ウザ後輩と、朝定食

 俺は早起きして、弁当を用意していた。


 あまり気合入れない。クルミも作ってくると言っているし。

 ここで変な対抗意識を燃やすと、またからかわれかねない。


「あら、お弁当?」

 起きてきた母親が、俺の作業を眺めていた。


「おい、ピクニックなんだ。ツレが弁当の見せ合いっこしようぜってうるさくて」

 適当にごまかす。


「時短弁当ね。手際が良いわ。その上、味も落とさないなんて」

 母が、俺の腕に感心する。


 別に俺は、俺にできることをしたまでだ。


「あんた、ほんとにお母さんの跡を継ぐ機はないのね?」


 もう何年も続く話題が、また始まる。


 正直、もう俺はウンザリしていた。


「人にモノを振る舞うのは、苦手だからな。責任も伴うし」

「残念だわ。あんたならホールスタッフでいいのに」


 俺の料理の腕を見込んでのことだから、ありがたい。

 だが、ウチで猫を飼えなくなる以上、俺は家を出る。


「俺には、俺の目的がある。ごめんだね」

「お母さんに使われるのは、イヤ?」


 母には、ペットを飼いたいことを話していない。

 ネコアレルギーなので、母が遠慮してしまうと思ったから。


「オフクロがイヤなんじゃない」


 フード業界に入るのがイヤなのだ。

 ネコを飼えないから。

 俺の事情で、どうしてもフードは避けたい。


「チヒロが起きたら、お前の昼は冷蔵庫にあるからレンチンしろ、って言っておいて」

「分かったわ。今日はのんびりするわね」


 背伸びしながら、母は自分で入れたコーヒーを飲んで、トーストをかじる。


「行ってくる」

 弁当の入ったリュックを背負い、俺は靴を履いた。


「リクト、朝食は? コーヒーしか飲んでないじゃない」

「現地で食おうって約束してるんだ。じゃあな」



 


 電車で数駅のところで下車し、目的の動物園へ。


 クルミは、すでに入り口で待っていた。


「遅くなったか?」

「バッチシッス。じゃあ、先に朝ごはんを食べに行くッス」


「この前のデートのときも、言っていたな」


「デート」と、一言つぶやき、クルミははにかむ。何を照れてんだよ? 


「あたしは、現地で朝食を食べる主義なので」

 カフェで一休みするのが、コイツの趣味らしい。


「なんで外なんだ? 家で食ったほうが安上がりだろ?」


 金持ちだろうと、ガキの小遣いなんて知れている。

 最近の学生なら、娯楽費などで軽く溶かすと思うのだが。


「親がジャンクを食べさせてくれないからッス。朝限定のメニューってあるじゃないッスか。あれが食べたいんスよ」


「そっか。意外な趣味だな。でも知ってるか? ファーストフード店って看板を見ただけで貧乏になる確率が上がるって」


 将来的に収入が一〇%落ちると、聞いたことがある。快楽物質を求めて、健康に気を使わないから、という意味だろう。


「何を言ってるんスか? 世界三位の金持ちで、『投資の神様』って言われているウォーレン・バフェットの趣味は、ビル・ゲイツとハンバーガー食べに行くことッスよ。クーポンまで使うッス」


「詳しいな」


 今は二人ともバーガーショップのクーポン持ってるから、「一生バーガー食い放題」できるらしいが、言わないでおこう。


「七〇超える高齢なのにファーストフードの食べ過ぎで、バフェットは医者から『生きているのが奇跡』って言われているくらいッス。どの世界にも例外はいるんス」


 やけに説得力のある言葉だ。 


「経験にお金を使いたいんスよ、あたしは」

「いいことだ。えらいえらい」


 たいていの富豪は、そうやって知識を身に着けていく。

 だから、クルミの理屈はちっともおかしくない。

 贅沢三昧は、単なる成金の発想だ。


「それ、褒めてるんスかぁ?  なーんかバカにされているような」

「褒めてますっ」


 外食産業の社長を親に持っているから、俺は食べ慣れている。

 新メニューが開発されたら、「若い意見も聞きたい」と駆り出されたり。

 面白い経験だと思っていたが、フードに興味がないと関心が薄れていく。


「ここッス」


 クルミが入っていったのは、牛丼のチェーン店だ。

 

 イメージと違う。てっきりノマドワーカーが集うカフェか、終始JKで溢れかえるファーストフード店かと。


「朝から丼かよ」


 アグレッシブだ。


「どちらかというと、シャケ定食が目当てッス」


 たしかに! あれはうまそうだ。いつかは食ってみたいと思っていたが。


 シャケ定食はすぐに出てきた。さすが早い。


「いただきまーす」


 辛子入りの納豆を、クルミはグリグリと練り込む。

 子供のように、握り箸で。


「時間を忘れそうッス」


 納豆をかき混ぜる音が、朝の雰囲気とマッチして心地よい。


 ラッシュ時だと混んでいるのだろうが、今は休日だ。

 利用者は少ない。

 おまけにここは観光地である。もともと朝も遅かろう。


「おいひいッス!」

 納豆をゴハンで追いかけて、クルミは至福の時間を堪能している。


「あーうんめ。朝はパン派だが、ゴハンもいいな」


 シャケをほぐし、飯と一緒に口へ。自分が日本人だと思える瞬間だ。付け合せの皿並牛肉もうれしい。


 チェーン店の食事だろうと侮っていたが、なかなか。


 クルミは、飯を半分残している。卵には手を付けていない。

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