ウザ後輩の、ご家族
「どうしたんだよ、仙道?」
俺は戸惑う。
正直な話、仙道ならクルミを任せてもいいと一瞬だけでも思ってしまったのに。
「壇よ、親の勝手な計らいで、わたくしは貴公の大事な女性を奪うところだった。申し訳ない」
責任を重く受け止めているのか、仙道は顔を上げようとしなかった。
「いいんだよ、そんなの。大変だったな」
「違うんだ、壇よ」
頭を下げたまま、仙道は首を振った。
「わたくしには、クルミ殿に顔向けできぬ理由があるのだ」
「どういうことだよ?」
仮にも仙道ほどの良識人なら、不祥事など起こさないと思う。
過去の悪さなど、せいぜい歩行者用の信号無視程度だ。
それでも律儀に交番へ行ってしまうヤツだけどな。
「実は、クルミ様にも悪いことをしていてな」
仙道は、クルミの方へ向き直る。
「実はわたくし、かねてから交際している女性がおるのだ」
大ニュースだ。堅物の仙道に彼女ができるなど。
「オマエに彼女か。すげえな」
「しかし、交際を告げる前に見合い話が持ち上がってな。困っていたのだ」
立派なやつだもんな。彼女くらいいたって驚かねえよ。
「ここに呼んでいるんだ。あっ、スミレちゃん! こっちだ!」
は? スミレちゃんって? まさか……。
「竜舌氏~」
語尾にハートマークが付きそうな甘ったるい声で、こちらにやってくる巨漢の女子が。
ショッピングモールで見たアニメ柄Tシャツを着て、ドシンドシンとわかりやすい足跡を鳴らす。
「ええ、
その彼女を見て、俺は驚いた。
まさか、仙道のハートを射止めたのが、我が校が誇る最強の図書委員、鹿島さんだったなんて。
「よく似合ってるよ、スミレちゃん!」
「ありがとー竜舌氏」
ふたりとも、互いに褒めあってメロメロな顔になっている。
ドレスコードなどお構いなしだった。俺も汗だくで、人のことは言えないが。
「我々、これから両親を説得に行くのだ。二人の交際を認めてもらう」
覚悟を決めた顔で、仙道は語った。
「お前らなら、最高のカップルになるさ」
「元より、そのつもりだ。では」
仙道は鹿島さんの肩を抱く。
「そうそう、二人は交際しているのだったな。告げておこうか?」
「いや。自分たちから話すよ」
「分かった。では達者で」
仙道は、黙っていてくれるようだ。
「壇氏、クルミ殿、弟が世話になった。お二人に幸多からんことを」
仙道は自分の両親だけを連れて、話し合いを始めている。
さて、あとは、俺たちの番だ。
斉藤家に、あいさつをしに行く。
斉藤母は、クルミとよく似ていた。
アンズ会長は父親似のようだ。眠たそうな目つきがそっくりである。
クルミの両親は、汗まみれな俺の姿を見て、怪訝そうな顔をしていた。
「えっと、実は」
包み隠さず、事情を話す。
断られたって構うもんか。
俺はあきらめない。
絶対に、クルミとの交際を認めてもらう。
どんな傷害だって、乗り越えてみ――。
「そうだったの? どうぞどうぞ」
「へ?」
クルミの母親から告げられ、俺は変な声を出す。
「いや、あの。こういうのは断固として拒否る場面では?」
「なんで? いいじゃん」
思っていた反応と違う。
全力全開で断られると思っていたのに。
「えっと。俺は、今は大したやつじゃないんですけど」
「でも、壇さんっていえば、ほらねえ」
斉藤父は、俺の家事情に詳しいようだ。
「超ー安定企業じゃん。そんなおうちを支えてるんだから、大丈夫っしょ」
なんてチャラい。それでいいのか斉藤父よ。不安になってくるぞ。
「それは冗談としてさ」
急に、斉藤父が真面目な顔になった。
「クルミをお願いします。なんたって、クルミがあなたを自分で選んだんですから」
「こんなに立派になって。好きな人も自分で決めて。お相手もいい方みたいだし」
俺は最初、怖がられると思った。いや、実際に怖がっていたに違いない。
レストランに場所を移し、詳しく話を聞く。
なぜ交際を受け入れたのか。
両親の中では、クルミはまだ「病弱な女の子」だった。
きっと、恋人も自分で選べないだろうと。
要は、勝手にクルミを「いたいけな少女」と決めつけていた。
だから、お見合いをセッティングしたという。
「でも、あなたのような殿方を見つけて、正直ホッといたしました」
「ですです。娘のためにチャリ飛ばしてきたって聞いてさ、感動しちゃった」
よほどうれしいのだろう。斉藤父は山のような中華料理を、生ビールと共に口に詰め込む。
好印象を持たれて、俺はようやく落ち着きを取り戻す。
とはいえ、目の前の食事には手を出せそうにない。
遠慮してしまう。
「後は、じっちゃんだけだな。あのヤロウ、クルミに子作りはまだ早えって聞かねえでさ、見合いの席にも来ねえの。ちがうってのに聞かねえんだから」
さすがに気が早すぎますって。
斉藤父が、その祖父とやらにスマホで電話する。
「おいジジイ! 見合いチャラになったから。違うって! オトコいたんだってよ!」
事情をかいつまんで、斉藤父がざっくりと解説した。ざっくりしすぎだが。
「あんにゃろ、切りやがった」
舌打ち一つして、斉藤父がスマホをテーブルに置いた。
「お義父さんなんて?」
「泣いた。よかったーっつって」
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