ウザ後輩と、いっしょにホラー映画

 目的地までは、電車を使う。到着まで二〇分ほど。もちろん、行きも帰りも別々で。


 初デートは、定番の映画館にした。


 現在、朝の九時半だ。


 駅に着くと、クルミの姿はまだなかった。おかしい。先に着いているって連絡があったはず。


「コンコン」と、駅前のカフェで、窓を叩く音がした。

「せーんぱい、お待たせッス」

 店内で、クルミがそう唇を動かす。朝飯を食っていたらしい。


 俺も入店した。ブレンドのSと、軽くビスケットを一枚買う。


 クルミの格好は、オレンジのカーディガンと赤いチェックのミニスカートである。イスにPコートをかけていた。暖かくなってきたとは言え肌寒いからだろう。


 映画デートなので、俺はゆったり目にした。


「ふふっ、どうッスか、私服のあたしは?」


 いつも制服でしか逢っていないから、私服は照れくさい。


「先輩は、朝食まだッスか?」


 クルミが頼んでいたのは、ブレンドのLとアンパン、メロンパンの二個だ。


「妹と済ませてきた」

 ビスケットをかじり、ブレンドを口に含む。


「あー残念。誘えばよかったッスね」

「土日は、妹が朝食当番なんだ。だから家で食べたい」


 いつもはトーストとカップのスープだけである。今日の妹は、張り切ってスムージーまで作ってくれた。

 おかげで胃腸はゴキゲンだ。


「妹さん手作りのスムージーって、どんなんッスか?」

「バナナとミカンを、牛乳と一緒にミキサーしたやつだ。文章にするとグロいが、これがなかなかいけるんだ」

「ミックスジュースッスね。なんだか、おいしそうッス」


 なぜか、親の敵みたいにミカンをズタズタにしていたが。デートだとバレたか? 


 俺とクルミの関係をは、妹には伏せてある。

 友人の誠太郎が家に出入りする可能性がある以上、不測の事態は避けたい。

 とはいえ、隠し通せるとは思えないが。


「今日は、どんな映画を見るッスか?」

「任せようかなって」

「そんなんでいいんスか」

「お前の好みを知っておこうと思ってな。俺は俺で、映画好きだから」


 俺と誠太郎のバイト先も、レンタルビデオ屋である。

 二人して映画好きなので、作品のチョイスには事欠かない。


 誠太郎いわく、

「マニアに見させられること自体、相手にとって面白くない。見る映画は相手に任せている」

 とのこと。


 俺もそれにならって、クルミの意見に委ねることにした。


 マニアはマジで、マニア同士で語り合うのが楽しいからだ。

 彼らにとっては、作品紹介は遊びじゃなくなる。

 沼へと引きずり込もうとする奴らに、趣味を語る資格なし。


 趣味とは、殺伐とした空気を放ってはならない。

 


「これが、上映するラインナップな」

 クルミが食っている間に、スマホを操作する。

 これから向かう、大手シネコンのページを開く。


「アニメ邦画ばっかりッスね。それも子供向け」

 スマホをじーっと見つめながら、クルミはブレンドをズズズとすすった。


「GWが近いからな」


 どうしても、この時期は洋画邦画問わずファミリー向けアニメや特撮ヒーロー物が多くなる。

 楽しいのだが、デートムービーとして見たいかと言えば疑問符がつく。

 子供がいてこそ、にぎやかに見られるというもの。


「お前は、どんな映画がスキなんだ?」

 クルミに問いかけた。


「だいたいコメディッス。でも、頭使う系もキライじゃないッスよ。ミステリとか、知的なギャグ系とか」

 アンパンをかじりながら、クルミはスマホとにらめっこを続ける。


「でもなー、先輩と楽しめる映画って……」

「俺はいいんだよ。アクションもミステリも、重めのドキュメンタリーもだいたい分かるから」

「さすが趣味人ッスね」


 とはいえ、ラインナップにミステリはなかった。


 アクションも政治がからんだ作品で小難しい。しかも続編という間の悪さだ。




「ん、これは」

 一本の作品に、クルミは釘付けになった。




『ヤンデレJKに愛されすぎて安らかに眠れない』




 よりにもよって、クソカルト向きのホラー映画である。



「あーそれは、あんまりオススメじゃないらしいけど」


 狙ってないのにB級になった作品は名作と謳われるが、狙った系B級ホラーほど見苦しい作品はない。

 しかも邦画であるため、たちが悪いこと必至だ。


「これがいいッス。主人公JKだし」

「そのJKがスラッシャーになる話だぜ?」



「スラッシャーってなんスか?」




 しまった。専門用語が出てきてしまったか。



「ホラー作品の殺人鬼のことだ。チェーンソー持ってるやつとか。この映画は、いじめに耐えきれず自殺したヒロインがスラッシャーになって蘇る話なんだよ」


「めっちゃ面白そうじゃないッスか」

 なぜそこまで興味津々なのか、理由が知りたいよ。


「貴重なGWの時間を使ってまで、見る映画ではないと思うが」


「これにするッス。一番上映時間が早いし」


 クルミは、譲らないらしい。


「メシが食えなくなっても、知らないからな」


 映画館へ向かい、チケットを購入した。



 ポップコーンと炭酸ジュースを手に、上映を待つ。



「楽しみッスね」

「こんな映画じゃなければな」


 いよいよ、俺たちの初デートが始まる。

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