第一章 強制的に異世界へ
真っ暗な空間に白く発光する球体が
目の前に浮かぶそれは手の平大で、まるで太陽を小さくしたような光の球体だ。
その球体から低い男性の声が何やら色々と語り
私はどうしてここにいるのだろうか、もしかしてこれは夢なのだろうか。
意味の分からない空間でこれまた意味の分からない球体に話しかけられる夢。
「聞いているのか?
私の名を呼びながら
こういうジャンルの本が最近
最近メディア等で流行っている異世界転生や転移物の創作。
本の虫ってあなたのためにあるような言葉だよね、なんて友人達に言われる私だがあまり読んだ事の無いジャンルだ。
こんな夢を見るなんて実は読みたいと思っていたのだろうか、目が覚めたら買いに行ってみようか。
現実
「そろそろ返事をしてもらいたいのだが」
三十三歳にもなって見る夢にしては
ストレスでも
長年働いている仕事は特にトラブルも無く、
プライベートで
本の虫である私は基本的には仕事を終えたらすぐに本が読みたくなるので、時折遊ぶ程度の今の関係はちょうどいい
今日も仕事を終えて家へと直帰した私は
それが気が付けばこの
「おい、
「聞いています。なぜ私が
私が返事をした事で
そこまで明るい光では無いが、周りが真っ暗なせいでチカチカと
そういえば真っ暗にもかかわらず
「選考は完全にランダムだ。今から君を送る世界にはもうすでに数名の人間を送り込んでいる。君は彼らと同じく選ばれたのだ。その世界を救う救世主となるために」
「ああ、他にもいるなら私は行かなくても良いですよね?」
「……は?」
私の返答が完全に想定外だったのか、ご機嫌な様子で私の周りを回っていた球体が目の前で止まった。
ふよふよと宙に浮く球体にはもちろん表情なんて無いが、
そのまましばらく固まっていた球体は、信じられないといった様子で私の顔の周りをグルグルと回りだした。
「異世界転移だぞ? 君の世界の書物でも流行っているはずだ! 他の子たちは大喜びで向かったぞ!」
「なら
「いやいやいやいやっ!」
心なしか冷や
この状況が夢だろうが現実だろうが私の答えは一つ、
「な、何故だ?」
「いや
「
「楽しみ? ああ、そう言えば先ほどその世界とやらに行った人達の事を他の子、と言いましたよね。その
「ああ、全員十代だったが」
そこになぜアラサーの私を入れるのだろうか、全員若い子で統一すれば良いのに。
「私もその子達と同じように十代の
異世界転移という言葉だけ聞けば確かにワクワクはする。
さっき目の前の
けれど少し考えれば、それが決して
「さっき戦いがある世界だと言っていましたね?」
「ああ、だから向こうの世界に送る前に願い事を
「私痛みには弱いというか、
ぐっと
「あのですね、私くらいの年代になると今までそれなりに生きてきた分の土台ができ上がっているんですよ。確かに仕事も大好きってわけでもないし、今いる世界が大好きってわけでもない。でもとりあえず自分の周りは安定しているんです。生きていけるだけ
普通に考えてもデメリットの方が多すぎる。
ただ転職したり引っ
「それでも行ってもらうしかないのだ、もうこれは強制に近い、いや強制だ」
先ほどまでの
その声にどこか強制力がある気がして今度は私が押され気味になる。
「絶対に?」
「絶対に、だ」
「私さっきも言いましたけど、戦いとか絶対に無理ですよ!」
「あの世界はこちらの世界の人間を送りこむ事でバランスを保っている世界でもある。世界を救わなくとも救世主という強力な魔力を持つ人間がいる事で大気は安定し、豊富な資源が生まれる世界なのだ。戦ってほしい、救世主に大魔法を覚えてほしい、そう願っているのは向こうの世界の住人達であり、私としては向こうの世界で静かに過ごしてくれるだけでも構わない」
「…………」
強い口調で絶対だと断言されてしまう。
いまだ目が覚める気配も無く、夢では無いのだと何となくだが察し始めてもいる。
このわけのわからない空間から私を出せるのは目の前の自称神だけ。
そしてその神はこの調子だと絶対に元の世界には帰してくれなそうだ。
けれどこれが現実だというのならば、ここでの対応を
どうしたものかと考え込む私に向かって、球体が少し間を開けた後に申し訳なさそうに声を発した。
「すまない、私には君を向こうの世界に送る
「夢……」
自分で稼げている分
自分一人の時間が有意義過ぎて、他人に時間を
人との関わりは仲の良い友人達と時々遊ぶくらいで十分だったし。
だから自分の人生設計としては独身のまま定年まで働いて、その後は小さいお店でも出したいと思っていたのだ。
