ウザ後輩の姉と、学食おうどん

「はにゃああ。おうどん、おいしいなぁ」

 我らがアンズ生徒会長が、素うどんをすすって顔を綻ばせる。



 中間テスト期間中のことだ。


 俺、誠太郎は、斎藤姉妹に呼び出された。学食が食いたいからついて来い、という。


 テスト期間の間、部活は中止だ。

 そのため、学食利用者は激減する。

 アンズ会長はその間に、うどん無料チケットを利用することを考えつく。


「麺もおつゆも最高~。さすが六〇年も、我が生徒の胃袋を支えてきただけあるよー」


 何の変哲もないうどんに対し、これ以上ないくらいの賛美である。


 俺のメニューはカツカレーで、クルミはハンバーグ定食だ。


 誠太郎が、自分の天ぷらうどんをお盆に乗せて、アンズ会長の隣に座る。


「ほら、トッピングのお揚げだよ」


 天ぷらうどん上に載った油揚げを、誠太郎がアンズ会長のうどんにオンした。


「わぁい。ありがとー誠ちゃん。でもいいの?」

 追加料金を払い、おばちゃんからもらってきたのだ。


「本来は、きつねうどんのタダ券だったからさ」


 素うどんのタダ券になってしまったのは、生徒会のミスである。情報伝達がうまく行かなかったのだ。他の段取りは、完璧だったのだが。


「素うどんでも、うれしいよぉ。誠ちゃんが私のためにゲットしてくれたんだもーん」

 温かいうどんを堪能し、またもアンズ会長が溶け出す。


「ところで二人とも、中間試験はどうにかなりそう?」

 アンズ会長が、俺とクルミに問いかけてきた。


「ああ、まあな」

「まあまあなくらい?」

「適度に勉強しているからな」


 あれから、俺もクルミと会う機会を減らし、勉強に専念していた。メッセも送り合っていない。


 クルミは欲求不満そうだが、これは我慢しなくては。


 俺がしっかりしないと、クルミが調子に乗ってしまう。


「あいつに教えてもらえばいいじゃん。なんで頼まなかった?」

「誰だよ、あいつって?」




「お前、仙道と親しいんだろ? 今でも連絡取り合ってるくらいだし」


 

 誠太郎に指摘され、メシが気管に入りかけた。

 どうにか食道に導き、飲み込む。


「いやいや。この間も話したが、仙道の勉強は、質・量ともに異次元過ぎるんだよ。俺なんかでは理解が追いつかねえよ」


「それもそうか。あいつの頭は宇宙にある」


 誠太郎のセリフは、比喩でもなんでもない。

 仙道は、宇宙飛行士になりたいという。

「とにかく、成績の方は任せろ。他の生徒会役員に遅れは取らねえよ」



「期待しています。それはそうとさ、リクトくん?」

 据わった目で、アンズ会長が俺に視線を向けた。


「なんだ?」


「どうしてクルミに『あーん』させようとしてるの?」


「はあ⁉」

 突然の指摘に、俺はパニックになる。


「あっ、ホントだ。仲いいんだなお前ら」

 誠太郎まで!



「そそそんな、まさ……か」

 恐る恐る、自分の持つ匙の行方を追う。


 上に乗ったカツが、クルミの口へ向かおうとしていた。


 クルミが、「バカ」と目で訴えてくる。


 俺は無自覚ながら、クルミに『あーん』をさせようとしていた。

 

 ついクセで、つい餌付け感覚で。


 いつもやっているから、身体に染み付いてしまったのだ。まさか、一番見せてはいけない相手にツッコまれるなんて。


 対するクルミは、困惑の顔を浮かべている。メガネの奥が、戸惑いの色を見せているのが分かった。


「あ、いや、食べたそうだなーって思ってさ」


「だからって『あーん』はどうかなー?」

 会長が、難色を示す。


「うん、だよな。悪かった」

 俺は食器立てからスプーンを取って、クルミに渡した。「どうぞ、クルミさん」と、皿を差し出す。


「は、はあ。いただきます」

 スプーンを受け取ったクルミが、困惑顔のままカレーに手を付ける。


「おいしいですね。学食ならではのパサパサ観ですが、ジャンク風なのもクセになりそうです」



 あー、いかにも普段のクルミが「ッス」口調で言いそうなセリフだわー。 



 俺たちの様子を、会長はジト目で見つめている。


「な、なんだよ?」



「いやさー。なーんか、手慣れてるなーって」

 まだ、アンズ会長からの攻撃は収まらない。


「い、いい妹によくあげてるからな」

「リクトは妹いるからな。まだ兄貴離れしてないか?」

 事情を知らないとは言え、誠太郎が援護射撃をしてくれた。


「お、おう」

 心のなかで、誠太郎に礼を言う。


「クルミは食べてみたいの? 学食のカレー」

 確かに、クルミの皿にあったハンバーグは、きれいに胃袋へ全て消えていた。


「え、あの、特には」

「遠慮しなくていいよー。頼んであげようか?」

「いえいえ、お気になさらず」


 作り笑いで、クルミはその場を乗り切った。


「欲しかったら素直に言ってねー。隠さなくてもいいのよ? お姉さん、知ってるんだから」


「な、何、を?」

 意味深な物言いで、アンズ会長はクルミに伝える。


 痛いくらいに、心臓が飛び跳ねていた。冷や汗が頬を伝う。

 クルミも、俺とアイコンタクトをして、不安を訴えている。



 まさか、俺たちが交際していることがバレた?


「誤解だ、アンズ会長! 誓ってそんな!」


「全部言わなくても分かります。リクトくん。ワタシは、全部お見通しなんだから」

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