ウザ後輩の、ポンコツ姉

「もうやだ、生徒会長やめる」

 鉄の乙女が、恐ろしことを言う。毎度のことだが。


「誰か、私の代わりに生徒会長してくれないかなぁ?」

 机にほっぺたをくっつけながら、アンズ会長がグチをこぼす。


「無理じゃね? 君に変わる生徒会長なんて、もうOB連れてくるしかないよ。それも三〇代の」

 誠太郎が、もっともな意見を返した。


 山法師高校はそれなりに優等生の集まりなので、いうほど面倒ではない。学校内は心底退屈ではあるが。


「そんなにやりたくないかなぁ? 誠ちゃんもそう思う?」

「アンズさんが自分で勝手に負荷をかけすぎて、ハードモードにしちゃってるだけでしょ。今のグータラモードで毎日いればいいのに」


「ダメよ! グータライフは誠ちゃんだけのものなんだから!」

 バンと机を叩き、アンズ会長が立ち上がる。


「わたしは、学校をより楽しい場として提供したいの! そのためには、生徒会の協力は不可欠だよ! イキリバカ親父が壊したグータラなスクールライフを取り戻そうよ! 時間をムダに消費する時期は、今しかないんだよ!」


 ここまで学業最優先になってしまったのは、斉藤理事のせいだ。つまり、アンズ会長の父親が。

 

 斉藤理事は、「芸術もスポーツも、すべて学問を極めてはじめて効率的に習得できる」と信じて疑わない。

 そんな謎理論につきあわされて、生徒たちがついてくるはずもない。


 結局、お勉強だけしたい生徒ばかりが入ってしまった。


「ウチが他校から、なんて呼ばれてるか知ってる? 『制服のある学習塾』だよ! もう学校として認識されてないの! だったら三年間リモート学習でもやってろっての!」

 テーブルをバシバシ叩きながら、アンズ会長が力説する。


 生徒たちがそれでいいから、余計にツラい。


「リクトくんも、そう思うよね? ね?」

「ま、まあな。前のお気楽な理事長が老衰で死んじまったってのがデカイな」


 去年まで、斉藤理事が就任するまでは楽しかったと聞いていたため、俺と誠太郎はここに入学したのに。


「いいんじゃね? その代わり、学業に専念していれば、外では割と自由にしてOKなんだから」

 そう言いながら、誠太郎はコーヒーを三人分淹れた。


「はーあ、今年も内申点目当てってだけの子が多いなー」

 アンズ会長が落ち込む。


「まあまあ、落ち着きなって」

 誠太郎が、アンズ会長にコーヒーを出す。


「ありがとー。ふにゃああ。おいしいなぁ」

 誠太郎になぐさめられ、アンズ会長の頬が緩んだ。



「お菓子食べる? よいしょっと」

 アンズ会長が、戸棚からフィナンシェを持ってきた。


「はい、リクトくんも」


「ありがとう」

 俺は、会長からフィナンシェを一つもらう。


「ほんとはねー、ネコさんクッキーとか持ってきたいんだー。けど、私のイメージに合わないかもって思って、妥協したの」

 サクサクと、会長はフィナンシェをかじる。


 フィナンシェって「金持ち」って意味だから、イメージで買ったというニュアンスはあながち間違っていない。

 天然で選んでいるのか、計算なのかは分からないが。


「おいしいから好きだよ。アンズさん」

 誠太郎が、アンズ会長の隣に座って頭を撫でた。


「どういたいしまして」

 肩を寄せ合い、二人はイチャイチャし始める。



 そうなのだ。アンズ会長と誠太郎は付き合っている。

 お互いの両親には黙っているが。



「私が今のグータライフを手に入れられたのは、誠ちゃんのおかげだもん。私にこんな一面があったなんて。誠ちゃんは私を癒やしてくれるの」

 モチになって、アンズ会長は誠太郎に抱きついた。


 ぽわわんとしたムードが、生徒会室に充満する。


「俺、帰った方がいいか?」

 さりげなく空気を読み、カバンを掴んで立ち去ろうとした。


「すまんリクト。アンズさんはこうなると長い」

「ふにゃああ。ばいばいリクトくん。妹をかわいがってあげてね」

 アンズ会長が俺に手をふる。


「あ、ああ。じゃあな」

 クルミのコトを妙に意識してしまい、俺はどもってしまう。


「あれえ? どうしたの、リクトくん?」

 俺の動揺を見過ごす、鋼鉄の乙女ではなかった。


「な、なんでもねえよ」


「そうかな? だってずっと、妹のこと見てたじゃん」


 鋭いな、女のカンって!


「気のせいだろ。とにかく今は、誠太郎に癒やしてもらえ」


「はぁい」

 再び鋼鉄のモチになり、アンズ会長は誠太郎にベタベタ甘える。


 これでよし、と。後は帰るだけだ。


 渡り廊下を抜けて、昇降口へ。



「せーんぱい♪」

 一年側の昇降口に、斉藤クルミがいた。




「ひっ!」

 思わず、悲鳴を上げる。



 帰ったものだと油断していた。脂汗がドッと出てくる。



「何があったんスか、先輩? カワイイ悲鳴なんて上げちゃって。怖い思いをしたなら、慰めてあげましょうか?」

 悪びれる様子もなく、クルミは小悪魔的な笑いを浮かべた。



「どうもしねえ。スノコで足を踏み外しただけだ」

 下駄箱からクツをバサッと落とし、上履きを直す。


「動揺しているのがバレバレッスよ」


 先ほどの優等生ぶりはナリを潜め、クルミは確実に獲物を捕らえるハンターの目になっていた。

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