ウザ後輩との仲を、隠し通す。

「ただいま」

 玄関を開けると、妹のチヒロが走ってきた。




「おかえりお兄ちゃん」


 珍しく、チヒロはよそ行きの服を来ている。紅白チェックのTシャツに、丈の短いデニムのサロペットスカートだ。中学生の割に見た目が幼いチヒロに、よく似合っている。


「おう。今日はどうだった?」

「部活のメンバーと勉強してた。家にお呼ばれして、四人で」


 チヒロは笑顔で話す。


 よかった。友だちができたみたいで。


 って、よそ様の家だと?


 しかし、クルミの言葉が、頭をよぎる。


「なあチヒロ、その中に男子はいなかったか?」

 チヒロの両肩を掴み、俺は尋ねた。


「いるわけない。男子部員は男子で集まってたらしい」

「そっか。すまんな。チヒロを信じてなかったわけじゃないが」

「お兄ちゃん以外の男子に興味ない」


 それはそれで問題発言だぞー。


「でも、今日は一日、お兄ちゃんがいないから寂しかった」

 そう言われても。まだ、兄離れができていないか。


「お前は、クラスとか部活で、男子と仲いいのか?」

「しゃべらない。事務的な会話もないかも」

「そっか」


 何をホッとしてるんだ、俺は?

 クルミが成長したなら、見守るのが兄ってもんだろうが。

 どうして兄が妹を独占できると思った?


「好きな人ができたら、教えてくれな」

 妹は「うん」といった後、間をおいて尋ねてくる。


「そういうお兄ちゃんは、どうなの?」

 射抜くような視線が、俺に向けられた。


「お兄ちゃんにカノジョできたら、教えてくれるの?」


「お、おう、ちゃんと話すよ。約束する」

 事情をさとられまいと、あくまで平静を装う。


「絶対」

 チヒロと指切りを交わした。


 すまん、妹よ。兄は嘘つきだ。


 あれをカノジョと呼んでいいのか?


 交際してくれるのはありがたい。けれど、付き合ってくれているだけなんじゃ、という疑惑も拭い去れなかった。


 メシの支度をしながら、クルミのことを考える。今日は何を……。


 スマホが鳴った。


「どうした、誠太郎?」

『いやな、お前んトコのおじさんから連絡あって、久々にウチ同士でメシでもどうだってさ』

「いいじゃんか」

 チヒロにも相談しに、二階へ向かう。

「おいチヒロ、聞いてたか?」

「うん、さっきマコちゃんからメッセきた」

 マコちゃんとは、誠太郎の妹だ。チヒロと同級生である。


 幸い、チヒロは着替える直前だったので、用意はすぐに済んだ。


 両親が帰宅し、さっそく誠太郎一家の待つ料理店へ。


「う、お……」


 夕飯も、中華料理だった。ラーメンメインで。それも、結構な値の張る店だぞ。

 誠太郎のおじさん、奮発したな。ラーメンにフカヒレ乗ってるし。


「いやぁ。親父が昇進してな。今日はお祝いなんだ」

「おめでとう」


 俺と誠太郎が、お茶で乾杯する。


 とはいえ、昼に続いて夜もラーメンか。


「どうしたの、リクト。あんまり箸が進んでいないようだけど。食欲ないの?」


「ああ、実は昼もラーメンだったんだ」

 誠太郎に悪いので、小声で母に伝えた。


「そうだったの? じゃあ餃子だったら食べる? 臭わないニンニクを使ってるんですって」


「ありがとう。そうするよ。チャーハンちょうだい」


 チャーハンを回してもらい、俺はライス系メインで平らげていく。ラーメンはチヒロに選り分けてあげた。

 俺は、フカヒレを少しつまむくらいで留める。


「わーい」

「からあげも食えな」

「お兄ちゃん大好き!」


 チヒロは大いに喜ぶ。隣に座るマコちゃんとシェアし合う。えらいぞ。


「誰かと食べに行ったの?」と、母が聞いてきた。


「え、いや。なんで?」

 チンジャオロースを食べながら、冷や汗を拭う。


 どうして、誰かと一緒に食事してきたと分かった?


「あんた、外食とかムダ遣いしないでしょ? 寮のある大学に入るんだとかで」


 言われてみれば。


「勉強を見てもらったんだ」

「誰かと一緒にゴハン食べたんでしょうねって。仲良くしているの?」

「それなりだな」

「よかったじゃない。勉強だけが人生じゃないわ。お友達とも仲良くね?」

「おう」


 俺たちの話を聞きながら、誠太郎がラーメンを豪快にすすった。


「勉強だったら、オレも見てもらいたかったなー」

「お前は学年一〇位圏内だろうが」


 しかも直感で解答する天才肌なので、教わってもなにひとつ頭に入らない。


「誰に教わったんだ? 鹿島か?」

「女子じゃねえか。違う違う。接点ないから」


 学年トップの図書委員を上げてきたが、俺は首を振る。


「仙道だ、仙道」

「え、あいつって、よその高校行ったじゃん」


「誰なの、その子?」と、母が誠太郎に尋ねた。


「秀才中の秀才で、勉強の鬼なんですよ」


 男子と聞いて、母はフンフンと安心したかのように首を振る。


「たまたま勉強していたところで、ばったり会ってな。俺の指摘してきやがってさ」

「あー、仙道のやつ、そういうとこあるよなー」


 オレもやられたわ、とは誠太郎の弁だ。


「で、せっかくだからって真向かいに座ってきた」


 遠くの高校に越して行ったやつだから、名前を出してもいいだろう。


「仙道の指導なら、中間はうまくいきそうだな」

「任せろ。生徒会で赤点なんか出すかよ」

「仙道に電話するかな」


「待て待て。向こうも忙しいだろうからさ」

 俺は、誠太郎がスマホを操作しようとしたのを止めた。


「だな。そもそも仙道の番号、機種変したかで変わってたな」

「引っ越しの際にデータが吹っ飛ぶなんてのは、よくある話だ」

「それもそうか」


 こうして、誠太郎の親を祝う会は、にぎやかに終わる。

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