ウザ後輩に、秘密を握られる

「食い終わるまで待っててくれ。お前も昼飯進んでないじゃんよ」

「そうッスね! もぐもぐ」


 二人して、寡黙に昼食を取っている。なにをやってんだ、俺たちは? 告白されたのに、何の風情もない状況だ。


 弁当の空き箱を脇に置いて、斉藤クルミと見合う。


「斉藤クルミ」


「クルミでいいです! 交際してくれなくても、そう呼んでくださって結構です」


「じゃあ、クルミ」


「……ひゃい」

 俺が下の名前で呼ぶと、クルミは舌っ足らずな声で返事をした。自分が攻められると弱いんだな。


「あたしも、呼んでみます。リ、リ、リリ」


 クルミはモジモジしながら、俺の名前を声に出せないでいる。盗塁でもしたいのか?


「無理してるなら、もういいよ。クルミ」


「ごめんなさい。先輩。ちゃんと下の名前も呼べるようにしておくので」


 その努力が報われるといいな。


「でも、俺なんかでいいのか? もっといいやついるだろ? いいヤツ見つけて、自分を大切にした方が」

「ちゃんと考えたッス。その上で先輩がいいって思ったッス。だから、お付き合いをお願いしてるッス」


 入学式が終わって、二時間しか経っていないぜ。そんな短時間で出した決断が正しいなんてとても思えないが?


「もしお付き合いいただけないんでしたら」

「なんだよ?」

「秘密をバラすッスよ。先輩の猫好きを」



 俺は、顔が強ばった。



 クルミが俺のネコ好きを周囲に明かしたら、コワモテで通っている俺の面目が潰れてしまう。

 俺は普段、威厳のある人物で通っている。妙な噂を立てられ、からかわれること必至だ。卒業まで、ネタにされるだろう。


「分かったよ。付き合えばいいんだろ?」

「やったぁ」


「まあ、手始めに、ジッとしてろ」

 俺は、クルミの頬に手を添えた。


「目ぇ閉じてろ」

「ふえ! いきなり?」


 アタフタしながら、クルミが目をつむる。両手を胸の前に組んで、神にお祈りでもするかのようなポーズになった。


 俺は慎重に、クルミに顔を近づける。


 ネコが、好奇心旺盛な眼差しで、俺たちを見ていた。期待すんな。



「口にマヨネーズついてる」

 ポケットティッシュをカバンから出して、俺はクルミの口を拭く。



「な、なんだぁ」

 ヘナヘナと、クルミが脱力する。



「ふええ。先輩が、私の口から謎の白い液体を」

「誤解を招くような言い方するな!」

「一時は、唇を奪われるのかと」


 何を期待していたんだか、コイツは。


「初対面に近いのにいきなりキスなんかするか」

「そうッスよね。先輩がそんな強引なこと、するわけないッスよね」


 俺を絶対的に信頼しているような眼差しを、クルミは向けてきた。


 そんな目で見ないでほしい。


 俺は、こんな美少女を前にして冷静でいられるような男じゃないんだ。お前が変なキャラ付けしているから、まともに話せいているだけで。


「ありがとうございます、先輩。それじゃあ、今後ともお付き合いの程を」

 ベンチから飛び起きたクルミが、ペコリと頭を下げた。


「ああ。はあ……」



 波乱の一日だった。まだ昼になったばかりだというのに、どうして俺は疲れているんだろう?



 まさか、学園トップクラスの後輩と付き合うことになるとは。しかも、生徒会長の妹だ。ということは超社長令嬢である。ヘタをうつと、最悪でも死が待っているだろう。


 それにしても、どうして俺なのか?

 もっと顔のいいヤツや、優しいタイプの男はいるのに。


 助けた恩があるのか? だったら気にしないでほしい。学生生活ってのは、もっと自由であるべきだ。こんな中途半端に生きてるネコ好きに惚れて、人生台無しにすることもあるまいて。


「せーんぱい」



「ひゃあああ!」

 思わず、柄にもない悲鳴をあげてしまう。



「クク、クルミ?」



 いなくなったと思ったクルミが、目の前にいた。

 俺が大声をあげてしまったばかりに、クルミは呆然と立ち尽くす。



「先輩、今の、何スか? 超ウケるンスが?」

 ゲラゲラ笑いながら、クルミは膝から崩れ落ちる。


「ああ悪かったな。俺はビビリなんだよ!」



 学校では隠し通しているが、とっさにビビり属性が出てしまう。


「ふーん。これで先輩の弱点をもう一つ知ることができたッス。辛くなったら。守ってあげるッス。グフフ」

 含み笑いで、クルミは言う。 


「ところで、用事はなんだよ。忘れ物か?」

「聞き忘れていたんですよ」


 蠱惑的な笑みを浮かべながら、斉藤クルミは俺の耳に顔を近づける。


「あたしのおっぱい、柔らかかったかにゃ?」


 入学式の光景が、俺の頭に浮かぶ。


「お、んまえなああああ!」

「へっへ。赤くなってやんの!」

「うるせええ!」

「はーあ、これで堪能しました。では、改めて、ありがとうございました」


 今度こそ、クルミは立ち去った。


「なんなんだよ、まったく……ん?」


 ベンチに座ると、カフェオレが置いてあった。フセンが貼ってある。


『今日は助けてくださって、ありがとうございました。あたしのアドレスを教え忘れていたので、送っておきますね。まさかガラケーなんていませんよね! グフフ』


 フセンに書かれていたのは、デフォルされた悪魔の顔文字と、スマホの番号だった。


 あいつの狙いは何なのか。


 俺には、まったく理解できなかった。

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