から正体を話さなくても救世主だとわかりますか?」

「向こうに行った時点で体に救世主の刻印がかび上がる。それを見られれば気づかれるだろうな」

「刻印? まさかるんですか? 痛いのも派手な印もかんべんしてほしいんですけど」

「痛みはないし、派手なものでもない。刻印とは言ったが模様が浮かび上がるだけだ」

「ならその刻印の位置は指定できますか?」

「可能だ」

「じゃあ、目立たない場所……かみの毛の下とかですか? こう、後頭部の髪をかきあげてもほぼ見えない辺りで」

 けんこうこつかくれるくらいにばした髪をかきあげて場所を指し示す。

 一度も染めた事の無い髪だが、黒い方が刻印とやらも目立たなくてちょうど良いだろう。

「わかった。だがつうほうなら平気だが、大魔法は使うと刻印が光るから目立つぞ」

「たとえ覚えたとしても絶対に人前で使わないようにします」

 とりあえず基本的な文化も、救世主だという事を隠すための準備もだいじようそうだ。

 私はどれだけ求められたとしても戦えないという事実は変わらない。

 たとえ強い魔力があろうとも敵の前に立ったが最後、ペチッとやられて終わるに決まっている。

 三十年と少し生きて来て、自分の事はあくしている。

 物語の主人公の様に戦う事なんて私にはできない。

 できれば静かに暮らしたい、そのために救世主だという事は隠しておきたいところだ。

 後は、その世界にある国のどこに行くかだ。

 変な国に行ってしまえばお店どころではなくせんに巻き込まれる事になるかもしれないし、ものだって私にはきようだ。

 自衛がしっかりできていて平和な国があればそこがいい。

「今のところ一番平和で、自衛がしっかりできている国ってあります?」

「ああ、大きな国だが一つある。王族がそこまで身分に厳しくなく平和主義。そして団のうでが良く、魔物のきようしゆうでもほとんど損害を出さない国だ」

「そこの国の領地内で市街地から少しはなれた所に、住居をねたきつてんみたいな小さなお店が欲しいです。あんまり目立たない森の中とかに」

「町の外れに深い森があるからそこにするか。ざっとでいいから頭の中で理想の店を思い浮かべろ。それをもとに造っておく。ただ森は深いから客はめったに来ないと思うぞ」

「そこまで働きたいよくがある訳では無いので。ゆっくりしゆの料理と読書を楽しめればいいです」

 そこまで言って、それでは生活の保証が無い事に気が付いた。

 れい事を言っている場合では無いのだ、生活費などをどうにかしなければいけない。

 とはいえお店の位置を街中に移してもらったとしても、お客さんが入らなければ店はつぶれてしまう。

 そして色々な本を集めて読めるかんきようも欲しい。

「定期的に世界中の本とか食材とか日用品が欲しいんですけどどうにかなりません? 後お金も」

「注文が多いな……まあいい。これをやろう」

 神がそう言ったと同時にキラキラとかがやくアンティーク調のロケットペンダントが目の前に現れる。

 細身のチェーンに通されたペンダントトップは全体的に銀色で、ひし形の台座にはおおりの花のモチーフがえがかれていた。

 花の中心には小さなはんとうめいの青い石がはめ込まれている。

 目の前で宙にただよっているそれにそっと手を伸ばせば、手の上にポトリと落ちてきた。

 見た目よりも軽い印象を受けるペンダントは、シンプルだが可愛かわいらしい私好みのデザインだ。

 手の中に収まるほどのサイズのペンダントから少しひんやりとしたかんしよくが伝わってくる。

 ロケット部分を開けてみるが中には何もない。

 このペンダントがどうしたというのだろうと球体の方を見つめる。

「それをにぎるとパソコンのけんさく画面のようなものが脳内に浮かぶ。文字の打ち込みも考えるだけでできるから検索して決定で取り出せ。神製だからこわれないし君専用だからほかの人間にはただのネックレスだ。金銭もふくめて大体のものは出せる」

 かなりの便利グッズだ、これなら行った場所がおんでも最悪引きこもったまま生活できる。

 このペンダントが、今から私にとっての生命線。

 手の中のそれをぎゅっと握りしめる。

 これがあれば生きていける、けれど無くしたら、うばわれたら?

