ウザ後輩と、勉強

「体に悪いものを食べたら、食べた分だけ運動するか、節制するかすればいいッス。子供じゃないんスから、体調管理くらい普通にやれるッス」


 突然、クルミの箸が止まった。


「それにしても先輩、運動神経鈍いッスね」


 歯に衣着せぬ物言いである。


「よさそうに思われるんだけどな。実際は超インドア派だ」


 むしろ勉強のほうが得意だったりする。

 ケンカも弱い。


 いじめっ子から妹をかばうくらいのことはあった。が、相手を追い払う程度で根本的な解決には至らない。


 強面に合わせようと、身体こそ鍛えている。だが、性格まで改善されているわけではなかった。いまだに俺は、ヘタレのままである。



「普通に、ガンシューの方がうまかったッスもんね。ヒットマンかと思ったッス」

「顔だけで判断してるだろ」

「あるいは、鉄砲玉?」

「それは刑務所に入る役割の人だ!」


 クスクスと笑った後、クルミは微笑む。

「でも、守ってくれたッス」



「あれは、お前を助けようと必死で」


 ニイ、とクルミは悪魔のような笑みを浮かべた。

「やだぁそんなに大切に思われていたんッスね、あたし。そんな魔性の魅力があったなんて」



「ねえよ」


「やだもー照れちゃってー。それだけあたしが大切だってことッスよねー?」

 頬に両手を当てながら、クルミは一人で盛り上がっている。


 まったく照れていないのだが。



「ごちそうさまッス」

「うまかったなー」


 よほどうまかったのだろう。クルミはアイスも平らげている。


「でもさ、デートでこのメシって。もっ豪勢にやりたかったんじゃないのか?」


 気を使わせてしまったか?




 クルミが顔を伏せる。

「先輩と二人で食べるッスから、どこでもいいんス。一緒にいてくれて、ありがとうッス」



「そ、そっか」



 こういうところだ。こんな一面があるから、クルミをキライになれない。



「デュフッ。ドキドキしちゃいましたか、せーんぱいっ?」



 クルミにはこういう一面があるから、気を許せなかった。


「ささ、勉強するッスよ。少しでも進めておかないと、言い訳できないッスよ」

 本屋へ向けて、クルミが駆け出す。


「はいはい」



 腹も落ち着いたので、次は本屋へ向かうことにした。


 これから向かう本屋には学習スペースがあり、本を読みながら自習ができる。さっそく、机を並べて介護関係の勉強をしている一段が。


「先輩、あっちに行きましょう」


 クルミが指す方には、老夫婦が座っているだけのスペースがある。ここなら、多少広々と使っても大丈夫か。


 迷惑そうなら、もう一度フードコートへ引き返してもいい。騒音さえ気にしなければ、くつろげるし机も広い。おやつが売ってある。今だと、激混みで集中できないだろうけど。


 俺たちは文房具を手に、自習スペースへ。テーブルの上に参考書とノートを広げた。


「ウザく絡んでくるなよ」

「さすがにそこまで無神経じゃないッスよ」


 小声で言葉をかわす。


 メガネをかけてシャーペンを握りしめた途端、クルミからウザい彼女の面影が消えた。そこに座っているのは、間違いなく才女である。


 ノートの取り方もきれいだ。並のJKみたく変にカラフルな線が走っておらず、無駄がない。



 彼女の学習する姿に、俺は思わず見とれてしまう。



「ん?」

 正面にいるクルミが、俺の視線に気づいたらしい。


「どうしたんスか? ひょっとして、教えてほしいッスかぁ?」

 小声といえど、ウザさ爆発のセリフが。


「結、構、ですっ」

 俺も小さく返す。


「それとも、勉学に励む美少女に見とれていたんスか?」

「いいから勉強しろ」

「はーい」





 またしても、クルミは優等生モードへ。


 俺はもう、勉強どころではなかったが、そうも言っていられない。頭を振って、無理やりノート取りに集中する。


「ん? お前そこ、計算間違ってるぞ」

「どこッスか?」


 クルミが、ノートを俺の方へ寄せた。


「ここ……!?」


 腰を浮かせて、クルミのノートに指をさす。そのせいで、俺はクルミの服を真上から見下ろす形に。


 こいつ、地肌の下に直接パーカー着てやがる! 俺はクルミのブラを直視してしまった。


「あっ、ホントだ! 気づかなかったッス」

「お、おう。よかったな」


 別のことに気づいてほしかったがな!


「どうしたんスか、先輩?」

「なあっ! なんでも、ねえ。すまん。作業止めちまったな」

「いえいえ。ありがとうッス」


 何も知らないクルミは、無邪気に礼を言う。だが、急にバタバタし始めた。慌ててファスナーを上げる音が。気づいたんだな。


 煩悩を取り払うために、俺は勉強に没頭した。 


 英語の長文読解、数式、物理の公式と。

 少し覚えては、軽く立ち上がって頭をリフレッシュさせる。


 短い時間で集中し、五分だけ休むを繰り返した。

 ネットの動画で見つけた「ポモドーロ・テクニック」という技法らしいが、俺には合っていたらしい。


 おかげで、テスト範囲はほぼ網羅した。


 一方、クルミは休まない。


「もう、受験勉強やってやがる。まだ一年なのに」


 俺の持っているヤツより難しい参考書を手に、猛スピードで式を計算している。


 テスト範囲なんて、とっくに終わらせていた。


 コイツは、何を見据えているのだろう。東大か?

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