ウザ後輩と、一緒に迷子の親探し
「先輩、こんなに料理が上手なら、お母さんの跡継ぎとか考えなかったんスか?」
クルミの質問に、俺は軽く首を振る。
「フードはいいや。動物飼えなくなるから」
「ネコ好きなんスよね」
「ネコカフェで働く、って手も考えたんだ。が、それだとオレが仕事にならん」
客そっちのけで、俺はネコを可愛がりまくるだろう。
「絶対ポンコツになる自信がある。まして見知らぬ誰かに大事な従業員を任せるなんて、耐えられん」
「ヘンタイ度MAXッスね。あたしがネコだったらドン引きっす」
クルミが、変なものを眺める目で、俺をジッと見る。
「お前がネコになるなんて発想は、どこから生まれたんだよ」
さすがにイタすぎる発言だったのか、さすがのクルミもやや困惑気味だ。
「なんで、そんなに動物がお好きなんスか?」
クルミからの問いかけに、俺は一瞬答えに迷った。
気がつけば好きになっていたっけ。
しかし、決定的なシーンはあったはず。
記憶をさかのぼり、俺はある答えに行き着いた。
「命の恩人だから、かな?」
文脈が理解できなかったのだろう。クルミは小首をかしげた。
「えーとオフクロがフード業界だ、って話はしたよな?」
「はい。聞いたッス」
母親が弁当屋のいち従業員だった頃の話である。
幼かった俺は、職場が管理している託児所に預けられていた。
しかし、俺は託児所を抜け出してしまう。窓の向こうを通りかかった、野良ネコの跡を追いかけたのだ。
「そのときは、別にカワイイとかじゃなくて、どこへ行くのかという好奇心が勝っていたんだ」
狭い道をスイスイと歩くネコに、当時の俺は不思議な魅力を感じていた。
この道は、どこへ続いているのだろう、と。
気がついたら、路地裏へ入っていた。
「食事中に申し訳ないが、路地裏歩いていたら、ゴミ捨て場からGが出てな」
クルミが耳を塞ぐ。
「まあ、名状しがたい存在が出たわけだ」
俺は絶叫してしまった。足がすくんで動けなくなる。
「その頃から、ビビリだったんスね。カワイイ」
「カワイイネコが助けてくれたんだ」
クルミがあらぬ妄想をするので、結論を言う。
Gはこちらの恐怖心を知ってか知らずか、徐々に距離を詰めてきた。
あっちへいけ、という心の叫びも虚しく、いよいよGが俺の足を這おうと近づく。
「で、名状しがたい存在を食ってくれたのが、野良ネコってわけだ」
それからだ。ネコを特別視するようになったのは。
「情けない話だろ? 実際は両親に気を使って飼えないのにさ」
実際、あのあと母親にすごく怒られた。
「いい話じゃないッスか」
「そうか? ダセえよ。ネコは腹が減っていただけだろうし」
「でも、心温まるッス」
コイツのツボがなにか、よく分からん。
「ごちそうさまッス」
俺たちは片付けを始めた。
「食べ終わったらどこに……」
クルミが、俺から視線をそらす。
その方角には、泣きながら母親を呼ぶ小さい少年が。泣きわめき、必死な声で親を探す。
「行くぞ」
俺は立ち上がった。いそいそとシートを片付ける。
「え、ええ。急がないとッスよね」
バスケットを、クルミは自分のリュックへと直す。
「すまんクルミ、ちょっくら予定を変更する」
「は、はい!」
さすがクルミだ。俺の言葉を瞬時に理解したらしい。
少年に歩み寄り、声をかけた。
「パンダコーナーで、親とはぐれちゃったらしいッス」
あの人だかりでは、仕方なかろう。
「俺は係の人を呼んでくるから、クルミはコイツで、あの子にジュースかお菓子を買ってやってくれ。気持ちを落ち着かせて、なるべく情報を聞き出すんだ。無理ならせめて、側にいてやってくれ。落ち着くから」
「アイアイサーッ!」
千円札を渡して、クルミに少年の番をさせた。
その間に、俺は係員を呼び止め、事情を説明する。
係の女性従業員は、俺の顔を見て一瞬顔をひきつらせた。
だが、すぐにプロの顔へと戻る。
大人の女性すらビビる顔を持つ俺が行っても、少年が余計に泣いてしまう。なので、人当たりのいいクルミに任せた。適材適所ってやつだ。
少年の親を探し、俺はひた走る。
あの子は、当時の俺と一緒だ。
一人ぼっちで、心細くて。
だから、俺はネコについて行ってしまったんだ。
そんなとき、誰かがそばにいるのは、どれだけ心強いだろう。
少しの間だけでいい。クルミには、あの子のネコになってもらう。
三〇分後、無事に両親と再開し、少年は帰っていった。
「よかったな」
「きっと、先輩をGから救ったネコさんも、先輩みたいにかっこよかったんだと思うッス。先輩素敵ッス」
うれしいことを言ってくれる。
「悪かったな。せっかくのデートが、こんな形で終わるなんて」
迷子の親を探している間、もう帰らないと行けない時間に。
「いいッス。あたし、先輩が優しい人だって知ってるッスから」
「そうなのか?」
「あの場面で、子供を見過ごすような人だったら、あたし、先輩のこと、好きになんかなってないッスよ」
俺は、胸が熱くなる。
「どうしたんスか先輩? 惚れ直しちゃいました?」
「なんでもねえっ」
言えるわけがねえ。
俺も、同じことを考えていたなんて。
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