「無くしたりられたりしても自動でもどってきたりそれで出したものは疑われない、なんてオプションはつけられます?」

「……つけておこう」

 私の勢いのせいか目の前に浮かぶ球体がじやつかんへいしてきたような気がするが、えんりよしている場合ではない。

 こっちは死活問題なのだ。

 思いついた事はすべて言ってかくにんしておかないとこの先まずい事になるのは目に見えている。

せきとかは無いんですよね? 書類が無いとはいえ自分の出自はごまかしたいんですけど」

「ならば戦争中に焼けて無くなった村の生き残りということにしておこう。向こうでは戦争には一定の身分があたえられるからそれで差別をされたりする事は無い」

「言葉なんかは今までの世界といつしよだと言っていましたけど、英語と日本語みたいに国ごとの言葉の差ってあります? あるなら文字も言葉も全部理解できるようにしてほしいです」

「言葉は元々理解できるし話せるが、それ以外も自動で理解できる様にしておく」

 思いつくものを全部言ってもポンポンかなえてもらえるので逆に不安になって来る。

 でもたとえごうよくだと思われようとももらえるものは貰って、聞ける事は聞いておかなければならない。

 ただでさえ平和ボケした世界で生きて来たのに、いきなり戦いが日常に組み込まれている世界に連れて行かれるというじようきようなのだ。

 ここで変に遠慮したせいで異世界とやらで死ぬのはごめんだ。

「さっきりよくが強くなるって言っていましたよね? 魔法はどんなものが使えるんですか?」

「ほう…」

 さっきまでポンポンと返事をしてくれていた球体が感心したようにそうつぶやき、私の周りをくるりと回った。

「どうかしました?」

「いや、何人も世界をわたらせてきたがその質問は初めて受けたなと思っただけだ。私は言われた物は与えるし、聞かれた事には答える。だが言われなかった物や聞かれなかった事にサービスでくわしく答えるような事はしない」

「つまり、今まで世界を渡った人達は魔法に関しての知識は持たずに行ったって事ですか?」

「そうなるな。さっきの問いの答えだが、君たち救世主には魔力はあるが魔法は無い。君の世界の言葉でわかりやすく言うとすれば、マジックポイントは限界まであり魔法コマンドもある。だが使える魔法は一つも覚えていないという事だ」

「それなら魔法を覚えるにはどうすればいいんですか?」

「向こうの世界に行ってから現地の人間に教わったり教本を使って自力で覚える事になる」

「大魔法というのも?」

「かなり難しい古文書を解読して覚える事になる。原理も難しいから読んだだけでは使えないだろうな。救世主といえども覚えるためには相当な勉強が必要だ。それにさっきも言ったが、私としては救世主が覚える大魔法はおまけのようなものだ。向こうの世界の人間達はその大魔法で国を発展させたり守ったり、そして世界を平和にする救世主となって欲しいと思っている様だが、私はどちらかと言えば君たちがいる事で世界のバランスが整うという意味での救世主だと思っている」

 なら大魔法は必要ないのではないだろうか、そう思ったがもしも大魔法を覚えた救世主がいる国が私が行く国にめ込んで来た場合を考えるとまずい気がする。

「ちなみにある程度の魔法は向こうで魔法の教本を読めばあつかえるようになりますか?」

「そうだな……救世主とひとくくりに言っても魔法のセンスはそれぞれちがう。だがいつぱん的な魔法ならば数回練習すれば使えるようにはなるだろう。使っていく内に魔法のりよくも上がり魔力の上限も上がっていく事になる」

