ウザ後輩による、泣きの再戦要求

「結構難しいッスね」

 クルミが、タオルを首筋に当てる。


 その間に、俺はコインを入れた。


「先輩、カッコいいところお願いするッスよ」

 クルミが俺に、柄にもなく黄色い声援を送る。

 


「おう、見とけよ」


 オレの球も枠に当たって、ゴン! と外れた。


「ギャハハハ! ダッサ! 言ってる側から外して、ダッサ!」

 クルミが腹を抱えて笑った。


「このやろ、見てろよ」

 俺は渾身の力を込めて、もう一球投げる。今度は盛大に外れた。



「惜しい!」

 言う割に、クルミはうれしそうである。






 ムキになればなるほど、枠に嫌われた。

 ゴムボールというのが曲者だ。コントロールも定まらない。三級連続で外す。真ん中が取れない。枠が狭すぎる気がした。



「案外難しい!」


「せーんぱい、一球でも当たったら、キスしてあげましょうかーっ?」

 冗談交じりに、クルミが投げキッスをよこす。



「やかましい、気が散る!」


 ゴン! 


「ぎゃははははは! 本気にしてやんの!」

 また笑われた。



「ラスト十秒ッス、先輩!」

 このままだと、俺も〇枚で終わってしまう。


 こうなったら、と、俺も連続投げを決行した。

 

 一球だけ、枠を捉える。


「え、待って待って待って!」

「よし、入れ!」


 だが、連続投げが災いし、ボール同士が衝突してしまう。

 枠を捉えるどころか、盛大に弾け飛んだ。


 結局一球も入らないで終了となる。


 クルミ、ホッとしてやがった。

 覚悟がないなら変な約束するなっての。


「まあまあ、初めてなんてこんなもんッスよ」


「んだよ偉そうに。お前だってノーコンじゃん」

「じゃあ、どーしてもっていうなら、再チャレンジします?」


 腕時計を確かめた。昼も回っていない。


「まだ時間があるし、もうひと勝負するか」

「そうっすね。汗もかいてませんし。それに……」


 クルミが、俺に顔を近づけ、耳の側に言葉を投げかけた。


「キスの約束もまだッスから」

「おま……」


「ギャハ! やーいやーい! 動揺してやんの!」

 俺を指差しながら、クルミが涙を流しながら笑い転げる。


「こいつ。本気にしちまうぞ」


「え」

 突然、クルミが真顔になった。


「いいから先やれよ」


 他にプレイ従っている人がいないことを確認し、連コインする。


「わ、わっかりました! とりゃー」



 ゴン!



「お前そればっかだな!」

 相変わらずのへっぴり腰である。


「黙ってろッスよ! せいやあらああ!」

 投げた瞬間、クルミは盛大にズッコケた。


「クルミ!」

 とっさに、俺は前のめりになったクルミを抱きかかえる。


「~~~~~~~~っ!」

「ケガはないか、クルミ?」


 奇跡的に、球が枠の中へ吸い込まれていった。


「おー、当たったぞ、クルミ!」

 一応、喜んでおく。


「あれ、クルミ?」

 なぜか、クルミが俺の左手首を掴む。





「この手はファールフライ、ッス」





 力のない声で、クルミは俺に顔を向ける。真っ赤に頬を染めながら。


 何事かと思って手を見てみる。俺の右手はクルミの腰を、左手は胸を鷲掴みしていた。


「あっ、すまん!」

 動揺して、俺は手を放す。


 クルミが立ち上がった。


「時間ッス。先輩投げてくださいッス」

 クルミが俺にボールをよこす。


「お、おう」

 とはいえ、混乱した手ではうまくコントロールできず、枠に阻まれる。


「どうしたんスか、先輩? キスが遠ざかっていくッスよー?」

 いつもの軽口が、クルミに戻ってきた。


 ひとまず、外枠左側の一枚を抜く。


「おーやったッスね!」

 手を叩いて、クルミが喜ぶ。


「せーんぱい」

「なんだよ」


 今集中しているから、後にしてほしいんだが。





「がんばって」

 潤んだ眼差しを、クルミが向けてきた。




 心臓が、過剰反応する。クルミに変な感情鳴って持っていないはずなのに、俺は動揺してしまう。



「ぐおおおおおお!」

 やけくそで、ラスト一球を放り投げる。



 タイム〇秒になったところで、ようやくもう一発当たった。しかもど真ん中だ。


「おーっ、先輩の勝ちッス!」

 ぴょんぴょんと、クルミがその場で飛び跳ねた。




 しかし、店員は手でバツ印を作る。




「え、無効?」

 制限時間直後に当たったので、記録にならないという。




「引き分けッスねー、残念」

 コイツ、うれしそうに。



「泣きのもう一戦、します?」

「なんだよ泣きって。一応、的に当たったのは俺の方だし」

「ムキになったらカッコ悪いッス。そんなにあたしと、ちゅーしたかったんスか」

「うるっせ」


 どうにか再戦に持ち込もうとしている、お前の方がカッコ悪いわ!


「えー、先輩の方こそ、肩が温まってないでしょーお? もう一戦しておいて、本番でガツンといいトコ見せたくないッスか?」


 言われてみれば、そうだな。

 このまま帰っても、体験しただけで終わりになってしまう。

 このゲームで、なにか気づくことがあれば、生徒会に活かせるかも。


「よし、泣き言とか言うなよ」

「先輩に言われたくないッスねー」

「言ったな。じゃあ、ラーメン賭けて、もうひと勝負だぜ」

「望むところッス。先行、てりゃー」



 ゴン!




 数分後、そこには息も絶え絶えな男女がいた。


「ぜーぜー、今日のところは、このくらいにしておいてやるッス」


 結局、お互い一枚程度という、なんとも不本意な結果に。


「ほ、他のゲームをするか」


 トボトボと、他のゲームへ向かう。

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