ウザい後輩と、お化け屋敷

 真っ黒いカーテンを抜けて、お化け屋敷内部に。

「あれ、大したことないぜ」


 誠太郎の言う通り、薬品のツンとした匂いがほのかに漂うだけで、後は暗いだ||


「ひっ」

||思わず、声が漏れた。


 血まみれのベッドが、蛍光灯の点滅で一瞬だけ見える。連続して点滅すると、より状況が鮮明にわかった。これは手術台だ。血に染まった機材などが、床に散乱している。


「大丈夫ッスか先輩、足が震えてるッスよ」

「お前こそ平気か? 連れてきておきながら、今更後悔したって遅いからな」

「なーにを仰るヘタレさん、ッスよ。特等席で先輩のビビリ声を聞けるの、興奮してるんッスよ。早く可愛い声聞かせてほしいもんスね」

「随分と饒舌だな。怖いのをひた隠してるのミエミエなんだよ! もっと一歩一歩は大股で行かないとギヘエエ!」


 なんか踏んだ! 内臓を踏んでる!

 俺は片足立ちのまま、硬直してしまった。


「先輩ってなんでそんなにビビりなんスか?」

「生まれつきだ! 怖いものは怖い!」


 なぜだろう。クルミの前だと、『毅然としなければ』という感覚が薄れる。自分に正直でイられるのだ。こいつも自分をさらけ出しているからか?


「認めましたね。カワイイ先輩ぃいひいいいい!」

 クルミが、急に俺の胸に飛びついた。


 抱きしめられ、俺は身動きが取れなくなる。


「おいクルミ! どうした?」


 ただ俺の胸に顔をうずめた状態で、クルミは指を俺の背後に指す。


「おい、何もいねえぞ、脅かすな」

 振り返ってみたが、暗黒があるだけで何もない。


「いたッス! 確かにいたッスよ!」

「どこにそんなのがアヒヒヒヒ!」


 俺がクルミに振り返った途端、クルミの真後ろに骸骨がいた。


 今度は俺が、クルミを強く抱きしめる。細い身体を引きずるように、後ずさった。


「ぎゃああああ!」


 続いて、人体模型が暗黒から姿を現す。クルミが見たのはこれか!


「逃げろ!」

 俺は猛ダッシュで、クルミの手を引く。


 息切れも気にせず、ただ暗闇を駆け抜けた。


「はぎゃあああ!」


 血糊の手形が、壁にベタベタと浮き出る。まるで、俺たちを追いかけるように。ペチョペチョという効果音も響く。


「手、手、手ェ!」


 顔がプロペラ戦闘機になっているという、コンセプトの分からない怪物が出てきた。


「うわあ、なんだコイツ!」

「怖くないのが逆に怖いッス!」


 意味不明なクリーチャーに追いかけ回され、俺たちはゴールを目指す。


「ドアだ!」

「出口って書いてるッス!」


 俺はノブを回す。


「ひぎゃあああああ!」


 最後の仕掛けはすべり台になっていた。


 俺たちは、いつの間にか坂道を進み、建物の二階へと上がっていたのだ。そこから、防災訓練のように急降下する。




「おっ、帰ってきたぞ」

 出口には、見計らったように誠太郎が。


「おかえりー」

 アンズ会長もいる。



「二人さ、すっかり仲良しになったみたいで」


「へっ?」

 気がつくと、俺の腕はクルミをガッチリとホールドしていた。


 クルミも同様に、俺の腰に手を回している。

「あわわ!」


「すまん!」

 俺はとっさに手を放す。


「でもさ、一時はどうなるかと思ったよ。二人に気を使わせちゃったかなーって」

「いや、そんなことはねーよ」

「いっそ、付き合っちゃえば?」


 無邪気に首をかしげながら、アンズ会長は俺たちに語りかける。


 カミングアウトの場面としては、ナイスなタイミングだ。

 

 だが、クルミが俺と付き合っていると分かったら、アンズ会長の環境が変わってしまうのでは。

 家に気を使って、誠太郎と付き合えなくなるとか。

 アンズ会長なら、家より自分を優先しそうだが。



「まあ、もういいじゃんアンズさん」

「誠ちゃん?」


 誠太郎がアンズ会長の背中を押して、俺たちの道を作る。


 クルミと俺は、何事もなかったように立ち上がった。


「お、もういい時間だな」


 時刻は、四時を回っている。もうそろそろ、帰り支度をしないと。

「今日は楽しかったな、リクト」

「おう。また来ようぜ」


 すっかり帰宅ムードだった俺たちに、アンズ会長が待ったをかける。


「待って! 最後、門限過ぎてもいいから、最後に一つだけ!」

「どうしたの? そんなこだわりの乗り物ってあったっけ?」

「アレに乗りたい!」


 観覧車を指差して、アンズ会長が駄々をこねた。


「そうだったな。あの観覧車、この街で一番でかいんだっけ」

「最強のデートスポットなんだっけ」


 俺たちが話し込んでいる横で、アンズ会長がコクコクとうなずいている。


「乗りましょう!」

「でも、時間やばいよ」


「夕焼けがみたいの! みんなで!」


 たしか、この遊園地は夕焼けに染まる街が一望できるって有名なんだっけ。


「クルミもどう? 席は、離れ離れになっちゃうけど」


「いいですね。行きましょう」

 会長の言葉に、クルミも承諾する。

 

「先輩」と、クルミが不敵な笑みを浮かべてきた。

「まさか、高いトコロが苦手とか、言わないッスよね?」

 デヘヘとニヤケながら、耳打ちしてくる。


「ああ。俺、高いところは平気なんだよ」

 高身長のせいか、あまり怖くない。

 オバケ・幽霊などの超常が怖いのだ。


「先輩も、問題ないそうです。参りましょう」

 

 なんで、クルミが仕切っているんだろう?

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