ウザ後輩と、食べさせ合いっこ

「ずっと不安だったんス。先輩は、未だにあたしが、助けてもらった恩で、恋人ごっこをしてるとしか思っってくれてないのかなって」



 こうやって、キャッチボールはすれ違っていく。クルミが投げたボールを、俺はまともに見てなかった。



 もっと、向かい合わないとな。


「プリン、もう一口くれるか?」

 俺は、あーんと口を開けた。


「先輩?」


「欲しい。クルミがくれたもの、もっとくれよ」

 だから、俺も正直に話す。


 これは、キャッチボールだ。


 クルミの本心なんて、どうでもいいか。




「多少は俺だって、わがまま言ってもいいよな?」

 今は、プリン一口くらいでいい。何かをクルミと共有したい。


 肩を震わせながら、クスクスとクルミが笑う。


「意地汚いッスねー。やっと素直になりましたか」

 いつもの邪悪フェイスが帰ってきた。


「うるっせー。俺も同じの食ってるだろ。いいからくれ」

「はいはい。ひな鳥ちゃーん。あーん」


 甘いプリンが、また俺の口に入ってくる。


「おいしいですかー?」



「うまいよ。クルミがくれたんだから」


「ブホオ!」

 正直に答えると、クルミは口を抑えて困った顔になった。


「どうしたんだよ、クルミ?」


「あうう。そういうところッス」

 俺も、あーんをおかえしする。自分の使っていたスプーンで。


「あーんしろ」


「ふぁい」

 俺が半ば強制的に指示すると、クルミは素直に口を開く。


「うまいか? まあうまいよな。人気だし」


「はい。ありがとうッス」


 同じものを分け合う。


 ただ、食い物を人にあげるだけ。

 なのに、これ以上ないほど心臓がバクバクした。

 幼い頃の妹相手にやったことはある。そのときは、なんともなかったのに。


「変だよな。同じものを食ってるのに」

 気恥ずかしくなって、俺は自分のプリンを食べようとした。



「ぱくっ」

 クルミの横顔が、俺からプリンをかっさらう。


「ふっふーん。油断してるからッスよー」


「あ、てめ! 最後のひとくちだったのに」


「だから、あげるッスから。あーん」

 結局最後まで俺たちは互いに食べさせ合った。


 プリンがなくなったところで、話題を変える。


「で、俺はどこへ連れて行かれるんだ?」

「人聞きが悪いッスねー、せっかくの後輩の誘いを」

 

 こんな後輩だからだろ。


「そうッスねー。次は、ピクニックにするッス」


 野外か。いいな。


「勉強しないのか?」


「そんなの、前日にやればいいッス。どうせ勉強漬けになるから、今のうちに羽を伸ばしたいッス」


 言えてる。


「今度は、あたしがお弁当を作ってくるッスよ」


「マジか?」


「こう見えて、家庭科はそれなりにできるんスよ。お裁縫だって」


 金持ちのお嬢様が料理とは。ちょっと想像できない。


「嬉しくないッスか? 大好きな後輩カノジョから、お弁当作ってもらえるなんて。めったにお目にかかれないイベントッスよ」


「確かに、特定の趣向を持つやつからしたら、憧れのイベントかもな」


 俺の不信感が顔に出てしまったのか、クルミが頬をふくらませる。 


「信じてないッスね? では本番でお見せするッス!」

 なんか、対抗心に火をつけてしまったようだ。


「家の人にバレないか?」


「お友達と行くってウソつくッス」


「なら、いいか」


「楽しみにしてるッスよ」


 去り際に、クルミを呼び止める。


「聞いておくが、何を作るんだ?」


「教えるわけないじゃないッスかー。いやだなぁ」


「違うっての。俺も作ってくるんだから。献立がカブったらヤバイだろ」


 クルミが絶句した。やはり、何も考えてなかったらしい。


 こいつ、本当に才女なんだよな? ネジが抜けているのでは? それとも、恋愛で舞い上がっているのか。


「何かリクエストはあるッスか? ちなみに、あたしは卵焼きがもう一度食べたいッス」


 図々しいな。まあ、難しいものを作ってこいと言われるよりマシか。


「お前が作れるものでいいよ。カワイイ後輩が作ってきてくれるなら、ぜいたくは言わない」


 どうした、クルミがフリーズしたぞ。


「ううう、先輩。そういうとこッスよ!」


 どこに照れる要素があった? 


「じゃ、じゃあ、あたしが全部リクエストするッス! それなら、逆算して先輩はかぶらないってことッスよね?」


 コロンブス的発想、ではないな。

 人はそれを、「丸投げ」って言う。



「あたしは、卵焼きさえあれば、何を入れてくれても構わないッス! 卵焼きだけってのはナシで」


 ことごとく図々しいなコイツは。あやうく「フル卵焼き弁当」を作るところだった!



「もう前日の残り物でも、スーパーの特売でもいいッス!」


「じゃあ俺も、お前が得意なやつで構わないから。料理は無理したら終わりだ。変に肩の力が入るからよ」


 これは実際にそうだ。

 いくら相手のためにと思っても、ただのエゴだったりする。

 聞いておくのはアレルギーくらいだろうか。


 幸い、クルミはなんでも食えるらしいので、そこは安心していいか。


「おやつは、とくに規定はないッス。というか、現地で食べるッス!」

「わかったわかった。じゃあ、次の土曜な」

「首を洗って待ってるッスよ、先輩!」

 なんで果たし合いみたいになってるんだ?

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