ウザ後輩は、これからもウザい

 いつもの公園で、ベンチに隣同士で座った。


 初めて会ったときと同じように、クルミは野良ネコと戯れている。


 野良たちも、クルミに警戒心を抱いていない。身体を擦り寄せてくる。他の猫の匂いがついているはずだから、嫌うと思っていたが。クルミが無害な人物だと、本能が理解しているのだろう。


 ネコが一匹、クルミの太ももの上に乗ってきた。自分の領域であるかのように、ネコは腰を据える。


「学校の連中には、俺たちの関係はバレてないみたいだな?」


「そうみたいッスね」

 甘えん坊のネコを撫でながら、クルミは返答してきた。


「で、お前、今後もそのキャラ続けるのか?」

 クルミに聞く。


 今までのウザ絡みは、すべて演技だったと白状した。もう、演じる必要はないのだ。


「何がッスか? やめるわけないッス」

 さも当然の権利であるかのように、クルミは返す。


「先輩があたしをこんな身体にしたんス。責任とって一生面倒見るッスよ」

「言い方おかしいだろ!」


 自身を抱きしめながら言うクルミに、全力でツッコんだ。


「おめーが一人で立てた作戦だろ⁉ 俺は振り回されてるだけだ! 巻き込まれ事故も同然だっつーの!」

「でも、分かっていて付き合ってくれたじゃないッスか。あたしがどんな女だろうが、関係なかったのでは?」

「ま、まあなっ!」


 クルミは「ほらあ」と、膝上のネコをあやす。 


「とはいえ、それとこれとは、話が別だろ⁉」

「大アリッスよ! 先輩がどんなあたしでも受け入れてくれるのか、毎日考えてるんスから!」


 なにそのムダなトライアル&エラーッは!


「トライアル&エラーといえば、せーんぱい?」

 思わせぶりな視線を、クルミが俺に向けてきた。


 また、なにか企んでやがるな。


「せーんぱい♪ 膝枕してほしいッスか」

「きゅ、急に何言い出すんだよ」

「だって先輩、さっきからあたしの膝に乗ってるネコちゃんを、うらやましそーに眺めてるんスから」


 ぐっ、鋭い。


「先輩はぁ、ネコちゃんを抱きたいんですか? それとも、あたしに膝枕してほしいッスか?」

「むう」


 ネコは抱きたい。でもクルミの膝枕もなかなか。


「そんなガチで悩む案件ッスか?」


 クルミから指摘が入る。


 俺の視線を感じたのか、ネコがクルミの膝から降りた。怖がられたか。


「今がチャンスッスよ」

 スカートに付いた毛を払いつつ、クルミは膝をポンポンと叩く。


「それとも、さっきまで膝上にいたネコちゃんの方が、恋しいッスか?」

 不機嫌な様子で、クルミが足を組もうとした。


「寝てしまっていいか?」


「エヘヘ。素直ッスね」

 足を戻して、クルミが強引に俺の頭を自分の膝へ乗せる。


 柔らかい。モチモチしていて、温かみもある。


 でも緊張して、全然眠くならない。

 目を閉じてみるが、変な妄想ばかりがモクモクと湧き上がるばかり。


「お目々スッキリッスね。のんびりできないッスか?」

 見透かされている。やはり天才少女は敏い。


「いや、熱くないか?」

 適当にごまかす。


 もうすぐ夏だ。汗でスカートが汚れてしまわないか?


