ウザ後輩の、キャラ付け秘話

「ああもう、今までの苦労は一体⁉」

 すべてが終わった後、クルミは地べたにしゃがみこんだ。


 あの後、両親から「がんばりなさいね」など激励の言葉を受けた。二人の時間も過ごしたかろうということで、解散となる。


 アンズ会長も、誠太郎との交際について両親と話し合うという。俺たちの状態を見て、自信を持ったようだ。


「ああっ! ここまで来るのにどれだけ考え抜いたか。それのすべてが無駄に終わったッス」

「俺と付き合うことは、想定外だったのか?」


 ここまできて「ドッキリでした」は、辛いぜ。


「いや。先輩との交際があっけなく許されたのは、いいんスよ。ただ、キャラ付けに失敗したなーと」


 そもそも、クルミはどうしてそんなキャラを演じるようになったのか。


「ウザキャラを装っていたのは、なんか、事情があるんだな?」

「最初は、擬態だったッス。軽いキャラを演じたほうが、先輩にはちょうどいいんじゃないかと」

「どうしてそう思った?」

「擬態した姉が、あんなだからッス」


 なるほどねえ。


「本性では、ないんだよな?」


 俺はずっと、クルミのウザ属性は「作り物」だと見抜いていた。的当てで確信したのだ。こいつは本性を隠しているな、と。


「アンズ会長もか?」

「姉さんのポンコツキャラは本性ッス。でも、あたしは作り物ッスよ」

「つまり、お前と会長は性格が逆だ、と?」

「そうッス」と、クルミは何度もうなずく。

「お前なりの、照れ隠しだったと」


 高速うなずきで、返答された。


「でも、演じていくうちに、わかんなくなってきちゃって。どれが本当のあたしなのか」

 うずくまったまま、クルミは顔を手で伏せる。


「こう、なんというのでしょう。先輩をイジっているうちに、目覚めてしまったッス。次はどうやって困らせようかなとか、考えるようになっちゃって」


 それはヒドイな。


「このままじゃいけないって頭では思ってるのに、一晩寝たら忘れちゃって、もう先輩をイジる手立てを考えつくんスよ」

「どれだけSなんだよお前は!」

「こんな気持ちになるなんて、思ってなかったッスよ! 悪いのは先輩ッス!」

「責任転嫁するな!」


 まったく、俺はどれだけお前の嗜虐心を煽っていたんだよ?


「で、でも、ずっと罪悪感はあって! ちゃんと先輩の期待には答えようって、それは考えてたッス」


 確かに、そういう気配は交際しながら感じていた。

 やりすぎたと自覚している雰囲気もあったし。


「嫌われたくないのに、嫌われるようなことばかりしてしまって。ごめんなさいでしたッス」

 妙に、クルミはしおらしくなる。


「家に帰っても、ああ、今度こそ愛想を尽かされたなと思っていたッス。お見合いの話が来た時も、天罰だったんだって、ずっと自分を責めて。先輩に顔向けできなかったッス」

 今にも泣きそうな声で、クルミはまくしたてた。


「コレ以上困らせるくらいなら、身を引こうって思っていたのか?」

「はいッス」


 そこまで、思いつめていたのか。 


「俺はてっきり、俺に声をかけるのは罰ゲームか何かで、交際してもたいしてうれしくないのかと思ってた」

「どんだけ自己肯定感が低いんスか」

「そうでなくても、夢みたいだった。お前みたいな、その……なんだ」


 口から、クルミに対する思いが出てこない。ここまできて、日和っている。


「ハッキリ言ってほしいス」

「カワイイ後輩と、一緒になれるなんて」


 ボンッ、と擬音が聞こえてくるくらい、クルミの顔に日が付いた。


「まあ、正体がこんなウザキャラだって思ってなかったけどな!」

 そこはグチらせてもらう。


「でもお前が本当に底意地の悪い女だったら、ここまで付き合ってやらなかった。ちゃんと考えたんだ」


 クルミと交際してみて、こいつは確かに信用に足る人物だとわかった。

 だから、今も付き合っている。

 もし、外道だったら早々と見限っていただろう。

 それだけは確かである。


「たしかに、お前の言動はところどころ憎たらしい。けどな、絶交するほどじゃない。めんどくさいが、距離を置こうって思わなかったな」

「そうなんスか?」


 ずっとうつむいたままだったクルミが、顔を上げた。


 まだ怯えたままの目だが、光が戻っていくのがわかる。


「ああ。だからこれからも頼むぜ。そのままでいいからよ」


「えへへ。よかったぁ」

 安心したのか、クルミの表情が和らぐ。


「じゃあ、ずっと先輩を困らせてもいいんスね?」


「いやだから、そういう意味じゃねえよ!」

 俺はしっかりと釘を刺す。


「先輩、お腹すきませんか? おごってもいいんスよ?」

「だから、なんで俺が払う前提なんだよ!」

「しょうがないッスねー。先輩のお財布に合うメニューでいいッスから、どこか行きましょう。この近くにラーメン屋があるッスよ。替飯にもチャーシューが乗ってるって評判ッスよ?」

「だれも払うなんて言ってねえ!」


 俺はこれからも、クルミのウザ言動に振り回され続けるだろう。


 しかし、クルミの悪戯好きは治らないだろうなとは、思っていた。


 なんたって、俺がこいつを目覚めさせちまったんだから。

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