ウザい後輩と、アイス

「パイレーツ楽しかったねー」

 キャッキャと、アンズ会長がはしゃぐ。


「お、おう」

「そうですね」


 終始隣同士だった俺とクルミは、まだドキドキしていた。


「どうしたの、ふたりとも? 緊張した?」


 急にアンズ会長から話を振られて、俺は「へあ?」と変な声を出す。

「まあな。うん」


「めったにお話なんて、しませんものね」


 二人して、たどたどしさを装う。


 悪いな。俺たちは影に隠れてめっちゃ語り合ってる。


「休憩しよーぜ。アイスでも食べるか?」

「食べる!」


 俺たちに聞いてるのに、会長が真っ先に手を上げた。


「分かった。じゃあ待ってろよ。イチゴ味だっけ?」

「うん!」


 会長は「わーい」とバンザイする。


「俺も行く。クルミ……さんは?」

 危うく、呼び捨てにするところだった。


「あ、あ、う。下の名前」

 クルミが冷や汗をかく。


「だって、斉藤さんは二人いるからよ。今日だけ」

「で、では、リクト先輩。私もイチゴ味を」


 思えば、初めて下の名前で呼ばれたぞ。


「お? 急接近?」


 アンズ会長から茶化されて、クルミはうろたえる。

「ちちち、違いますから! ノリですノリ!」


「でも、気になるなら相談してね」


「はい、姉さん」

 苦笑いで、クルミは会長の言葉を返す。


「イチゴ味が、四つだな」


 丸テーブルを囲み、みんなで買ってきたアイスを食べる。


「いつもアイスってバニラなんだけど、たまにはこういった味もいいな」

「うん。女の子が夢中になるのも分かるよ」


 果物味なんて、何年ぶりだろう。

 こんな甘ったるい味だったっけ。


「みんなで食べると、なおさらおいしいね」

「はい。姉さん」


 姉妹も仲良く、アイスを堪能していた。


「もう。誠ちゃん、ホッペについてるよ」

 アンズ会長が、誠太郎の口元をハンカチで拭く。


「ああ、ありがと」

「うふふー」


 絵になるなぁ。

 ハンカチで口をぬぐっただけなのに。


「あ、リクト先輩、ほっぺ」

 クルミが、俺の口元にハンカチをあてがう。



「お、おう。ありがとな」


 って、クルミの方が顔中にアイス付けてやがる!

 ほうれい線を消すパックみたいに塗りたくってやがった。

 どこまで拭いてほしいんだよ?


「お前マジか。ほら」


 くしゃくしゃのハンカチを取り出して、クルミの顔をゴシゴシとぬぐった。


 イチゴの色以外の赤が、ハンカチに付いている。


「おっと、すまん」


 口をキレイにして分かった。こいつ、口紅を塗っていたのか。


「お構いなく」

 クルミは気にすることもなく、自分でハンカチを使って顔の周りを整える。


「次はさ、あれに乗ろうよ!」


 くつろいでいたのもつかの間、俺は試練に悩まされる。


 あろうことか、アンズ会長が希望したのは、ジェットコースターだった。


 俺は血の気が引く。絶叫を出せずに乗り切れるのか。


「みんな怖い? 怖いなら、わたしだけで行くけど」

「いや、大丈夫。オレはついていくよ」


 怖がりではない誠太郎は、喜んで会長へとついていく。


「二人はどうする? 待ってる?」


 俺は、コースターの行列に入れなかった。


「無理するなよー、リクト。オレたちに合わせる必要なんてないからなー」

 俺がビビりだと知っている誠太郎が、優しい声をかけてきた。


 できれば待っていたい。乗りたくなかった。


 しかし、乗らなければ後日クルミに何を言われれるか。「カッコ悪~デュフフ」とか笑われそうだ。きっとそう。


 こうしている間にも、俺の前に次々と列ができていく。


「乗る。乗らいでか」

「あたしも参りましょう。先輩」


 覚悟を決め、俺はクルミと列に並ぶ。もう結構な列になっていた。躊躇していたら、いつまでも乗れない。


 先頭にアンズ会長が並び、他の客もシートへ着席する。


「はいここまででーす」


 無情にも、俺たちの前で満席になってしまった。

 俺がためらっていなければ。


「先行くわー。すまんなリクト」

「待っててねー」


 ガタンゴトン、と誠太郎カップルを乗せたジェットコースターが前進する。


「すまん、クルミ」


「いいッスよ。先輩」

 クルミが、小声でいつもの調子で語った。


「よかったッスよ。先輩のビビリが姉さんにバレなくて」

「言うな! 恥ずい!」


 俺は顔を覆う。こうなったのもビビりのせいだ。


「下の名前で呼ばれた時は、バレるかとビクビクもんだったぞ」


「まさか、姉の前で名前を呼ばれるとは思ってなかったッス。だから仕返しッス」

 口をとがらせて、クルミが反論してきた。


「マジで気を使わせすぎたな。今まで」

「やっと二人きりなんスよ? もっと喜んで欲しいッス」

 誰も見ていないのをいいことに、クルミがさりげなく腕を組んでくる。



「うれしいは、うれしいんだけどな」

 俺は、誠太郎たちの様子を伺う。小さくてよく見えないが、楽しそうだ。


「うわー結構くねくねするんスね。大丈夫ッスか? リタイアするッスか?」

 組んでいる腕の力が、強くなっている。

 これは、ビビってるな。俺もだけど。


「いや。並んじゃったからな。最後までやり遂げる」

「ふーん。あたしはてっきり『カッコ悪~デュフフ』って笑われたくない一心で、虚勢を張っているものかと」



 見透かされていた! コイツ、俺の心を読んでやがるのか? 



「そんなワケねえだろ! どうってことねえよ」

「では、お手並み拝見ッス。ほら、帰ってきたッスよ」


 クルミの体温が離れた。

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