ウザ後輩は、呼び名がほしい

 他の生徒に交際がバレないように、校門までは別々に歩く。


 学校とある程度距離が離れたら、クルミがオレの腕に手を回してくる。

 こういうの、自然とできるんだよな。


 スーパーで飲物を買い、公園のベンチに腰掛ける。初めて会った公園のベンチに。


 今日のドリンクは炭酸だ。


「公園のベンチで、二人して炭酸を口にする。いやぁ、青春ッスねぇ。青春を満喫してるッスね、あたしたち」


 雰囲気は今どきなのに、描写がいちいち親父くせえ。


「今度はなんの用だよ?」

 俺は、炭酸のボトルを開けた。


 プシュ、と青春の音が鳴る。


「呼び名をどうしよっか、と思ったんスよ」


「ん、呼び名?」

 強めの炭酸が、ノドに流れ込む。


「せっかく恋人同士になったので、なにか適切な呼び名が必要かと思ったんス」

「たしかに、恋人なら独特の呼称があると特別感が出るな。本当に恋人なら」


「ホントに恋人と思ってるッスよ。信じられませんか?」

 食い気味で、クルミが反論した。


「昨日の今日で、許容できるか」


 俺はまだ、クルミのことを何も知らない。

 助けただけで、浦島を龍宮城へ連れて行った亀じゃねえんだから。


「気を使ってるんなら、別に無理しなくてもいいんだぜ。俺と一緒にいたって、全然つまんねえだろうし」


 見た目も悪く、誠太郎のように女子に気が利くタイプでもない。


「そんな俺に好意を持っていると言っている時点で怪しい。信じろという方が無理だ」


「先輩は、自分でも分かってないんスよ。先輩には、先輩にしかない良さがあるんスから」

「たとえば?」

「カワイイッス」


「俺が?」

 自分を指して、俺は顔をしかめた。


「上級生にすら避けられるような人間だぞ、俺は」

「見た目じゃなくって、中身ッス。怖がりだったり、ネコ好きだったり。見ず知らずの美少女を助けたりなんて、もう素敵さマックスハートッスよ」


 自分を美少女というのに、なんのためらいもないんだな、お前は。


「ちなみに、あたしは先輩って呼びますので」

「そこは名前呼びじゃないんだな!」


 自分で話題を振っておきながら、自らは全否定という自己矛盾である。


「だって、先輩って男子が女子に言われたい言葉トップ三くらいでしょお?」


 どこの統計なんだよ!


「一位は、なんだよ?」

「えーっと、『お兄ちゃん』?」



 なぜ疑問形!? 

 やっぱテキトーかましてんじゃねえか!


「どうです、お兄ちゃん? お兄ちゃんは、やっぱり年下の女の子からこう呼ばれると、メロメロになるッスか? トキメクっすよね? トキメいてトゥナイトッスよね?」


 なにかタイトルが微妙に間違っているような、合っているような。


「いんや、まったくトキメかねえ」


「……塩対応すぎるッスね」

 クルミが、口を尖らせる。


「お兄ちゃん呼びはいいや。妹で慣れてるから」


 俺には、実の妹がいるのだ。

 まだ兄離れで来ていないが、じきに俺のことをウザがるだろう。

 それまでの辛抱である。


「だったら、先輩がいいじゃないッスかぁ。あ、そっか。それでも妹さんが入学してきたら、お兄ちゃん呼びも」


「いや。あいつは今年、中一だ」


 オレが高校二年だから、妹とは四つ離れている。


「俺たち兄妹は、大学ですら一緒になれん」

「留年するって線を考えない辺り、強気ッスね」

「するわけには、いかないからな」


 俺はさる事情があって、独り立ちしたい。

 今の家は居心地は悪くないのだが、正直出たいんだ。


 大学に入るには、山法師で悪い点は取れない。


「先輩が大学に通いたい理由を、聞きたいッス」

「言えねえ。絶対いわねえ」

「笑わないッスから!」

「そんな面白い理由じゃねえよ」


 オレが頑として口を割らないので、話題が変わる。


「別に、大学だけが人生じゃないッスけど」

 意外な発言が、クルミから飛び出した。


「お前の口から、そんな言葉を聞くとはな」

「知ってるでしょうけど、お姉ちゃん、斉藤グループから抜けたがってるんですよ」


 本人の口から、聞いたことがある。

 あまりにも老舗過ぎて、考え方が古いから、と。

 アンズ会長は、自分の腕一本でのし上がりたいとか。


「本音は、カレシさんと駆け落ちしたいってことなんスけど」

「誠太郎と、か」

「そうッスね」

「お前は、誠太郎をどう思ってるんだ? 面識はあるんだろ?」


 クルミは、首を振った。

「実は今日まで、会ったことなかったんスよ。家に呼べないッスからねー。カレシさんがいるってのは知っていて、今日初めてお目にかかったッス。いい人そうッスね?」


 オレと友だちだからな。間違いなくいい奴だ。


「お前はどうなんだ?」

「斉藤のことは、うまいこと利用しつつ共存したいっす。あたしは、姉さんとは違って、斉藤を敵視はしてないッスから」


 怖いことを言う。


「言葉は悪いッスよ。でも、潰すっていっても違うっしょ? 向こうにだって家族がある。言い面もある。それを慎重しつつ、自分は安定した空間から飛び出すってイメージというか。つかず離れずといいますか」


「歯切れが悪いな」


 なにか隠している、というわけではないようだが。言いづらそうにしていた。言葉が思いつかないらしい。


「妄言だって自分で分かってるッスからね」


「いや、いかにもクルミらしい生き方だなーと」


 よく言えば堅実、悪く言えば打算的と。


「『困難は分割しろ』って、ビル・ゲイツも言ってるっしょ?」

「デカルトな」


 ちなみに、ビル・ゲイツは「問題は切り分けろ」と言っている。デカルトの受け売りだろうが。


 それで今俺は、まさに困難真っ最中だ。

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