料理と読書が好きな私の「好き」を
アンティークの落ち着いた小物に囲まれて、世界中から集めた自分好みの本を並べたお店。
他の世界とはいえ、今すぐそれが叶えられるというのだろうか。
計画を立ててはいたし貯金もしていたが、そんなのは夢物語で難しいだろうと思っていた。
そういえば私が今までコツコツとしてきた貯金は、もう意味をなさなくなってしまったのだろうか。
なんだか余計に腹立たしくなってきた。
どちらにせよ、行かなくてはいけないのなら。
私の人生設計を崩してくれた分、目の前の神様とやらから
いきなり他の世界に飛ばされる
そもそもそうしなければ、よくわからない世界、しかも魔物がいるような危険な世界で路頭に迷う事になってしまう。
「本当に私はゆっくり過ごすだけでもいいんですね?」
「ああ、それでいい」
「さっき協力はいくらでもと言っていましたけど、願いはいくつでもいいんですか?」
「かまわない、まあ今まで送りこんだ子達は一つしか願わずに向こうの世界へ行ったが」
「え? 複数可能だって教えてあげないんですか?」
「なぜだ? 彼らは一つでいいと思ったから一つだけ願って行ったのだろう?」
「いや、単純に
まずい、この球体良い人に見えて実はそうでは無いのかもしれない。
いや、こんな話を持ってくる時点で良い人では無いのだが。
ここは細かすぎるくらいに願って行かないとまずそうだ。
さっきこの神が言っていた世界について必死に思い出す。
「えっと……魔物がいて、
「同じだ」
「私達の、救世主の存在に関してはどんな風に伝わっていますか?」
「ふむ、大体の国で救世主は求められている。先ほども言ったがこちらの世界の人間は向こうの世界で
「例えば私が自分から正体を話さなくても救世主だとわかりますか?」
「向こうに行った時点で体に救世主の刻印が
「刻印? まさか
「痛みはないし、派手なものでもない。刻印とは言ったが模様が浮かび上がるだけだ」
「ならその刻印の位置は指定できますか?」
「可能だ」
「じゃあ、目立たない場所……
一度も染めた事の無い髪だが、黒い方が刻印とやらも目立たなくてちょうど良いだろう。
「わかった。だが
「たとえ覚えたとしても絶対に人前で使わないようにします」
とりあえず基本的な文化も、救世主だという事を隠すための準備も
私はどれだけ求められたとしても戦えないという事実は変わらない。
たとえ強い魔力があろうとも敵の前に立ったが最後、ペチッとやられて終わるに決まっている。
三十年と少し生きて来て、自分の事は
物語の主人公の様に戦う事なんて私にはできない。
できれば静かに暮らしたい、その
後は、その世界にある国のどこに行くかだ。
変な国に行ってしまえばお店どころではなく
自衛がしっかりできていて平和な国があればそこがいい。
「今のところ一番平和で、自衛がしっかりできている国ってあります?」
「ああ、大きな国だが一つある。王族がそこまで身分に厳しくなく平和主義。そして
「そこの国の領地内で市街地から少し
「町の外れに深い森があるからそこにするか。ざっとでいいから頭の中で理想の店を思い浮かべろ。それを
「そこまで働きたい
そこまで言って、それでは生活の保証が無い事に気が付いた。
とはいえお店の位置を街中に移してもらったとしても、お客さんが入らなければ店は
そして色々な本を集めて読める
「定期的に世界中の本とか食材とか日用品が欲しいんですけどどうにかなりません? 後お金も」
「注文が多いな……まあいい。これをやろう」
神がそう言ったと同時にキラキラと
細身のチェーンに通されたペンダントトップは全体的に銀色で、ひし形の台座には
花の中心には小さな
目の前で宙に
見た目よりも軽い印象を受けるペンダントは、シンプルだが
手の中に収まるほどのサイズのペンダントから少しひんやりとした
ロケット部分を開けてみるが中には何もない。
このペンダントがどうしたというのだろうと球体の方を見つめる。
「それを
かなりの便利グッズだ、これなら行った場所が
このペンダントが、今から私にとっての生命線。
手の中のそれをぎゅっと握りしめる。
これがあれば生きていける、けれど無くしたら、
「無くしたり
「……つけておこう」
私の勢いのせいか目の前に浮かぶ球体が
こっちは死活問題なのだ。
思いついた事は
「
「ならば戦争中に焼けて無くなった村の生き残りということにしておこう。向こうでは戦争
「言葉なんかは今までの世界と
