ウザ後輩と、キーホルダー
喫茶店を出ると、もう一六時になろうとしているではないか。
「おー、もうこんな時間ッス」
そろそろ太陽も、夕日になろうとしている。
「帰るとするか」
だが、クルミはまだ名残惜しそうにゲーセンコーナーを見ている。視線の先には。キーホルダーのクレーンゲームが。景品は、俺がカバンに付けているものと同じだ。
「お前、あれが欲しいのか?」
「欲しいっていうか、決して先輩とおそろいの品が欲しいわけでは! でも、持ち帰るとデートしていたことがバレてしまうから、ほしいとも言えず!」
両手をバタバタさせて、クルミは「内心では欲しいです」とアピールをしていた。それくらい、俺にも分かるっての。口に全部出てたし。
「任せろ」
俺は一発で、クルミが欲しがっているであろう景品をゲットした。
「ふわあ」
さすがのクルミも、感心しているらしい。
「ちょっとは、先輩らしいことできたかな?」
キーホルダーをクルミに差し出す。
「ありがとうッス。でも、上手ッスね?」
「これも、妹にねだられてうまくなったってだけで」
俺は頭をかく。
「持って帰ると、遊んでるのがバレるんだよな?」
「平気ッス。気晴らしで遊んでたら取れたってウソこくんで」
嬉々として、クルミは自分の鍵にキーホルダーをつけた。
「すいませんッス。何も返せなくて」
「いや、これお礼だから」
「え、お礼とは?」
不思議そうな顔をしながら、クルミは首をかしげる。
「お前さ、俺が遊びたいゲームを我慢していたの、知ってたろ?」
「気づいてたんスね」
苦笑して、クルミは視線を俺から外した。
「気を使わせちまったからな。こんなことくらいしかできないけど」
「いいんスよ。付き合ってくれているだけで、あたしはうれしいんスから」
広々とした車内で、シートに離れて座る。
クルミは読書を始めた。しかし、一向にページが進んでいない。形だけだな。
遠くのクルミを意識しながら、夕日を眺める。
電車を降りて、クルミが頭を下げた。改札を抜けても、俺の後をクルミがついてくる。どうしたってんだ?
「いいのか? バレたらヤバイだろ」
「夜道は危険ッスからね。守ってくださいッス」
関係を尋ねられたら、「勉強の帰り道にたまたま出会って、ガードっしてもらっていた」と、通すらしい。
「いや、無理があるだろ」
「それでも通すッス」
根拠のない自信はどこからくるのか。
「楽しかったッス。今日はありがとうッス」
「俺も楽しかった。なんだかんだいって、色々あったよな」
これでつまらないデートだったら、二度と会ってもらえないだろう。要所要所でウザかったが。ともあれ、楽しんでくれてよかった。
「今度はもっと、まったりしたいッス」
結構な時間、一緒にいた気がする。けれど、もっといたいという気持ちにさえなった。この感情は、なんなんだろうな。
「行きたいところはあるか?」
俺の後をついて歩きながら、クルミは「うーん」とうなった。
「できれば、先輩のおうち行きたいッス」
無理だと分かっているのだろう。クルミは苦笑する。
「もしくは、遠出とか。遠足とかじゃ行かないところがいいッス。ユルイ山道とか」
林間学校となると、トレーニングだからな。どうしてもキツい山を登ることになる。
「親の許可がいるだろ」
「そうなんスよねー」
クルミの家は厳しい。放任主義のウチとは大違いだ。
「妹さんは、カレシとか作らないんスか?」
「まだ中学生だ。自分の楽しいを優先するさ」
チヒロは男子どころか、他人と仲良くするタイプではない。屋内だけですべてが完結するタイプで、家に友達を連れてくることもなかった。
「そうかなー。実はお兄ちゃんに黙って、こっそりデートしていたりしてププーウ」
「ま、まさか。あいつに限ってそんな」
とはいえ、もう中学生だ。ハメを外すことだってありえる。
「ソワソワしてやんの」
考え込む俺を、クルミはからかう。
「あいつは友達もいなかったんだ」
「どうなんスかねー。部活を始められたんスよね? お友達くらいならいそうッスけど」
ボードゲーム部だし、一人ではできない。必然的に人と接するくらいはあるだろうが。
「女子ばっかりだって聞いたぞ」
「実は部活自体が、男子と仲良くなる口実で」
「ババババカな」
「何、うろたえてるんスか、可愛すぎッスよ」
クルミが俺の肩をバンと叩く。
「てんめ、不安になるようなコト言うなよ」
「でも、仲のいい友達ができてるといいッスね」
唐突に、クルミの表情が真面目になった。俺に向けて笑みを見せる。
「そうだな」
ずっと閉じこもっていたからな、妹は。
家族以外と口をきいたところなんて、見なかった。
「じゃあ、あたしはここで。今日はありがとうッス」
「おう。こっちもありがとうな」
言い訳がなくても、俺はクルミと付き合いたい。
こいつがそんな関係を望んでいるなら。
バカか。なに一人で舞い上がってるんだ。
あいつは秘密を握っているから付き合っているにすぎないのに。
異なる意見が、俺の中で反発し合う。
クルミの本心が知りたい。
「なあ」
俺はクルミの背中に呼びかけた。
「また逢ってくれるか?」
振り返ったクルミは、頬が赤くなっているように見える。しばらくの沈黙があったあと、クルミは口を開く。
「逢ってくれるんスか?」
真剣な顔で、クルミが聞いてきた。
「いやいやいや、お前がいい出したんだろ。デートしようって」
また、小悪魔フェイスに戻る。
「どうしたんスか? 本気になっちゃったッスか?」
「うるさいよ。で、どうなんだ? まだ続けるのか?」
「次のデートは、球技大会の後で」
手帳を出して、お互いの予定を調整する。
「ちょうどいいな。中間が待っているし、また勉強するか?」
クルミは首を振った。「試験中はナシで」と付け加える。
「これまでとは、違うところに行きたいッス」
「お前はリードしてほしいタイプか、それとも、自分で全部選びたいか?」
「どっちもやりたいッス」
そう言って、クルミは手を振って去っていく。
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