ウザ後輩を、餌付けする

「どうした、リクト?」

「んあ?」


 昼休みになり、机に突っ伏していると、誠太郎が話しかけてきた。


「別になんでも。早起きして弁当作ってきたから、ちょっとだるいかな」


「チヒロちゃん、幸せもんだなぁ。大好きな兄貴に弁当作ってもらえてさ。毎回、妹がおすそ分けしてもらってるよ」


「お前の妹の方が料理うまいじゃん」


「うむ。今日も妹の手作りだぜ」

 可愛らしくラッピングされた弁当を、誠太郎は惜しげもなく鞄から出す。


 誠太郎の妹は、チヒロとクラスメイトだ。チヒロをアナログゲーム同好会に誘ってきたのも、彼女である。うちの妹と違い、活発的な印象を受けた。



「お前は作ってやらんの?」

「オレは食べる専門だよ。手伝うくらいしかできないかな。こういうのって作ってる人を立てたいじゃん」


 何でもできる器用な男の割に、誠太郎はあまり周囲へひけらかさない。「自分の役割が増えるから」とうそぶいているが、相手を尊重している様子が伺える。


「飯食いに行こうぜ」

「悪い。今日は他のやつと頼む」


「んー? なんでまた」

 案の定、誠太郎が食いついてきた。


 ここまでは、想定通り。


 俺は頭をフル稼働させ、どうにか言い訳を考えた。


「生徒会関連で、後輩から相談を受けたんだ。内輪な話らしくてな。昼飯食いながら話そうぜってなって」 



「オレも話を聞いてやろうか? 生徒会のことだろ?」



「あのな、ココだけの話にしておいてくれ」

 実はなと、俺は誠太郎に耳打ちした。




「お前に惚れてる女子が、話を聞きたがってるんだよ」





 その女子は、親友である俺に話を持ちかけ、どうにか取り持ってもらおうとしている。

 俺はやんわりと断るから、と。


「というワケで、お前が一緒だと不都合なわけよ」


「相談しているトコを、遠目で見ててもいいかい?」


「ダメ。それもダメ。どこで見られるか分からん」


 とにかく、できるだけ傷つけないように断るからと、俺は告げた。


「なんでオレなのかね? お前の方が、絶対モテそうなのにな」

 腰に手を当てて、誠太郎は首を傾げた。


 そういう風に、さりげなく相手に好印象を与えるから、惚れられるんじゃねえか。


「褒め言葉として、受け取っておく。では、ここは俺に任せてくれ」


「じゃあ、誰と食おうかなー」と、誠太郎が顎に手を当てる。


「アンズ会長でいいじゃん」

「学校でベタベタすると、教師にバレるからなー」

「生徒会室を使えばいいだろ。信頼されてるんだし」


「それもそうだな。分かった。じゃあな」


 誠太郎トラップをどうにか切り抜けて、俺は猛ダッシュで屋上へ。


「待ちかねていました! 先輩のお弁当!」

 斉藤クルミが、手をパチパチと叩きながら、俺の弁当を待ちわびる。



「俺は待ってなかったんだな。弁当だけを待っていたと」


「いえいえ! もちろん、先輩をお待ちしていたッス!」

 警察官の敬礼をしながら、クルミは弁解した。


「早く食べさせてほしいッス!」

 取り上げらん勢いで、クルミは包に飛びつく。ゾンビかよ。


「落ち着けって。隠すの大変だったんだからな」


 ここに来るまでにも、ハプニングはあった。


 いかにして、誠太郎の誘いを断るか。「アンズ会長と食ってこいよ」と言わなければ、また付き合わされるところだった。


 弁当箱を二つ持っていった言い訳も、「激烈に腹が減っている」で通す。


「カワイイお弁当箱ッスねー」

 女児向けアニメのキャラクターの顔が、ボックスのフタにプリントされている。


 チヒロが今使っているランチボックスは、細長の二段式だ。


「食べ盛りになり、物足りなくなった」とかで、新調したのである。


 本当の理由は、分かっていた。


 さすがに中学の身で、キャラプリントのボックスなど使えるはずもなく。


「オープン!」

 大げさに、クルミは弁当箱を開けた。


「筑前煮と、高菜を散らした白米! プチトマト。卵焼きは塩派ですかー。いいッスね」

 割り箸を割って、クルミは「いただきます」と手を合わせる。


 箸を二セット持っていると、怪しまれてしまう。

 なので、捨てられる割り箸を用意したのだ。


 弁当箱も、できれば処分できる使い捨てタイプにしたかった。が、そんな便利アイテムは家に置いていない。


 一口一口味見しながら、クルミは俺の弁当を噛みしめる。


「好き嫌いとかないんだな?」

「先輩が作ってくれたんスから、全部食べますよ!」


 そういわれると、照れくさい。


「先輩、あーん」

 箸で摘まんだコロッケを、クルミは俺の口へと運ぼうとした。


 が、俺が食っているのも同じだと気がつき、固まる。



「……は、必要ないですね」

「ああ。まったく同じ中身だからな」


 残念がりながら、クルミは持て余したコロッケを自分で食う。


「このコロッケはセイラマートのお惣菜ですね。ウチのカレーにも入ってましたよ」


 セイラマートとは、俺がクルミと会ったときに立ち寄った、近所のスーパーである。


「えらく庶民的なんだな? カレーライスにスーパーの惣菜を入れるとか」


 斉藤家は金持ちと聞いていた。だから、スーパーのコロッケなんぞ見向きもしないと思っていたが。


「いえいえいウチ、そこまでエラくないので。スーパーくらい普通に行きますよ。別の支店ですが」

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