「言葉は元々理解できるし話せるが、それ以外も自動で理解できる様にしておく」
思いつくものを全部言ってもポンポン
でもたとえ
ただでさえ平和ボケした世界で生きて来たのに、いきなり戦いが日常に組み込まれている世界に連れて行かれるという
ここで変に遠慮したせいで異世界とやらで死ぬのはごめんだ。
「さっき
「ほう…」
さっきまでポンポンと返事をしてくれていた球体が感心したようにそう
「どうかしました?」
「いや、何人も世界を
「つまり、今まで世界を渡った人達は魔法に関しての知識は持たずに行ったって事ですか?」
「そうなるな。さっきの問いの答えだが、君たち救世主には魔力はあるが魔法は無い。君の世界の言葉でわかりやすく言うとすれば、マジックポイントは限界まであり魔法コマンドもある。だが使える魔法は一つも覚えていないという事だ」
「それなら魔法を覚えるにはどうすればいいんですか?」
「向こうの世界に行ってから現地の人間に教わったり教本を使って自力で覚える事になる」
「大魔法というのも?」
「かなり難しい古文書を解読して覚える事になる。原理も難しいから読んだだけでは使えないだろうな。救世主といえども覚えるためには相当な勉強が必要だ。それにさっきも言ったが、私としては救世主が覚える大魔法はおまけのようなものだ。向こうの世界の人間達はその大魔法で国を発展させたり守ったり、そして世界を平和にする救世主となって欲しいと思っている様だが、私はどちらかと言えば君たちがいる事で世界のバランスが整うという意味での救世主だと思っている」
なら大魔法は必要ないのではないだろうか、そう思ったがもしも大魔法を覚えた救世主がいる国が私が行く国に
「ちなみにある程度の魔法は向こうで魔法の教本を読めば
「そうだな……救世主と
「さっきあなたは言われた物は与えると言いましたよね。なら私が初めから
「もちろん与えよう。魔力もそれに合わせて上がる事になる」
これは本当に言ったもの勝ちのようだと実感する。
努力せずに手に入れるのかと責められそうな事だが、そんな綺麗事と命だったらもちろん命の方が大切だ。
ここで大魔法を貰っておけばおそらく他の救世主よりも魔力は上がり、初めからその大魔法の
「大魔法ってどんなものがあるんですか?」
「色々あるとしか言いようが無いが……最強の
「攻撃魔法と防御魔法は同時に存在できなくないですか? どちらかが最強でなくなるんじゃ……」
「そこは使い手の魔力やセンス、経験によって決まる事になる」
「なるほど」
口に手を当ててしばらく考え込む。
攻撃魔法は
回復魔法は良さそうだが、使う前に私が死んでしまっている可能性が高そうだ。
「大魔法は複数覚えられるんですか?」
「いくら救世主といえどもそれは厳しいな。一発放つだけで数日は魔力不足で
「なら大魔法の防御魔法を初めから使える様にして下さい」
咄嗟に自分の身を守る事ができる魔法、これが一番私の生存率を上げそうな気がする。
攻撃されても
一撃目で死んだり距離が取れずにパニックになればもうどうにもならないだろうけれど。
「ちなみにあなたの目から見て私って通常魔法は問題無く使えそうですか?」
「ああ、
「そうですか、じゃあ後は……私の存在って今までいた場所ではどうなるんですか?」
「幼い
「……でしょうね」
まあいい、もしも
だったら初めから知り合わなかった事になる方が良いのかもしれない。
「もしもあなたの気や環境が変わって元の場所に戻る事ができる様になったら、その時は今まで通りの環境に戻して下さいよ?」
「そんな日は来ないと思うが、まあ約束しておこう」
とはいえ今は頭の中が冷静だとは言い
後からこれも願っておけば良かった、なんて思うのは目に見えている。
「向こうに行ったらあなたに
「普通ならここで終わりだな。たまに私が様子を見にいく事もあるかもしれないが」
「なら、連絡が取れるようにできますか? その時に願いを叶えてもらうことは?」
「良いだろう。ただしこれこそ三回までだ。延長の願いも無し、向こうの世界で私は三回だけ君の呼び出しに
「ありがとうございます」
「ただし人間の生死に私は
「わかりました。あ、まだつけてほしいものが……」
「まだあるのかっ?」
何だか神様の声に
最終的に神様は二回り
発光具合も弱々しいものに変わり、なんだか
そんなひどくげっそりした気がする神様に送り出される事になったが、
また何かあればこの神様とやらを
そうして
胸
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