ウザ後輩は、やっぱり「あーん」してほしい

 やはり、アンズ会長は知っているんだ。


 俺たちの関係を。



「あなたが、食いしん坊だってこと」

 返ってきたのは、意外な回答だった。



「ハンバーグだけじゃ足りないんでしょ? おうちでも、サイドメニューのポテサラを、容器が空になるまで食べていたじゃない」


「そ、そのことですか。人前で恥ずかしいです」

 クルミは、アンズ会長から目をそらす。


「恥じることなんて、ないから。食べられるって元気な証拠だよー。元気に育って、お姉さんはうれしいぞー」


「そ、そうですね」

 ホッとしてるのが、クルミの顔色で分かる。


「でもさ、クルミの男性不信が治ってよかったって思ってるよー」

「なんのことでしょう?」

「だってさ、リクトくんと密着しても、嫌な顔しないでしょ?」


 またしても、俺は心臓が跳ね上がった。


「おねーさんはうれしいよ。クルミも成長してるんだなって」

 ハグをしようとしているのか、アンズ会長が両手を広げる。



「ありがとうございます」

 なのに、妹の方はこの塩対応。


「やーん、かわいくない!」

 お姉さんにプンスカ怒られて、クルミもビクッとなる。


「もー、こうなったら、無理やりデートさせてやる! 誠ちゃん!」


「んあ?」

 俺たちの会話を聞きながら、誠太郎は野菜ジュースを飲んでいた。のんきだな。


「明日試験休みじゃん。遊園地に行きましょう! この二人も交えて!」


 なぬ? 


「別にクルミが、リクトくんのこと嫌ならいいよ。無理しなくても。でもでも、クルミだってリクトくんなら平気でしょ?」


「ええ、まあ。嫌いではない、です。助けてくださいましたし」



「でっしょー。だったらさ、クルミの対人苦手を克服するお手伝い、頼んでもいいかな?」


 俺は、クルミを向き合う。


 クルミの方も、困惑気味だった。


 なぜ、そんな状況になるのか。


「なんでまた、そんな急に」

「実は、遊園地のチケットが当たってしまったのです」


 球技大会の備品を買いに、生徒会で商店街を回っていたという。

 ちょうど、福引していたので、ついでに回そうぜというノリになり、アンズ会長が代表として回したのだ。


「誠ちゃんがおうどんくれたので、私はこの遊園地チケットをお返ししようと考えついたのです。でもこれは、家族チケットだったのです。四人同時プレイ」


 アンズ会長が、俺たちの前で指を四本立てた。


「他の生徒会には、声をかけなかったんだな」


「全員が『えーっ、二等のナンテンドー・タッチがよかった』とか抜かしやがったので、上げませんでした」

 大人気なく、アンズ会長が口をプクーとふくらませる。


「あいつらデート慣れしているらしくてな、興味ないんだと」と誠太郎が言う。


 意外と貞操観念薄いよな、我が校は。


「斉藤家だけで行けばいいじゃんか」


「やーだやーだーっ! あんな退っ屈な家族と、顔を突き合わせなきゃいけないなんて、やだーっ!」


 一言だけで、会長が家をどう思っているのか分かった。


「ですから、お二人にもついてきてもらいます」


「クルミ……さんは、ついてきていいんだな? 同じ家族でも」

 思わず呼び捨てになりかける。やばかった。


「妹はかわいいもーん。それに、たまには姉らしいこともしてあげたく」


 ムフフと笑みを浮かべているので、どうも良からぬことを企んでいるっぽい。


 ともあれ、クルミとアンズ会長が打ち解けあっている。微笑ましい。


「先輩の方こそ、よろしいのですか? あたしのような無愛想な女は、退屈なのでは?」


「と、とんでもない。よろしく」


「了解を得ましたので、ご一緒致します」


 アンズ会長が「かたっくるしーなー」と言いつつ、話をまとめる。


「日時は、来月の日曜でいいよね? ちょうど、その頃くらいにテスト勉強も始めなきゃだし」


 俺たちのバイト先を気にして、アンズさんは休暇の相談ができる余地を与えてくれた。抜かりない。


「じゃあ、メッセで詳細を後日贈ります。よろしくて」


「異議なーし」

 誠太郎が意見をまとめて、解散となった。


「ごちそうさま。ありがとう誠ちゃん」

「いいっていいって。オレもごちそーさん」


 二人がトレーを片付けに言っている間に、クルミが大胆にも口を開ける。


「せーんぱいっ」


 こいつ、あ~んさせる気だ!


 俺は、最速のスピードで、カレーをクルミに食わせた。


「んん! ゴホゴホ!」

 量が多すぎたのか、クルミがむせる。


「どうしたの、クルミ?」

 アンズ会長が、何事かと振り返った。


 しゃべれない中、クルミは手を顔の前でひらひらさせる。「なんともない」とアピールした。


「がっつかないの」


 コクコクと、首肯だけでクルミは返答する。


 クルミも俺も食べ終わり、トレーを返した。


「じゃあ、このまま帰るから。おつかれさま」


 戻ってきたアンズ会長が、クルミの腕を優しく引く。


「で、では、わたしもこれで」

 立ち上がったクルミは、頭を下げた。


「おう、おつかれさん」

 俺は手をふりかけたが、誠太郎の目があったのでやめておく。


「それじゃ誠ちゃん、後でね」


 アンズ会長とクルミが、食堂を出ていった。


「ホントに、クルミちゃんとはなんともないんだな?」

「なんともねーよ」

「でも、いいと思うぜ。お前ら二人」

「褒め言葉と受け取っておくぜ」

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