ウザ後輩と、しろくまアイス

 俺も、クルミが解いている問題を目で追いかける。

 しかし、俺の学力で解読できるわけもなく。


「はーあ。もう中断するッス。頭がパンクするッスよ」

 猫のように、クルミが机に腕を伸ばす。


 時計を見ると、もうかれこれ二時間勉強していた。


「割と、はかどったな」

「そうッスね。でも、これ以上の集中は逆効果ッス。かえって気が散っちゃうッス」


 人間が集中できるのは、どれだけ訓練された人でも三時間が限界らしい。


 俺もアクビが出てきた。そろそろやめ時だろう。




 席を立ち、本屋から出た。


「今日は誘ってくれて、ありがとうな。おやつでもおごろう」


「やったーっ! 先輩大好きッス!」

 バンザイしながら、クルミが喜ぶ。


 俺は、顔が熱くなった。


「どうしました、先輩?」

「別に何も」


 言えない。おふざけでも「大好き」と言われて、心臓が飛び跳ねそうになったなんて。


「ひょっとして、あたしのような超絶美少女に『大好き』ってふざけて言われてもテンション爆上ゲしちゃった、なんてコトないッスよね?」


「も、もちろんだ!」

 流れに任せて、ごまかす。


「もう一回、フードコートに行くか? ドーナツがあるぞ」

「どうしましょうかねえ。おごりッスよね。もうちょっと奮発してくれても」

「お前、図々しいな」


「甘えられる時に甘えるッス……お?」

 本屋のすぐ隣にある珈琲店に、クルミは反応した。


 昔ながらの佇まいで、昭和どころか大正を思わせる。ミルクホールと呼称しても差し支えない。


「いい感じのお店ッス。ここにするッス」

 引き込まれるかのように、クルミはなだれ込んだ。


 俺はブレンドを。クルミはミックスジュースを頼む。


「ねえねえ先輩、あとこのフルーツポンチもらっていいッスか? ちょっとお高いんスけど」

「いいぜ。遠慮するなよ」


 幸い、給料にはまだ手を付けていない。

 急な出費に対応できるくらいには、余裕があった。


「やった。先輩愛してるッス」


 愛が安すぎる!


 メニューを待っている間、クルミが店内を見渡す。

「ここ、いいところッスね」


「普段は、両親の車に乗せてもらうんだけどな」


 最近になって、両親はやたら忙しくなった。ここで買い物したいときは、電車を利用することにしている。


「ご両親は何を?」


「親父は普通のリーマンだよ。出世して、部下をいっぱい任されるようになった。おふくろは最近起業して、ケータリングでアジアンデリを売ってる。昔からやりたかったらしい」


 母親は一人娘で、祖父母は実家の定食屋を継がせたかったらしい。

 だが母は、実家の味を地元民にだけではなく、全国展開したいと思っていたという。

 家にあった軽トラックを移動販売用のキッチンカーに改造して、屋台も兼ねたデリバリー食堂に改造した。これが大当たり。


「大変ッスね。でもかっこいいッス」


「二人三脚だよ。でも、仕事が楽しそうでなによりだと思う。イライラしながら働いている両親は、もう見たくない」


 俺の一言だけで、クルミは察したらしい。


「苦労が、あったんスね」


 幼少期は、両親が共にピリピリしていた。

「本当にできるのか」

「育児は誰がやるのか」

 など、俺たちには見せないところで話し合いをしていたのを思い出す。


「だから、本当に小さい事業からスタートして、ようやく軌道に乗せた。子育てしつつだったから、トラブルも多かったけど」


 母の金で、家を建てた。

 母に好きなことやらせたいと、父は安定した職についている。


「ご両親に楽をさせたいと、勉強を頑張ってる感じッスか? いい大学に入って、いい会社に入ってと」

「あーっ。ま、まあ、そんなところだ。うん」

「歯切れ悪いッスね?」

「気のせいだよ」


 クルミの未来予想図は、まったく違う。





 俺は、ネコが飼いたいのだ! 





 しかし、俺以外の家族が動物アレルギーなので、ペットを飼えない。

 

 しかも、母親はフードを扱っているので、衛生面からも自宅では絶対に飼えないのは目に見えている。「将来は自分の店を持ちたい」って言っているし。


 よって、俺はニャンコと過ごす部屋に憧れ「ペット持ち込み可の学生寮」も探したのだ。


 しかし、あるのは農業を扱う大学の物件ばかり。


 俺は畜産に興味があるわけではない。ペットが欲しいのである。


 農業大学なんかに入ったら、必ず家畜に愛着を持つ。大事に育てた家畜を加工するとなった日には、俺はきっと泣く。


 一人暮らしがしたい。

 そのために学業に励み、バイトもしている。

 

 今の生活は快適だが、それとこれとは話が別だ。

 狂おしいほど、ペットと共に過ごしたい。


 なんなら、俺がネコのペットになりたいくらいなのだ。好きなだけ弄んでほしい。 


「どうしたんスか。理想のおうちでネコと戯れる妄想でもしていたんスか?」


「違うよ! なんでそんなにイメージがピンポイントなんだよ!」


 しかも、俺の心を見透かしたかのように正確に!


「おお、来たッスよ~」


 注文がテーブルに並ぶ。メロンの器に、缶詰フルーツがギチギチに詰め込まれていた。中央にはアイスクリームの半球が乗っている。アイスは、クマの顔をデフォルメしていた。

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