「平気ッス。もっとリラックスしていいッスよ」

 寝てしまいそうだ。


「耳そうじとか、どうッスか?」

「いや。自分でやりたい主義なんだ」


「とか言って。変な声出しそうだから拒否ってるんスよね?」

 クルミが、俺の耳に指を滑らせた。愛おしそうに、耳の輪郭をなぞる。


「あひっい」

 くすぐったい。背中がゾワゾワする。


「ウフ、変な声出しちゃったッスね」

「お前のせいだろ?」


 まったく悪びれた様子もなく、クルミは「サーセン」と言う。指を這わせるのは、やめない。


「でもキレイッスね」

「強くされると痛いからな。自分でするほうが加減が利くんだ」


「はいはい。そういうことにしておくッス」

 つまらなさそうに、クルミは俺の耳に興味をなくす。


「せーんぱい」

「なんだ?」


「あたしは、どんな先輩も好きッス」

 急に、クルミがおしとやかになった。


「ビビリな先輩も、カワイイ物好きの先輩も、怒りん坊な先輩も、あたしは全部受け入れるッス」

「そ、そうか。ありがとな」

「イジリがいがあるんでグヘヘ!」


「てんめ、俺の感動を返せ!」

 俺はガバっと起き上がる。


 その拍子に、俺の顔とクルミとの距離が限りなくゼロに。


 息がかかるほどの距離に、クルミの顔があった。


 ビックリした顔をしたまま、クルミは固まっている。

 その頬は、だんだんと朱に染まっていき……。


「うわっ、スマン!」


 驚かせてしまったな。


「膝枕タイムは、終わりだ」

 俺は立とうとした。


「にゃーん」

 しかし、今度はクルミが、俺の膝に頭を乗せる。


「お、まえ」

 まさかの展開に、言葉が詰まった。


「先輩の膝、かったいッスね。引き締まってるッス」


 腰に腕を回し、ホールドされてしまう。

 もう離れない意思が見て取れた。


「おいおいっ、あんまりくっつくな。熱いだろ?」

「無理ッス。あんな状態にされたら、もうクラクラしちゃったッス。もう動けないッス。しばらくこうしてるッス」


 腰をギュッとされる。


「先輩」

 俺の膝に顔をうずめながら、クルミが聞いてきた。

 うつぶせのままなので、顔は見えない。


「クルミ、この体勢はちょっとマズい」

「せーんぱい」

 足をベンチに乗せて、クルミは横たわる。

 俺の方に顔を向けて、本格的に寝る姿勢になった。


「なんだよ⁉ あんまくっつくな」


「えへへ。どうしてッスか?」

 肩を震わせながら、クルミが笑う。


「熱いからだ」


 それ以上の意味はない。


「今日はまだ涼しい方ッスよ。どうしたんスか?」


「お前、意味わかってるだろ!」

 やや強めに、俺はクルミを押し出そうとした。


 しかし、クルミはどいてくれない。


「せーんぱいっ」

「だから……ああん?」


 クルミはそれから動かなくなった。肩を上下させるだけ。


「こいつ、寝てんのか⁉」


 寝た? 


 ウソだろ⁉ 


 こんな不自然な体勢で、寝やがっただと?


「おい、クルミ。どうしたんだよクルミ?」

 クルミの肩を揺さぶってみた。


 しかし、起きる気配がない。


 ちょっと待て。こんな状態で寝られたら、俺が動けないじゃん。


 通行人のキッズが、不思議そうにこっちを見ながら通り過ぎていく。


 違うんだと弁解しかけた。何が違うというのか。


「ったく」

 俺は、クルミの肩をさする。ネコをあやすように。


 そんな俺たちのまわりを、ネコたちが取り囲む。

 日向ぼっこなのか、みんなして丸まって横になった。


「昼寝スポットなんだな、ここは」

 たしかに、このベンチはちょうど木陰になっている。

 日差しが強くなくて、風も程よく気持ちいい。


「やばい。俺も寝ちまいそうだ」

 あくびを噛み殺す。

 さっき膝枕してもらった反動か、眠気が襲ってきた。

 ベンチに背もたれがあったら、うっかりもたれるところである。







「はっ⁉」

 数秒だけ、寝てしまったようだ。


 クルミは、起きていた。横になったままの姿勢で、俺と向かい合っている。


 俺は、視線をそらそうとした。けれど、動けない。

 クルミが俺の手を握っているからだ。

 クルミは俺を引き寄せようとしている。


「バ、バッカお前。離せ」

「今なら、誰も見てないッス」

「いいかげんにしろって」


 制服ごと、クルミは俺の腕を引っ張ってきた。


 柔らかそうな唇が近づいてくる。


「よせって。ここじゃダメだ」

 とうとう口が当たりそうになって、俺は観念した。


「どこなら、いいんスか?」

 ニヤニヤ笑いながら、クルミが聞いてくる。俺の顔に両手を当てながら。


「言わないと無理やりしちゃおっかなぁ」

「わあああバカ!」






「何がバカなんスか?」

「はうあ!」

 クルミは、とっくに起きていた。俺の隣りにチョコンと座っている。膝枕ではない。


 夢かよ!


「ねえねえ、なんの夢を見てたんスか?」

「なんでもねえよ!」

「『ここじゃダメだ』って、あたしに何する気だったんスかぁ?」

「だから、なんでもないんだってぇ!」



 ホント、ウザい。


 でもカワイイんだよなぁ。


(完)

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俺にだけウザ絡みしてくる後輩と、付き合うことになった。 椎名富比路@ツクールゲーム原案コン大賞 @meshitero2

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