「さっきあなたは言われた物は与えると言いましたよね。なら私が初めからだいほうを使えるようにしてほしいと言ったらどうなりますか?」

「もちろん与えよう。魔力もそれに合わせて上がる事になる」

 これは本当に言ったもの勝ちのようだと実感する。

 努力せずに手に入れるのかと責められそうな事だが、そんな綺麗事と命だったらもちろん命の方が大切だ。

 ここで大魔法を貰っておけばおそらく他の救世主よりも魔力は上がり、初めからその大魔法のおんけいあずかれる事になる。

「大魔法ってどんなものがあるんですか?」

「色々あるとしか言いようが無いが……最強のこうげき力をほこる攻撃魔法、最強の結界を張るぼうぎよほう、どんな病やも治す回復魔法なんかがあるな」

「攻撃魔法と防御魔法は同時に存在できなくないですか? どちらかが最強でなくなるんじゃ……」

「そこは使い手の魔力やセンス、経験によって決まる事になる」

「なるほど」

 口に手を当ててしばらく考え込む。

 攻撃魔法はきやつだ、私には使いこなせないしとつに相手を攻撃できるような性格はしていない。

 回復魔法は良さそうだが、使う前に私が死んでしまっている可能性が高そうだ。

「大魔法は複数覚えられるんですか?」

「いくら救世主といえどもそれは厳しいな。一発放つだけで数日は魔力不足でむようになるものだ。そもそも二つ目を覚えた時点で頭がパンクするしろものだぞ」

「なら大魔法の防御魔法を初めから使える様にして下さい」

 咄嗟に自分の身を守る事ができる魔法、これが一番私の生存率を上げそうな気がする。

 攻撃されてもいちげき目をける事ができてきよが取れれば、その防御魔法で難はのがれられる。

 一撃目で死んだり距離が取れずにパニックになればもうどうにもならないだろうけれど。

 ほかの魔法は教本で自力で覚えられるというのならば、そこはちょっと自分で覚えてみたいよくもある。

「ちなみにあなたの目から見て私って通常魔法は問題無く使えそうですか?」

「ああ、つうに使えると思うぞ」

「そうですか、じゃあ後は……私の存在って今までいた場所ではどうなるんですか?」

「幼いころに死んだことになるな。言い方は悪いが、君のきようぐうならば不自然さは出ないだろう」

「……でしょうね」

 まあいい、もしも行方ゆくえ不明状態だとどうりようや友人に心配をかけてしまう。

 だったら初めから知り合わなかった事になる方が良いのかもしれない。

「もしもあなたの気や環境が変わって元の場所に戻る事ができる様になったら、その時は今まで通りの環境に戻して下さいよ?」

「そんな日は来ないと思うが、まあ約束しておこう」

 りようしようの返事をした球体を見つめながら、後何か、本当にもう何か無いか頭を働かせた。

 とはいえ今は頭の中が冷静だとは言いがたい。

 後からこれも願っておけば良かった、なんて思うのは目に見えている。

「向こうに行ったらあなたにれんらくはとれますか?」

「普通ならここで終わりだな。たまに私が様子を見にいく事もあるかもしれないが」

「なら、連絡が取れるようにできますか? その時に願いを叶えてもらうことは?」

「良いだろう。ただしこれこそ三回までだ。延長の願いも無し、向こうの世界で私は三回だけ君の呼び出しにこたえて願いを叶えよう」

「ありがとうございます」

「ただし人間の生死に私はかかわれない。生き返らせることも命を奪うこともできないと覚えておいてくれ」

「わかりました。あ、まだつけてほしいものが……」

「まだあるのかっ?」

 何だか神様の声にろうかんそう感が混ざっていた気がするが、遠慮はしないとばかりに思いついた願いを口に出していく。

 最終的に神様は二回りほどしぼみ、まん丸だった形を豆のような形へと変えていた。

 発光具合も弱々しいものに変わり、なんだかてんめつしている気もする。

 そんなひどくげっそりした気がする神様に送り出される事になったが、こうかいはしていない。

 また何かあればこの神様とやらをえんりよなく呼び出そう。

 そうしてきわめて現実的な願い事をめ込んだ私の異世界生活は始まる事になる。

 胸おどぼうけんも無い、戦いも無い、外の世界ともなるべく関わらない、そんな異世界生活。

 ほかに連れて来られたらしい複数の若者達、直接的に世界を救うのはあなた達にお任せするので、申し訳ありませんがよろしくお願いします。

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