ウザ後輩と、スマホをフリフリ

「出たいのは、確かなんだな」

「はい。でも、あたしは育ててもらった恩があるので、自立して返したいとは思ってるッス」

「俺と付き合っているヒマなんてないんじゃ?」

「先輩とのお付き合いも、それに含まれてるッス。自力でカレシを作ったッスって自慢するッス」


 半分脅しだったけどな! 


「それなんだけどさぁ。お前、何がしたんいだ? 俺なんかと付き合ってさ」


 ただでさえ、俺は注目されてしまっている。

 斉藤クルミを助けたヒーローとして。

 悪目立ちと言ったほうがいいかもしれない。


 誰も、俺とクルミとの仲を詮索しようとしなかった。


 誠太郎も、気を使っていたように思う。


「いやあ、自分でもこんな気持ち初めてでして」

 頭をかきながら、クルミは苦笑いを浮かべる。

「何かを企んでいると言うワケでは、ないんだな?」


 もし脅迫だったら、俺に思い当たる節はない。

 どこかで恨みでも買ったか?


「ホントに、理由なんてないんッスよ。気がついたら、先輩が気になる人になっていて」

「姉さんに対するあこがれとか?」


 こっそり青春を謳歌しているもんな、あの二人は。


「うーん、それはあるかも」


 以前、「風呂に入れ」と姉を呼びに行ったら、アンズ先輩はベッドでゴロゴロしながらニヤけていたという。


 なぜか、その光景が鮮明に浮かんできた。


「先輩は、あたしのこと、どう思っていたッスか」

「可愛くて、頭が良さそうな子だな、と」

「ふむふむ。他には?」

「まさか、こんなにウザ絡みしてくるやつだとは思ってなかったな!」


 意趣返しとして、正直な感想を述べる。


「カノジョにしたいとか、意識してなかったッスか?」

 目をキラキラさせながら、クルミは尋ねてきた。

「まったく」

「タイプじゃなかったんスか?」


 ガーン、という擬音がなりそうな顔で、クルミは悲しげにしょげる。


「そうじゃなくて。俺みたいなやつなんて眼中にない、って思っていたんだよ」


 クルミのようなタイプは、お見合いや紹介などで、将来の相手を決めるものだと思っていた。意中の人と恋に落ちるイメージが沸かない。


「意外ッスか? あたしが先輩のことスキだなんて」

「考えが及ばない」


 最も理想から遠いタイプだと思っていた。

 ガリ勉とヤンキーが付き合うというドラマは、漫画などによくあるが。

 そんなのはフィクションだけだと思っている。


「聞くっすけど、今は、あたしのこと、スキッスか」


 あまりに真剣に視線を向けてくるので、照れてしまう。


「ま、まあな。悪いやつじゃないからな」

 頭をかきながら、事実を伝えた。


「ありがとうッス」

 尋ねてきた本人が照れてどうするんだと。


「でも、窮屈だろうな。隠れて交際って」

「実際、しんどそうです。スマホで連絡を取り合ってるんスけど、メイドさんが来るとサッと隠さないといけないんで」


 メイドがいるのか。

 斉藤家に入ったことないから、知らないんだよな。


 緊急会議はいつも、誠太郎の家だし。

 ネコ飼ってるから、ずっとお泊まりしたい。


「どうしたんです? 顔がデレッとしてますよ」

「なんでもない」

「もしかして、先輩もあたしとメッセしたいですか?」


「はあ?」

 心臓が跳ね上がるのを悟られまいと、ややキツめに返してしまう。


「せっかくスマホの番号教えたのに、連絡がないッスから」

「用事がない」


 アドレスをもらっても、特に話すことがなかった。

 なので、絶賛放置中という有様だ。


「メッセって。お前の話を聞いていると難易度高そう」


「それは姉さんの場合でしょ? あたしは抜かりないッス」

 胸に手を当てて、クルミはドヤ顔をする。


「いかがです。今からスマホをフリフリして、メッセの連絡先欲しくないッスか?」

 実際にスマホを手で揺らしながら、クルミが聞いてきた。



「お前に、リスクがないなら」



「……はーあ」

 何が不満なのか、クルミがため息をつく。



「ここまで来て、人の心配って。優しいのはいいッスけど、警戒しすぎに見られるッス」

 頬を膨らませて、クルミは不満を口にした。



 困難が分割されるどころか、雪だるま式に積み上がっている気がする!



「そこまで言うなら、交換しようぜ」


 アプリは、妹に無理矢理入れられた。方法も教わっている。


「えっと、設定は」


 俺がもたついていると、クルミが俺の手からスマホを取り上げ、設定を始めた。


「大杉先輩とフリフリしなかったんスか?」

「相手から一方的に送られたんだよ」


 教えてくれる友達もおらず、今に至る。


「できたッス」

 クルミが俺にスマホを返す。


「ありがとな。じゃあ、いくぞ」



 お互いのスマホをフリフリした。




「おおっ。先輩のが、入ってきます」

「紛らわしい表現するな」

「あたしのスマホの中、あったかいッスか?」

「やかましい!」


 ニヤニヤするクルミをたしなめていると、連絡先交換は終わった。 


 メッセのアドレスを教え合うだけで、どうしてこんなに怒っているんだろう。無駄にカロリーを消耗した気がする。


「はあ。男の人のアドレス、初めて聞いちゃいました。先輩はあたしの初めてを奪っていきます」

「また人聞きの悪いことを」

「でも、先輩はお姉ちゃんとアクセスしてるんでしょ?」

「してねえよ。誠太郎とは頻繁に連絡しているらしいけど」


 アンズは連絡するとしても、定例会議の連絡だけだ。

 それもグループ共通メッセージのみである。

 俺個人にメールを送るなど、ありえない。


「その分、あたしがバンバンメッセ送りますね」

「勉強しろ」

「はーい。それじゃあ」


 本当にメッセのアドレスを交換しただけで、クルミは帰って行く。


 まあ、いいか。あまり長居して交際がバレるのも問題だし。


 今日は、俺が料理当番だ。


 夕飯の材料を買って帰ろう。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る