ウザ後輩でも、気が利く?

「とはいえ、大富豪なんだろ?」


「それもそうですが、ウワサが空回りしているだけッスね。いたって普通の家ッス」

 否定はしないが、クルミは肯定もしない。


「お手伝いさんがいるのにか?」

「なんでそう言い切れるッスか?」


「あのアングルは、人の手がないと撮れない」


 そういえば、足からなめ回すような映像なんて、スマホ片手には取れない。

 だとすれば、導き出される答えは一つだ。

 こいつ、ずっとお手伝いさんか誰かに撮らせていたに違いない。

 一人じゃなかったんだ。


「お姉ちゃんが撮ったという可能性は考えず?」


「俺との関係は秘密にしているんだろ? だったら、事情を知らない関係者に協力を仰ぐと思う」



「やりますねぇ。さすがッス。ジッチャンの名にかけてるッスね」

 ニヤリと、クルミは不敵に笑う。


 名探偵でもない、ただの漁師であるジッチャンに、何をかけるというのか。


「でも、金持ちの中では質素ッスよ、ウチは。表では見栄を張りつつ、裏ではスーパーのお素材を買うような。だからこそ、余計に世間体を気にするんでしょうけど」

 少し、クルミは悲しげな顔をする。


「生活が苦しいのか?」

 だとしたら、大変だ。


「そういうワケじゃないッス」

 クルミは首を振る。



「あたしは、毎日スーパーの惣菜でも、文句言わないッスよ。無理して外食したり贅沢したりするなんて、ただの成金ッス。毎日賑やかに過ごせれば、多少お金がなくったって幸せッス」

 苦笑気味に、クルミは笑った。


「ウインナーのタコとかはないんスね?」

 クルミが、箸で弁当をアチコチつつく。


 高菜ゴハンと卵焼き以外は全部、昨日の残りだ。


「時間がなかったんだよ。いつもは入れるんだが、誰かさんが『俺の手作りメシを食ってみたい』とか言い出したから」


「誰なんスかね、そいつ? ウインナーの足みたく八つ裂きにしてやりましょう!」 


 お前だよ。


「ところで先輩」

 弁当を食い終わり、クルミが俺に話しかけてきた。


「ああん?」

「デザートはどこですか?」

 知るか! テメエどこまで図々しいんだ!


「バナナなら購買で売ってるぞ。自分で買ってこい」

「気が利かないですねー」

「そういうことを言うなら、もう作ってきてやらんぞ」

「まあ、こんなこともあろうかと。ババーン」


 大仰なファンファーレと共にポケットから取り出したのは、細長い小袋だ。銀色に輝き、中身が分からくしてある。


「ラングドシャロールッス。これ、いいやつなんですよー。なんと一個五〇〇円!」

 値段設定はよく分からん。が、いいヤツなんだろう。


「生徒会室に常備してるフィナンシェも、結構な値段がするんだろ?」


「まあまあッス。これはその系列のお菓子ッスね」

 袋には、コンビニの値札が貼られている。


「これならあーんできるッスよ。細長いから、食べやすいッス。はい、お口を開けましょーねー。あーんで待ってるッスよー」

 ムフフ、と笑いながら、袋を開けた。


 グシャッ、と中身が飛び散る。

 コンクリートに、ラングドシャロールのクズが散乱した。



「ぬはあああああああ! 全部粉々にいいいいいいいいいいいいいい!」


 ずっとポケットに入れていたから、中身が潰れたのだ。


「となると、こっちも!」


 慌てて、クルミはもう一つのお菓子も封を開けた。

 今度はなるべく慎重に。

 それでもやはり、ロールは砕けていた。


 我が家に常備してあるクレープ生地の菓子も、よく最初から中身が潰れているのが一、二本ある。


「すいません、先輩。もっと硬いサブレとかにしとけばよかったッスね」

 苦笑いを浮かべながら、クルミはシュンとなってショゲた。


「どら焼きもおいしそうだったんで、どっちにしようかなーと迷ったんスけど」



 俺は、クルミから袋をぶんどった。口の中へ袋の中身をサラサラと落とす。



「そんな粉薬みたいに流し込まなくても」


「いいんだよ。ありがとうな。俺のために、急いで買ってくれたんだろ?」


 指摘すると、クルミは目を見開く。


 その仕草だけで、図星だと分かった。


「ふえ!? そ、そんなワケないッス。家から持ってきたんスよ!」



「俺の目はごまかせん」

 袋の裏面を、クルミに見えるように示す。



 この袋は、アソートのセットではない。値札が貼ってある。

 

 これは、お高めのコンビニスイーツだ。

 登校時にでも立ち寄って、買ってきたのだろう。


 急ごしらえとはいえ、こんな高いモノを買わせてしまうとは。



「ありがとう、クルミ。でも、奮発なんてしなくていいから」


「ううう」

 赤面しながら、クルミは目を潤ませる。


「今度は、崩れにくい大福かどら焼きを爆買いするッス!」

「そうしてくれ」

「ごちそうさまッス! ホントに先輩は、あたしの好感度を爆上げするッスね!」


 今の場面で、どこがお前の好感度を上げたんだよ?


「でも、今日だけでいいッス。さすがにバレますし」

「それがなければ、毎日作ってやれるのにな」


 若干、クルミからの返答に返事に間があった。



「ホント好感度上げてくるッスね」


 一緒に階段を降りていく。



「先輩」


 踊り場で、クルミが俺を見上げながら呼びかける。




「明日、デートしましょう」



 そう言い残し、クルミは俺とは反対方向へ歩いて行った。

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