ウザ後輩と、反省会

 物語は、楽しげなシーンからスタートする。「主人公の家によるから」というヒロインを見送って、主人公は文化部の会報を仕上げた。しかし、主人公が家に帰ると……。


「ひっ!」




 いきなり、主人公の自室でヒロインが首をつっていた。


 開始五分で飛ばすなー。



「先輩、怖いんスか?」

 ニヤニヤしながら、クルミが小声で尋ねてくる。


「うるっせ。お前こそ手ぇ握ってきてるじゃんか!」


「こ、これは、先輩の体温を測ってるッス」


 完全にビビってるな。


 主人公は部活でモテモテであり、あらゆる女の子たちに言い寄られていた。

 うらやましい。

 主人公は死んだヒロインに操を立てて、誰にも手を出さなかった。


 しかし、そんな生活も長くは続かない。

 ヒロインの一人が、無理やり主人公と関係を持とうとした。

 屋上で待ち伏せし、虎視眈々と主人公の到着を待つヒロイン。



「こいつ、手にクスリ瓶持ってるッス。媚薬ッスよ媚薬!」

「画面に集中しろ」 



 だが、ヤンデレヒロインが蘇り、その少女を屋上から突き落としてしまう。


「ぐええ」

「手を握るな」

「だから体温測ってるッス!」


 その後も、次々とヒロインたちがスラッシャーとなったヤンデレヒロインの毒牙にかかっていく。


 ある少女は、廃棄されたはずの焼却炉へブチ込まれた。

 ある少女は避難訓練の中、家庭科室で爆死する。

 直接カッターで腹を貫かれた少女も。


「手を握ってきてる!」


「体温んん!」

 食い気味で、クルミが反論してきた。



 主人公たちは調査の結果、ヤンデレがヒロインたちにいじめられていたと知る。



 唯一いじめの共犯者でなかったヒロインと、主人公の手により、ヤンデレスラッシャーは成仏した。

 

 かに見えたが……優しかったヒロインの背後にヤンデレが!





「ギャアアアアアアア!」

「アヒイイイイイイイ!」





 というところで話は終わる。



 明るくなっても、俺たちはたちがることができなかった。



「つまんなかったねー」などという冷めた声がポツポツ聞こえる。


 俺たちには十分怖かったが。


「メシ、食うか?」

「ちょっと、ノドを通りそうにないッス」

 クルミは首を振った。


 軽くお茶だけにしようと、近くのカフェに寄る。


「あれは、ないな」

「ないッスね」

「スラッシャーを悲しい悪役にする必要性を感じない」

「哲学的な意見ッスね」


 本来スラッシャーモノは、目に飛び込んできた獲物をただ狩り尽くすところに、怖さがある。


 人を襲う理由を作ってしまうと、怖さよりも同情の目で見てしまう。


 スラッシャー側に感情移入できるというメリットはあった。

 しかし、ホラーにそれを求める人が、何人いるのか。


「第一、怖がりに来ているんだよ。言ってしまえば、ホラー映画は一種のアトラクションでいいんだよ。考えさせられる内容だと、その共感性が薄れる」


「感想が、ますます哲学的になってきたッス先輩」


「襲われる側に、殺されて然るべき理由があったのもマイナスだ。ゾンビ映画ならあれでよかったかも知れないが」


「映画を語りだしたら止まらなくなってるッス先輩!」


 クルミに肩を揺さぶられて、ようやく俺は我に返る。


「おお、すまん。お前そっちのけで語りだしてしまった」


「マニアの片鱗を垣間見たッス」

 青ざめた様子で、クルミが俺の様子を振り返った。


 そんなに恐ろしかったか。 


「ずっと手を握ってきたな」

「だから、あれは先輩が怖がってるからッス!」

「お前だってビビってたじゃんか!」



「はあ⁉ 誰がビビってたって言うんスか?」


 大声で反論してきたため、周りがこちらをチラチラと見始めた。


「声のトーンを落とせ」

「すいませんッス。でも、あたしはビビってなんかないッスから」


 冷静を装っている。が、明らかにクルミは足をガクガクと震わせていた。


「じゃあもう一回見るか?」

「それは断固拒否するッス!」


 だよな。あまりにも強烈すぎる。


「いくら先輩の怖がってる顔が見たいって言っても、デメリットの方が多すぎるッス」

「やっぱりそれが目当てだったんだな!」


「ひい、ごめんなさいッス」

 頭をかばいながら、クルミが怯えた目をした。


「先輩の怒った顔が、一番怖いッス」

「俺もバカにしてこなかったら、怒りません!」


 夕方前に帰るという約束をしている以上、クルミを拘束するわ目にはいかない。


 帰ることに。

 

「すいませんッス。映画だけのために」

「いや。楽しかった。塾否定派の理事長サマサマだな」


 クルミを早く帰すのは、門限が厳しいからじゃない。怪しまれないようにするためだ。


「そうッスね。それだけは、父に感謝ッスよ」



 クルミの父親は、「学業は学校で」をモットーにしていて、娘たちを塾通いなどはさせていない。てっきり家庭教師などを雇ってがんじがらめにするタイプかと思っていたけど。


「父の口癖は、よく遊びよく学べ、ッスから……?」



 フードコートのすぐ脇にあるゲーセンに、クルミが目を移した。

「あれは、何スか?」


 父親が、息子と一緒にボールを投げている。

「的あてだな」


 ボールを投げて、番号の書かれたパネルに当てていくゲームだ。


「あれが、どうかしたか?」

「なんつーか、楽しそうッスねって思って」


 親子が仲良くしている姿が、楽しそうに見えたのだろうか。


「やっていくか?」

「いえ。いいッス」


 親子連れに混じって的あてするのは、さすがに恥ずかしいか。

 

「今日はありがとうッス。またお願いするッスね」

「おう。連絡をくれな」


 別々の電車で帰り、俺は妹の待つ家へ。

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