ウザ後輩は、メッセもウザすぎる

 スーパーで買い物を終えて、一軒家に帰る。


「ただいま、チヒロ」


「おかえりお兄ちゃん」

 リビングから、妹のチヒロがトテトテと走ってきた。靴下でブレーキをかける。中学の制服のままだ。顔が幼い上に背も低い。何度、小学生と間違えられたか。言動も、まだあどけなさが残る。


「お前も今帰ったところか?」

「そう。部活上がり」

 チヒロがニコニコと返答した。

「今日は、モンスターの名前をつけるゲームで遊んだよ」

 妹は、アナログゲーム同好会に入っている。


「楽しかったか?」


「うん!」

 元気よく、チヒロはうなずく。


「親父とお袋は?」

「また遅くなるって。お風呂湧いてる」


「ありがとな。チヒロが先に入ってろよ。その間にメシを作る」

 エコバッグを二つテーブルに置いて、俺はエプロンをした。食材を一つ一つ、袋から出す。


「ありがとうな。今日はいいから風呂に入ってきな」


「分かった。ゴハンを作っている間、可愛い妹の入浴シーンを妄想してて」

「しねえから。早くいけ」

「はーい」

 トテトテと、チヒロは浴室へ向かう。


「なんで、俺の周りにはヘンタイばっかりが集まってくるのかねえ……」


 ニンジンの皮をピーラーで剥く。


 早速、メッセアプリが起動したぞ。


[せーんぱいっ]

 案の定、送信相手はクルミだ。スルーしたい。


[何してます? あたし、ゴハンまだなんでお腹がペコちゃんです]


 調理のタイミングでその発言とは。どこの貿易商だよ。


[メシの支度中。ていうか、風呂でも入ってろ]

[もう入っちゃいました]


 画像には、バスタオル以外身につけていないクルミの画像が。


「ブーッ!」

 危うく、ピーラーで手の皮を剥くところだった。


「お兄ちゃん、どうしたの?」

 大慌てで、妹が走ってくる。脱いでいる途中だったのか、キャミソール一枚でこっちを見た。


「ななな、なんでもねえ。いいから入ってろ。風邪引くぞ」


「はーい」

 また、妹は風呂場へ。


 足を組んでベッドに座るクルミの画像には、こう書かれている。


[オカズになさっても構いませんよーゲヘヘ]

 悩ましげな瞳で、クルミはこちらを覗き込んでいた。見た目は美少女なのだが、文面はただのスケベオヤジだ。


[今まさに、オカズを作ってるところだよ]


[なんと! 自分をオカズになさるので? まさか先輩にそんな女装趣味が!]


「してねーよ!」

 思わず、スマホに向けて怒鳴ってしまった。


 また、トテトテと足音が。


「お兄ちゃんどうしたの? すごい怒鳴り声が聞こえてきたけど」

 バスタオルをマントにして、全裸の妹がキッチンに顔を出す。兄に肢体を見せびらかすのを楽しんでいるのか?


「なんでもありません。ずぶ濡れで廊下を歩くんじゃありませんっ。ちゃんと拭きながら戻りなさい」


「はーいごめんなさーい」

 妹はちゃんとバスタオルを踏んづけて、廊下をすり足で拭き始める。いい子だ。




[筑前煮を作ってるんだよ。邪魔すんな]

 再び、メッセをクルミに送る。


[なぬ? お料理できるんスね]


 猫が『詳しく!』と受話器に叫んでいるスタンプが。


[てっきり、ご両親のお手伝い程度だと思ってたッス。エライッッス!]


[別に。簡単なものなら。今日の食事当番は俺なんだ]


 文章を返しつつ、鶏肉、椎茸、大豆、大根を鍋にぶち込む。


 好き嫌いの多い妹のために、俺は色々と試行錯誤していた。

 味付けを変えてみたり、肉の中に野菜を仕込んでみたり。

 おかげで、妹は豆腐は食えないが、豆腐ハンバーグは大好物になった。


[エラいッス。筑前煮って、チョイスが随分と渋いッスね]

 メッセが返ってくる。バスタオル一枚で腕組みをする写真同封で。いいから服を着ろ。


[あたし、料理ってダメなんスよー。魚が触れないッス]

 まあ、イマドキの女子なら魚はキツかろう。


[いきなり攻めすぎだろ。カレーでいいのにな]


[ウチはカレーッス。いいニオイしてるッス。このスメルをおすそ分けしたいッスね。クンカクカ]


 何の匂いを嗅いでるんだよ?


[手際いいッスね?]


[手順も味付けも適当だ。ほめられたもんじゃない。言うほど上手じゃないぞ。さっきから誰かさんがメッセで話しかけてくるから、鶏肉を焦がしたしな]

[ふてえヤロウッスね。とっちめてやりましょッス]

[お前だよ]



 本格的に料理が得意なヤツが見たら卒倒しそうな手際だろう。

 だが、ちゃんとしすぎると料理自体が嫌になる。

 

 だから、俺は妹のヘタクソ料理にも愚痴をこぼさない。

 作ってくれただけでうれしいのだ。

 

 おいしくいただきたいなら、手伝えばいいだけ。

 手順なんて知るか。

 ガチの丁寧さを求められる料理なんて、経験上ではスイーツくらいだ。


[いいなぁ、先輩手作りのゴハンかー。超ウマイだろうなー]

 メッセージつきの写真の中で、クルミは腹を押さえている。

[写真くださいッス]

[ほらよ]

 でき上がった筑前煮を、カメラに収める。


[うっわー。おいしそーッス! 妹さんがうらやま]

[食いたいか? 適当オブ適当だぜ]

[愛する先輩が作ってくれたってだけで、ゴハン三倍いけるッス]



[わかった。じゃあ作ってきてやるよ]


 突然、メッセが沈黙した。


 その間に味付けを。

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