ウザい後輩と、ジェットコースター

 アンズ会長の姿が見えたので、クルミはいつものネコをかぶる。


「おかえりなさいませ、姉さん」


「ただいま~。楽しかったぁ」

 アンズ会長は、ご満悦の様子だ。


「想像以上にきついぞ、リクト。平気か? 具合悪くなったら、言えよ」

「お気遣いどうも。俺は平気だ。待っててくれ」


 誠太郎は「やれやれ」と腰に手を当てる。


「クルミちゃんの前で、いい顔しようなんて思うことないんだからな」

「誰が。俺は自分が乗りたいから、乗るだけだぜ」

「だといいけどな」


 先頭のシートに座り、俺とクルミはセーフティをつけられる。


「下のベンチで待ってるからな。無理するなよ」

「おう」


 ガクン、とコースターが動き出す。


 もうそれだけで、心臓が跳ね上がりそうになった。


「ホントに平気なんスか? 今からでも泣き叫べば、止めてくれるかもッスよ?」


「誰が泣き叫ぶか! お前の方こそ、俺についてこなくても良かったんだぜ」

 強がっているが、手汗がスゴイ。



「何をおっしゃいますやら! 先輩がギャーギャーわめく瞬間をこんな特等席で堪能できる機会なんて、もう絶対にないッス。ぜひとも鑑賞させていただきたいッスね!」


「意地の悪いやつだな。安全装置を持つ手が震えてるじゃねえか」


 罵り合っている間にも、景色が変わっていく。もうすぐこの細い道を、急スピードで駆け下りるのだ。


「ほらほら、もう空しか見えねえぞ。あと数秒で落っこちる!」



「待って待って。言わないでほしいッス。せっかく先輩をおちょくって忘れようとしていたのに! 先輩あたしの気を紛らわすためにもっと情けない顔見せて!」


「ガチで性格悪いなお前! 必死すぎ! お前なんて奈落に落ちちまえ! 落ちろ落ちろ落ちる落ちるぅ!」


 俺たちの足は、宙に浮いた。




「あぎゃああああああああ!」

「ひああああああ!」



 もう悲鳴しか口から出ない。


 景色を楽しむ余裕さえなく、ひたすら轟音と揺れに翻弄される。


「ふううううううああああああ!」

 浮遊感とともに、視界が反転した。


「ほっほっほ~っ!」

 放心しきったクルミは、半笑いになっている。


「あばばばばば!」


 蛇のようにクネクネしたコースへ突入した。


 もうどこが地上なのか分からない。


「いいいいいつまで続くんだよこれ!」


 クネクネがどこまでも続く。

 目が回っているのかマシンが回っているのか。



 ようやく、地獄が終わった。


 クルミを見ると、同じように青ざめている。

 髪のセットは乱れ、立てそうにない。


「手を貸そうか?」


「お願いするッス」

 そう言いつつ、俺の方も足がふらついた。限界だったのだろう。階段を降りるときに足を滑らせた。



「うわ!」

 足を踏み外し、転倒しそうになる。



「クルミ!」

 俺はとっさに、クルミを抱き寄せた。

 なんとか、クルミだけでもケガをさせないようにしないと。必死だった。


「むぐう!」

 俺は、どうにか受け身を取る。

 頭も打っていない。


 だが、妙に柔らかい感触が、顔を覆っている。


「ふわあ」

 俺の頭の上から、クルミの声がした。


「無事か?」

 モゴモゴと話しづらい中、クルミに声をかける。


「しゃべらないでッス! くすぐったいッス!」

 悲鳴にも似た声で、クルミが抵抗した。


 それにしても、重い。いったい、顔に何が載って。


「ぷはあ!」

 ひとりでに、顔に載っていた物体がふわりと浮く。


 クルミの胸が。


「あ、あ」

 さっきまで青かったクルミの顔が、段々と熱を帯びてくる。



「ちょっと大丈夫、クルミ?」



「ひゃああああ!」

 ヘッドバットを食らわせ、クルミは俺から離れた。



 俺の視界は、ジェットコースターに乗ったときより、生死をさまよっている。 


「リクト、無事か?」

 アンズ会長たちが、俺たちに駆け寄った。


「うう、悪い」

 体調がまだ優れない。


 クルミの方も、胸を抑えてへたり込む。


「もうちょっと休んでから、お昼にしよっか」


「賛成だ。俺はベンチで休んでるから、二人はもうちょっと楽しんでこいよ」

 這うように、俺はベンチへと腰掛ける。


「いいの? クルミも一緒にどう?」

 アンズ会長に呼びかけられたが、クルミは首をふるだけで答えた。


「おーいリクト、ほらよ」

「ありがたい。サンキュ」


「オレらはさっき飲んだから、気にすんな」


 誠太郎から、ペットボトルの茶をもらう。飲みきりサイズというありがたさだ。


「はい、これはクルミちゃんの分」

 クルミのは紅茶である。


「すいません。立て替えます」

「いいって、お茶くらいごちそうするからさ。今日はありがとうね、クルミちゃん」


 こういうさりげない気配りができるからこそ、誠太郎は周りから信頼が厚い。


「昼のジュースは俺が出す。それで勘弁」

「じゃあ特製ジュースでももらおっかな。じゃあ」

 無理やり誠太郎はアンズ会長の手を引き、俺たちに手を振った。


「さっきは、悪かった」

 胸を触ってしまったことを、詫びる。


「気にしてないッス。それより酔いの方が堪えてるッス」

 あそこまで目が回るとは思っていなかった。


「いい人ッス、大杉先輩。姉さんが惚れたのも、分かるッスね」

「最高の友達だ」

「姉さんから、大杉先輩の悪口って聞いたことないッスよ」

 まあ、悪口を言うなら付き合わないよな。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る