ウザ後輩と、あーん 2
「ぐっ!」
アイスで作ったクマの愛らしさに、俺はグッときてしまう。
「見た目がクマさんみたいで、可愛いッス」
「ああ、『白くま』ではないけどな」
鹿児島の名物『白くま』は、ミルク味のかき氷だ。一方、この店のクマはアイスクリームに小豆で顔を作っている。
「かわいい。動物はかわいいな」
思わず、俺はつぶやいてしまう。
「そうッスねー」
デュフフ、と、クルミがニヤケる。
「先輩がかわいいもの好きだって、意外ッスね」
ニヤニヤと、クルミが笑い出す。
「悪かったな。顔に似合わない趣味で」
「ごめんなさいッス」
なんのためらいもなく、クルミはスプーンを突き刺そうとした。
「いっただっきまーす」
「待った」
「は?」
スプーンを止めつつ、クルミは首を傾げる。エサをお預けされた犬のごとく、不機嫌なリアクションで。
「お前さ、こういうの、カメラには収めない派か?」
「なんで写真なんか撮んなきゃいけないんスか?」
本当にわからないのか、秒で返答が来た。
「なんつーか、映えっていうんだよな? 写真撮ってSNSにアップとか」
「あたしSNSやんないッス。禁止されてるんで」
お嬢様ぁ!
そうだった、こいつお嬢様なんだ。
財閥令嬢だったの忘れてたーっ!
「あのーもう食べちゃっていいッスか? 溶けちゃうッス。あたし、こういうおいしそうなの、おあずけされるのヤなんスよ」
よく見たらクマがスライムのように。こうしてはいられない。俺が写真に収めるか。俺のフォルダに入れたいんだし。
「わかったよ。じゃあ写真を一枚撮らせてくれ」
「えっ」
なぜか、クルミの顔が火照っている。
「ななな何をおっしゃてるんスか? ヘンタイッスか!」
胸を抑えて、クルミが後ろに引く。
「なんでフルーツポンチを写真に撮るのがヘンタイなんだよ!」
「ヘンタイじゃないッスか! 女子が大口開けてアイスを食べる姿を永久保存するなんて!」
そうか、コイツは自分が食っている姿を俺が欲しがっていると。
「フルーツポンチだけ撮らせてくれ」
俺が言うと、クルミはまた自分を抱きしめた。
「まさか、『今からあたしの胃袋に収まるクマ』になる妄想して、食べられる自分を思い描きながらドMを満喫しようと!」
「もういいわ食え!」
クルミが自分の身体を抱きしめている間に、不格好ならがシャッターを下ろす。
こんな問答をしている間に、白くまアイスはフルーツの盛り合わせに溶け込んでいた。
「あーでも、ちょうどいい甘さッス」
相当ウマいのか、クルミは終始幸せそうだ。
「アイスが全然、甘くないんスよ。ミルクだけで作ってあるみたいッス。フルーツを缶詰ごと入れてるッスね。強めの甘味を、冷えた無糖ミルクが引き立たてるッスね」
クルミの食レポを聞いていると、こっちまで腹が減りそうだ。
「ミックスジュースも、思っていたほど甘さがなくて、優しい味ッス。もっとギットギトの甘ったるさを想像していたんスけど、果物の甘さをそのままミルクと混ぜた感じッスね」
「うまそうにレポートするな、お前」
ここはコーヒーを頼むと、ビスケットのアソートがお茶請けでもらえる。それでも物足りなくなってきた。ケーキでも頼めばよかったか。
「先輩も食べてみるッスか」
ミルクがたっぷりかかったさくらんぼを、クルミがスプーンですくう。
「はーい先輩、あーん」
俺の口に、クルミがさくらんぼを近づけてきた。
「ほらほら遠慮しないでいいッスよ。デートっぽいっしょ?」
「じゃあ」
口を開けて、俺はさくらんぼを受け入れる。
「ホントだうまい!」
強烈すぎる甘みを、ミルクが上手にコーディングしてくれていた。クマの顔を食べてしまうのはもったいない。
が、食べなければそれはそれで、かわいそうな気がする。そんなジレンマすら、この味は吹き飛ばしてくれた。おいしいは正義だ。
「てっきりスイーツ感を主張してくるもんだと思ったけど、これならいくらでも食えるな」
「砂糖があまり手に入らなかった当時の料理を再現したんスかね。はむ」
俺が口をつけたスプーンを、クルミはためらいなく使う。
一瞬間をおいて、クルミは赤面した。気がついたのだろう。
「ありがとうな」
「遠慮しないでほしいッス。ごちそうしてもらってるんスから」
クルミは気にしないでくれているが、こっちは照れくさい。
「それはそうと、先輩」
「なんだ?」
クルミの視線は、俺が吐き出したさくらんぼのヘタに向けられている。
「先輩って、キスがヘタっそうッスね?」
「ぁあん?」
俺は、口を抑えた。
たしか、さくらんぼのヘタを口の中で結べるやつは、キスがうまいんだったよな。
コイツ、試してやがったのか!
「こういうのはそんなの意識して食わねえっての!」
「ほーお。では意識したら、口の中で結べると?」
「しねえよ!」
あやうく誘導尋問されるところだった!
「仕方ないッスねー。じゃあ、そのときが来たら……」
俺の背中に、冷や汗が伝う。
「リードしてあげるッスね」
スプーンでクルミがすくい上げたのは、きれいに結ばれたさくらんぼのヘタだった。
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