ウザ後輩と、的抜き

 翌朝、俺は外着姿でキッチンにいた。テーブルに腰掛け、カフェオレを飲む。


「今日もおでかけなの?」

 妹のチヒロが、みかんとバナナをミキサーにかけている。牛乳と一緒に。


「おお。今日は勉強会だ。中間試験がもうすぐだから、図書館にな」

「球技大会はいいの? 準備で、忙しいんでしょ?」

「誠太郎に任せてる。俺は、生徒会で提案をしたから免除だと」


 アンズ会長と誠太郎は、休日なのに球技大会の準備だ。

 できれば梅雨に入る前に、大会を終わらせたい。

 五月末は中間試験もあるし。


「ふーん」


 必要以上に、ミキサーが起動しているような気がする。


「スムージーが、シャバシャバになっちまわないか?」


「そうだった。考え事してた」

 慌てて、チヒロがミキサーを止めた。中身をコップへと移す。


「どうぞ」

「ありがとな」


 二人で、スムージーを飲み干した。


「うまい。やっぱりチヒロのスムージーは最高だな」


「えへへ」

 俺が頭を撫でると、チヒロがデレっとした顔に。


「じゃあ、行ってくるから。お前も勉強しろよ」

「今日は、私もお友達の家で勉強会」

「よかった。仲良くな」


「うん。行ってらっしゃい」

 玄関で、チヒロが俺に手を振った。





 デート当日、地元からやや遠いゲーセンへ。


 本当は、近所に行ければよかったが、俺が人の目を気にしすぎた。


 妹も朝から不機嫌だったな。「中間近いから、図書館へ勉強しに行く」なんて、ガラにもないことを言ったせいかも。中間なんて、まだ一ヶ月も先だし。


「家で手料理を食べてもらえる妹さんが、うらやましいッス。優しいお兄さんを持てて幸せ者ッスよ」


 頬に両手を当てて、クルミはうっとりする。今日の服は、ゆったりとしたグレーのパーカーを着ている。下はヒザまでのショートパンツに、黒のタイツだ。運動する出で立ちである。



 コイツがどこまで俺の事を本気で好きか、分からない。未だに、おちょくられているだけのような気がする。半年か一年後に、「ドッキリ大成功!」なんてボードを持ったクルミが出てきそうで怖い。


「家の人には、なんて言ってきたんだ?」

 金持ちの家だ。休みの日でものんびりできなさそうだ。


「勉強と、球技大会の秘密特訓に行ってくると」


 椅子に掛けたリュックには、教科書とノートも入れてあるとか。


「よく怪しまれなかったな?」


「そのために、普段から優等生のフリをしてるッスから」

 クルミが、力こぶを作る。


「生徒会の仕事は、手伝わなくてもいいんだよな?」


 今頃、誠太郎はアンズ会長と一緒に、商店街を回っているはず。


「他の役員たちに頼んだそうッス。備品については、彼らの方が顔が利くからと」


「助かった」


 俺たちは「アイデアを出してくれたからと」と、免除された。


「言い出しっぺなんだから、率先してやれ」と言われる覚悟はしていたのだが。


 どうせ俺が備品のレンタルを頼んでも、脅されるみたいに思われるだろうし。


「その代わり、当日は動いてくれって、お姉ちゃんから釘を刺されたッスけど」


「任せろ」と、俺は胸を叩く。


「じゃあ、朝は身体を動かして、昼以降は、本屋近くのカフェで勉強でもするか」


 十時から一二時までゲーセンで遊ぶ。昼食を挟んで一六時ごろまで勉強でいいのでは、とまとまった。


 いよいよ、駅近くのショッピングモールへ。そこの一階がゲーセンなのだ。


 クレーンゲームやモグラたたきなど、ファミリー向けのゲームが多い。


「広いッスね」

「俺がよく行くゲーセンは狭いぞ」

「生徒指導で、一度行ったきりッス」


 風紀委員を連れて、俺たち生徒会も見回りなどをする。といっても本当に見て回るだけで、ウチに不良なんてめったにいない。ゲーセン自体に活気がないのもある。


 俺のように、「ゲーセンに住みたい!」って程のバカはいないようだ。


 一人で遊ぶゲームを好む俺からすると、他人とゲーセンに行くこと自体が珍しい。ましてや、身体を動かすゲームなんて。


「コレが的当てッスね?」

「ああ。的めがけてボールを投げるんだ」


 時間制らしい。三分以内なら、どれだけ投げてもOKだという。


「勝負します? どっちかが負けたら、フードコートのラーメンおごるとか」

「昼、ラーメンでいいのか?」


 しかも、フードコートでいいとか。四〇〇円しないぞ。


「賭けるから面白くなるんじゃないッスかー。それに、あたしラーメン食べてみたいッス。安いの」

「そうか。分かった。負けた方がラーメンおごりな」


 楽しげにしているから、いいか。


「お先にどうぞ」


「えー、いいんッスかー? ミラクル起こしちゃうッスよー?」

 ゴムボールを手に、クルミが構える。


「見てて下さいよ、先輩! あたしが全部抜いちゃうッス」

 クルミはボールを振りかぶった。ガタガタな格好で。


「たあ」

 へっぴり腰で放り投げたボールは、高らかな放物線を描く。


 ハンマー投げじゃねえんだから。


 ゴン! という軽快な音が鳴った。案の定、外れである。


「とりゃー」

 またしてもゴン! と音が鳴った。


「もういっちょ」

 スカ。今度は枠にすら引っかからない。


「ていていてい!」


 ゴン、スカ、ゴン! 立て続けに投げるが、クルミの球は枠にことごとく嫌われる。


 クルミは一枚も抜けないまま、制限時間三分を使い切った。

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