第二章 後輩ウザかわいさが、とどまるところを知らない(自称

ウザ後輩と、プリン

 数日後、球技大会が始まった。


 とんだタヌキだぜ、クルミのやつは。


「あんにゃろ」

 俺は遠目から、クルミの的あてを見ていた。


 スポスポ抜いてやがる。フォームもきれいだ。

 この間のデートはなんだったのか。


「できるなら、楽勝だったじゃねえか」


「おーいリクト、行ったぞ」

 誠太郎の声に反応する。


 バスケットボールが、俺に飛んできていた。


 邪魔だな。クルミが見えないじゃないか。


 俺はボールを掴むでもなく、受け流すようにゴールへと投げつける。


「入った。ナイス!」

 誠太郎がはしゃいでいた。


 どうやら、俺のシュートはカゴに入ったらしい。男子がうなっている。


 しかし、俺の視線はどうしてもクルミに向く。


「スーパープレイなのに、うれしくなさそうだな」

「それどころじゃねえ」

「女子が気になるか?」

「うるっせ」


 結局、俺たちは予選で敗退した。

 やる気がなかった俺のせいではない。

 運動部が大勢いる組が強すぎる。


「的あてやろーぜ」


「おう」

 俺の番が回ってきた。ひょい、と投げてみる。


「あれ、当たった?」

 一発で、的を抜く。


「えー、リクトすげーじゃん」

 身体の力がいい感じに抜けているようだ。


 いともたやすく、俺はプリンをゲットした。


「お前すげーじゃんリクト! 秘密特訓でもしたか?」

「いやいやいや、してない、してない」


 あれは特訓ではない。クルミとのやりとりは、ただの練習だ。


「なんかコツ教えろよ! オレもプリンほしい!」

「わっかんねーよっ。適当にやれば当たるだろ。お前は運動神経いいんだからっ」

「それもそうだな」


 うまくヨイショして、難を逃れる。


 俺のアオリが良かったのか、誠太郎はプリンこそ逃したものの、三等のうどんタダ券を手に入れた。


「やったぜー。これアンズさんにあげよーっと」

 ウドンごときで、大はしゃぎである。


「アンズ会長って、学食のウドンとか食うの?」


「んや。でも食ったことないから、興味はあるらしいってよ。安っぽいつゆがウマいから、オススメだな」

 終始、誠太郎はウキウキしていた。




 大会後、俺は例の公園で、クルミと落ち合う。


「お前めちゃくちゃ運動神経いいじゃねえか。俺に黙ってたな?」


 クルミのチームはバレーだったが、一年の部でトップになった。


「誤解ですって。バレー部の子がリードしてくれただけで」


 実際、バレー部がボールを拾いまくっていた印象はある。


「それより、的あてだ。お前、実は得意だったろ?」

 的あての事情を、クルミに問いただす。


 クルミは手に、購買のプリンを持っていた。全てのパネルを抜いたのだ。


「まぐれッスよ。強いて言うなら、先輩の目がなかったからッス」

 プリンを口へ運び、クルミはうっとりした顔になる。


「俺がいると、緊張するか?」


「意識しちゃうっつーか、先輩をからかう方に神経が持っていかれちゃう?」


 いい趣味してやがるな、コイツは。


「先輩の方こそ、上手なら上手だって言ってくれれば」


「まぐれだよ、俺だって」

 俺もプリンを開ける。


「じゃあ先輩、あーん」


 クルミがスプーンで、俺の一口目を阻む。


「同じものじゃねえか」


 俺とクルミは、どちらも同じプリンだ。少しも味は違わないはずである。

 

「いいじゃないッスか。人からもらうのは、また格別な味がするッス」



 スプーンが、俺の口に近づいてきた。

 さっきまで、クルミが使っていたスプーンが。


「お前ホント躊躇ねえよな」

「先輩だからッスよ。この間キーホルダーもらったお礼ッス」


 では遠慮なく。


 うまい。口の中でとろけるってのは、こういうのをいうのか。


「ありがとなクルミ。でもいいのか、もらって?」

「いいんスよ。アンズ姉さんにあげるつもりだったッスから」

 クルミは、俺が口をつけたスプーンを、なんのためらいもなく使う。


「そうだったのか」

「でも、気持ちだけ受け取りますから食べなさい、と返されたッス」


 誠太郎から、うどんのタダ券をプレゼントされた後だったらしい。


「いいお姉さんだな」


「自慢の姉ッス。はいあーん」


 もう一度、あーんをさせられる。


「悪いな、クルミ。なんか返さねえと」


 何気なく、口から出た一言だった。


 しかし、クルミは少し寂しげな顔になる。


「……先輩、あたしのやってること、迷惑ッスか?」


「んは?」


「先輩は、お礼とか貸し借りとかじゃないと、こういうことしちゃダメな感じッスか?」


 想定していなかった質問が、飛んできた。


「あたしは、いいんスよ。好きでやっているんで。先輩のこと好きだから、やってるんス。でも先輩は気を使ってくれてて、迷惑なのかなって」

 自信なさげに、クルミは聞いてくる。


「すまん。事情は分からんが、困らせたか?」

 ここまで思ってくれていたのか。

「なんか、こういうのに慣れていなくてな」


 俺はてっきり、おちょくられているのかとばかり。俺と付き合っているのも、罰ゲームなんじゃないかって思っていた。


 しかし、今のクルミの様子に、ウソを付いている気配はない。

 いつの間にか、俺はクルミと交際する口実をつくっていた。




 でもクルミは違う。全力で俺のことを考えてくれていたんだ。

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