ウザ後輩と、お見合い

 お見合い当日を迎えてしまう。


 あれから、俺はクルミと話せていない。生徒会の会議もなかったし、学校内ですれ違うこともなかった。


 何を言っていいのか、何日経ってもわからない。


「行くな」が正解だったのか。あるいは、もっとうまく説得する方法があったかもしれない。それでも、今は何もできずにいた。



「おい、いつまでゴロゴロしてやがるんだ」

 俺の家に来て、誠太郎がけしかけに来る。


「会って今更、なんて言えばいいんだよ?」


「好きって言ってやればいいじゃんか」

 ベッドで背を向ける俺の肩を、誠太郎が揺さぶった。


「そうは言ってもな」



 俺自身、本当にクルミを好きか。

 自分自身でも、よくわかっていない。



「見合いの邪魔なんて、してもいいのか。俺は?」

「何を言ってやがる。邪魔してOKに決まってんだろ。なんのために付き合ってたの、お前ら?」

「でも、向こうさんの家に迷惑が」


 誠太郎が、「何を言ってるんだか」と鼻で笑う。


「クルミちゃんの方が迷惑がってたろ? ああいう強引なコミュニケーションが嫌だから、気兼ねなく付き合えるお前を選んだんだろうが!」


「だけど!」

 ベッドから起き上がり、俺も言い返す。



「今までのデートで、何も感じなかったか?」

「そ、それは」


 緊張はした。ドキドキもした、と思う。

 それが好きかどうかわからないけど。


「あのなぁ。好きってのはそういう気持ちなの! 相手に好意を向けられただけで、舞い上がっちゃうものなんだって!」


 誠太郎の言葉には、やけに説得力があった。


「俺は、お前と違うんだ。うまく立ち回れねえよ!」


「いやいや、なにをおっしゃる。オレだって、アンズさんとグダグダな感じだぜ?」

 おどけながら、誠太郎は言う。


「そうなのか?」


「思っていることの三割も、言えてないな」


 意外だった。

 誠太郎はもっと、器用に振る舞っているものだと。


「けどよ、『何も言わなくても通じ合っているよな』なんて思っていたら、幸せってのは逃げちまうんだよ」


 真剣な眼差しを、誠太郎は俺に向けてくる。


「他のカップルだって似たようなもんだぜ。きっと、通じ合っていない。お互い照れくさくてさ。だから、クルミちゃんだって変キャラで通してきたわけじゃん」


「あれって、照れ隠しだったってのか?」


 バカにしているのだとばかり思っていたが。


「そうとしか見えんかったッスよ?」

 わざと、誠太郎がクルミのマネをした。


「チャカすなよ、誠太郎」


「バカにされたくなかったら、自分に正直になれよ、リクト」

 俺の胸を、誠太郎が肘で押す。


「行って来い。ちゃんとスキって伝えてこいよ。素直になれ」

「ありがとう誠太郎」


 なんだか、悩んでいた自分がバカバカしくなってきた。気分が晴れ渡るとは、こういう状態を言うのだろう。




 俺は自転車にまたがって、お見合いの会場へ急ぐ。


 広い交差点まで出た。


 信号待ちをしていると、アンズ会長から連絡が。


「えっとね、今会場入りしたところ。今どこ?」

 場所を説明すると、最短ルートを会長が教えてくれた。


「遠いよ。迎えに行こうか?」

「いいっす。どれだけ遠くても、必ず行きますんで」


 自分の脚じゃないと、意味がない。


 とにかく体を動かしたかった。


 クルミを見捨てようとしたバカな脳みそに、酸素を送り込みたい。


「わかった。クルミと代わろうか?」

「秘密に」

「おっけー!」


 電話を切って冷静になる。


 やっぱり送ってもらったらよかったか?

 行かないほうがいいのでは?

 困らせるだけじゃんじゃ?

 着いたところで、クルミの両親になんて言えば?


 バスが圧倒的な存在感を見せて、自転車を追い越していく。

「お前はちっぽけな存在なんだぞ」と、俺の弱気の虫を見透かしているかのように。 


 余計な考えばかりが駆け巡った。


「はあっ、はあっ! それが、どうした! 負ける……かぁ!」


 坂を登りながら、ひとりごちる。


 ペダルを踏むたびに、弱気・雑念は消えていく。


「ちくしょ、まだかよ!」


 ホテルは、もう目の前にある。

 結構な時間は掛かったが、どうにか間に合いそうだ。



 フロントを押しのけ、お見合いの場所へ。


 よかった。お互いの両親は、どこかへ行っている。


 少し離れて、大人たちの輪があった。


 会話の中心にいるのは、アンズ会長である。大人たちをうまく先導してくれたらしい。


「その見合い待った……って、仙道⁉」


 俺の声で、大人たちが一斉に俺を見る。


 お見合い会場にいたのは、なんと仙道だった。


「おお、ダン 陸斗リクトではないか。中学以来だな」

 仙道も、俺を覚えてくれていたらしい。


「オマエが、クルミの婚約者だったのか」

「実は、今回が初めてじゃないんです」


 聞くと、動物園で迷子になっていた子どもは、仙道の弟だったという。

 仙道一家が謝りに来た際、向こうの両親がクルミをえらく気に入って、勝手に見合い話を始めたという。


 仙道だったら、頭もいいし、責任感も強い。

 任せてもいいとさえ思った。けど!


「すまん仙道。実は……」

 事情を説明しようとした途端、それは起きた。


 仙道が秒で、俺達の前にひざまずく。


「わたくし、仙道せんどう 竜舌りゅうぜつ! お見合いの件、勝手ながらお断りさせていただく!」


 なんと、仙道はクルミの前で土下座をした。

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