ウザ後輩と、観覧車

 先にアンズ会長が乗り込んで俺たちが後に続く。


 クルミが、さっきから黙り込んでいた。

 身体をモジモジとさせて、あっちこっちチラチラ視線を移す。


「どうした、つまんないか? 俺がビビらないから」


 高所は普通に楽しめるのが、クルミにとって面白くないかも。


「そういうわけじゃ、ないッス」

「いや、明らかに様子が変だからな」

「もう、鈍感ッスね!」


 なぜか罵倒された。なんだよ。


「二人きりだと気まずいだろ。何か話せよ」

「でしたら。あたし、先輩のお話を聞いたんス」

 体ごと、クルミはこちらを向く。


「ああ、あのときのことか」



 斉藤アンズ会長が人をはねたとき、俺は彼女を責めなかった。

 もちろん、誠太郎も。


「どうして、病気の身内がいるってわかったんです?」


 妹が急病になって、急いでいたからだという。


「アンズ会長が急ぐ用事っていったら、それしか浮かばなかった」


 事情を知っていたとしても、誠太郎は特に騒ぎを大きくしようとしなかった。怒るのは、まず話を聞いてからだと。


 友人を傷つけられた俺は納得しなかったが、誠太郎がいうならと、引っ込んだ。二人の問題だから。


 ようやくバイトも落ち着いたあるとき、俺は誠太郎を見舞った。


 会長の現状を知っていた俺は、「妹が心配なら行ってくれ」とどうにか説得し、病室から帰らせる。怒ってるわけではないのだと。


「大事な家族が病気だったら、心配だろ」と、付け加えて。


 クルミは会長と同じ病院に入っていたため、面会は容易だった。



「あたし、その話を聞いてから、きっと素敵な方なんだろうな、お会いしたいなって思ったんス」

「悪かったな。こんなヘタレで」

「先輩、もっと自分を認めたほうがいいッス」


 そういった後、「ありがとうございます」と、クルミは頭を下げる。


「でも、どうしてそこまで? いくら学友と言えど、怪我を負わせた相手を許すなんて」


「昔な、俺、大病を患ったんだ」


 俺は幼い頃から身体が弱く、背も低かった。


「甘えん坊でな。大きい病気にかかった時、どっちの親も来てくれなくて、寂しかった」


 心細い状態で、天井を見上げる日々が続く。

 当時は両親が大変な時期なのは、分かっていた。



 しかし、俺はどうしようもないガキで。



「あるとき、俺は大泣きして、『みんな大嫌いだ』って不満を爆発させた。挙げ句、両親は本気で別れるかどうかになっちまった」


 それで、自分が頑張るから、泣き言なんてもう言わないから、二人一緒にいてくれと頼んだ。

 自分のことばっかり考えないからと。


「迷惑かけちゃいけないと、強がっていたんだ。妹も小さかったからな」



 それが、今の俺を形成している。

 ほんとは弱虫なままのくせに。


「でな、あんまり強く言えないんだよ。ペット飼わせろとか」


 すっかり元気になった俺は、体を鍛えはじめ、背も高くなった。

 好き嫌いもなく育つ。


「スマン。しょうもねえ話だったよな。もっとバカバカしい話をしようぜ」


 間が持たないからと、俺はわざと下を見下ろして震えてみる。


「先輩は、強いッスよ」

「クルミ?」


 夕焼けが、クルミの顔を染め上げた。


 てっぺんまでもうすぐである。


「はっ!」

「どうした?」


 クルミは、見上げてしまった。


 先に上がっていた、会長の乗るゴンドラの中を。

 



 アンズ会長が、誠太郎とキスをしている場面を、だ。





「先輩」



 やめてくれ、そんな目で見つめるの。

 俺の顔を、両手で固定するな。

 顔を近づけてこないでくれ。


 今ここでそんなことをしたら、きっと戻れなくなる。


 もっとよく考えろ。




「よせ、クル||」



 俺が抗議しようとしたのを、クルミの唇が塞いだ。




 一瞬だけ、会長たちに気付かれないように。



「えへへ。せーんぱい」

 俺の手を、クルミがギュッと握る。



 もう、何を話していいのかわからない。


 言葉の数々は、さっきのキスで吸い上げられてしまった。



 俺はただ、クルミと恋人になったんだと実感するしかなくて。


 しかし、会話がなくたって、この時間はなんだか心地よかった。



 クルミもそうあって欲しい。


 観覧車が、終わりを告げる。



「今日はありがとうね。わたしが連れ回しちゃって疲れたでしょ?」


 とんでもない。最高の一日だった。


「いや。いいものが見られた」

「想像以上に、夕日がキレイでした」


 ウソ言いやがれ。お日さんと反対側だったじゃねえか、お前の席は。


「次は、誠ちゃんの家で映画見ようかって話していたの」

「ホラーなんだけどな」


 タイトルを教えてくれた。


「ああ、その映画なら見ましたよ」



「え、ウソ……」

 クルミの発言に、アンズ会長が絶句する。




「そうそう。複雑なストーリー展開が謎すぎだが、それ以外はハッチャケてて」



「おい、リクト?」

 スマホをいじりながら、誠太郎が俺に聞いてきた。



「え、なんだよ?」

 異様な空気に、俺は聞き返す。



「なんで、この映画をお前らが見られるんだよ?」



 誠太郎がスマホで調べていたのは、例の映画に描かれた注意書きだった。






 注意書きには、こう書かれている。





『当時、ペアシート限定として話題になった問題作! 作者は語る。「カップルスラッシャー映画として打ち出す予定だった」と!』



 どうりで、趣味が悪かったわけだ!


 やはり、マイナー映画には監督のエゴ・悪意が詰まっている!


 って、そんなことはどうでもいいんだよ! ヤバイ! 



「その映画ね。カップル限定だったの、知ってた?」



「リクト、お手上げだ」



 ウザ後輩との交際が、バレた。

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