ウザ後輩と、動物園

「仕上げは、卵かけご飯ッス」


 卵を別容器に割り入れて、クルミはしょう油を垂らす。ガーッと混ぜて、飯に流し込む。


「混ぜすぎると、泡が出ちゃうんスよね?」

「だから、切るように混ぜるといい」


 残しておいた皿並牛肉を乗せて、クルミはガツガツといく。


「ああ、すき焼きッス。口の中がすき焼きに」

「俺も真似すればよかった」


「食べます?」

 クルミが丼を差し出す。


「中身ねーじゃん!」


「へっへっへー」

 ニヤニヤ笑いながら、クルミは「ごちそうさまでした」と手を合わせる。


「ちょうど時間ッスね」

 腕時計で、クルミは開園時間をチェックする。




 チケットを買い、ゲートをくぐった。


「わあ。思ってたよりケモノ臭がすごいッスね!」

 歯に衣着せぬ物言いで、クルミはハシャぐ。


 入り口でこの匂いか。結構ナメてたな。

 排泄物の匂いがしないだけマシだが、人によっては受け付けないかも。動物好きの俺からすれば心地よいが。


「アフリカコーナーと、エサやりコーナーがあるけど、どっちがいいよ?」

「エサやりしたいッス! あたしはお腹いっぱいなので」


 ならばと、ウサギのエサコーナーへ。


 道中、俺は岩場で寝そべっているトラの赤ん坊に釘付けとなった。

 

 チビトラは、母トラに囲われながら、静かな寝息を立てている。


「先輩って、ネコ科だったらなんでもいいんッスね。節操なしッスね」

「人聞きの悪いコト言うなよ」


 クルミに手を引かれる形で、ウサギのエサやり体験へと向かう。


「ホレホレー。たんと食べるッス」

 長細いカット野菜を、オリの隙間から与える。


 ウサギはオリに歯を立てる勢いで、野菜をかじった。


「目が血走ってるッスねー。どれだけ飢えてたんスか?」


「ウサギの目は、もともとこんなんだ。かわいいもんだ」

 同じように、俺もウサギにエサを上げる。


 動物はいい。人と違って、素直で二面性がないから。

 分かりやすいのは正義である。


「先輩、時間を忘れてないッスか?」

「お、そうだった」


 エサやり体験には制限時間がある。


 子どもたちに席を譲り、鑑賞コーナーの方に進む。


「もう一回、トラを見に行っていいか?」

「ダメっす。次はペンギン見るッス」


 飼育員の後をヨチヨチ歩く、ペンギンを鑑賞する。


「かわいいッス」

 うっとりした顔で、クルミはペンギンの行進を目で追った。


「先輩、人に見せられない顔になってるッス」

 人の顔を見ながら、クルミがプッと笑う。


「マジか?」

 アゴをガクガクと動かし、ニヤケ顔を解除しようとした。


「別にニヤついてねーじゃんか!」

「さっき、溶けたアイスみたいな顔になっていたッスよ!」


 どんな顔だ!


 次にパンダを見ようと思ったが、混んでいて鑑賞しようがない。


「あ、先輩、カピバラ温泉ですって。見に行こうッス!」

「わーったよ」


 温泉コーナーでは、カピバラがユズ風呂に浸かっている。

 

 ボーッとした顔で湯船に浮かぶカピバラを見ていると、楽園にいるような気分になった。



「うわー、シャレにならないくらい、癒やされるッス」

「そうだな。何時間でもいられる」



 将来は、こういうくらいのゆったりした時間を過ごしたい。



「でも、カピバラは飼えないよなぁ」

「飼いたいんスか?」

「キーホルダーにするくらいには」


 俺がカバンに付けているキーホルダーは、デフォルメのカピバラである。


「なんかもう、それをつけている時点で威厳なしッスよね」

「いいんだ。妹からもらったって設定だから!」


 実際、それで騙し通せている、はずだ。


「でもなあ。ちょっと妬けちゃうッス」

「何がだよ?」

 

 温泉に浸かるカピバラを、クルミが指差す。

 

 カピバラの方は、我関せずと言った風に、湯船脇のキャベツをバリバリとかじっていた。

 

「あたしがお風呂上がりのところ、写メで送っても無反応だったくせに」


 こいつ、往来でなんてことを口走ってやがる!


「お前、隣のガキが変な目でこっち見てるぞ!」


 母親が「見ちゃいけません」って注意してるじゃねーか。

 

「でも悔しいッス! あたしのハダカがカピバラ以下だなんて!」

「だー! 大声でアホか!」

 

 周りのカップルが、俺たちに視線を向けてくる。


 クルミはなまじスタイルが良いので目立つ。


「カピバラの寸胴ボディに負けたんスね、あたし! 先輩なんて、いっそカピバラと添い遂げればいいッス!」


「やかましい!」


 いたたまれなくなったので、移動する。


「アイス買ってやるから落ち着け」

「わーい」


 俺がアイスをごちそうすると、クルミはガキのように喜んだ。


 単純なのか乙女心が複雑なのか。

 

 クルミが、ソフトクリームを舐め終わる。

「次はあっちに行くッス」


 鳥を紹介しているコーナーに。


 動かない鳥、ハシビロコウを鑑賞する。鋭い眼光で。ハシビロコウはこちらをじっと見ていた。


「ハシビロコウって先輩に似てるッスね」

「どこがだよ」

「微動だにしないところとか? 生徒会で、ずっと周囲を威圧してる感じッス。先輩たちさえもビビってるんッスよ」


 生徒会だと、俺ってこんな感じなのか?


「あれだけ周りを寄せ付けないのに、本人はヘタレって、ギャップ萌えッスよね?」

「うれしくない褒め言葉だな」

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