俺にだけウザ絡みしてくる後輩と、付き合うことになった。

椎名富比路@ツクールゲーム原案コン大賞

第一章 ウザい後輩に弱みを握られ、交際を迫られた。

ウザ後輩と、ネコ

「ああ、ネコ可愛いにゃあ」

 野良ネコが、スーパーの買い物袋を持つ俺の足下に寄ってきた。


 近所のガキが、俺と入れ違いでスーパーに入っていく。俺と目が合うと、小さく悲鳴を上げて逃げるようにスーパーへ。


「……チッ」


 少し傷ついた。いくら顔が怖いからって。進学校の制服を着ているから、多少は無害なインテリだって分かるだろうに。


 スーパーの正面にある石段を下ると、公園に着く。お目当ての柳桜があるのだ。入学式のシーズンになると、よく親御さんが子どもと記念撮影をする。俺もガキの頃は撮ったっけ。


 俺は、桜の花びらが舞うベンチに腰掛ける。近くのスーパーで買ってきた弁当を広げた。添え付けのタケノコをポリポリ。菜の花もうまい。


 ネコも、オレの隣に座り、なんとか弁当のおこぼれをもらおうと愛想を振りまく。小さい鮭がお目当てだろう。寝転がって背中をアスファルトでかいたり、ニャンと可愛らしく鳴いてみたりして。


 石段の端に、封の開いたツナ缶が置いてある。誰かがこのネコを餌付けしているのだ。それで味を占めたな、コイツは。


「いくら鳴いてもダメだぞ」


 野良ネコにエサをあげることは、衛生上よくない。生徒会である身として、自ら法を侵すことはできず。心苦しいが、ココはジッとガマンだ。


「はああああ、癒やされるなぁ」


 日頃の疲れを、俺はネコに癒してもらっている。コロコロと鳴いてすりよってくる姿がたまらない。でもエサはダメだ。



「にゃーん」



 耳元で、もう一匹のネコが鳴く。やけに視点が高いな。オレはベンチに腰掛けている。背もたれだってないのに。この距離で鳴くなら、俺の肩に乗らないと耳まで届かないはずだ。



「なんだ、エサはあげないにゃあ」



 声のある方へ、俺は振り向いた。そのまま、硬直する。


 そこにいたのは、ニヤリと笑う後輩の少女だった。セミロングの髪が、灰色の制服を身にまとっている。




「せーんぱいっ」




「さ、斉藤サイトウ 久留実クルミ!」


 今年入ってきた一年生だ。なぜ俺が知っているかというと、彼女は今日、入学式で生徒の代表を勤めたからである。書記である俺は、生徒会長の斉藤 アンズの妹として、将来を期待されていた。


 その彼女がどうして?


ダン 陸斗リクト先輩ですよね。生徒会書記の。お姉ちゃんから聞いてます」


 高校一年とは思えないバストを、クルミは触れるか触れないかの距離で寄せてきた。


「そっか」

 平静を装って、弁当のかやくごはんをかき込む。


「季節の野菜と豆腐ハンバーグ弁当ですねえ。男の子って、もっとボリュームのあるお弁当とか食べると思うんですけど。案外、栄養に気を使っているとかですかぁ?」


 ニヤニヤしながら、俺の食っている弁当に食いついてくる。


 がっつりしたハンバーグ弁当と悩んだが、今は春っぽさを満喫したい気分だった。


「気分だよ、気分。昨日が生姜焼きだったからな。あっさりしたものが食いたいんだ」

「意外と、センチメンタルだったりしてにゃあ」


 俺はクワッと斉藤クルミの方を向いた。


 コイツ、こんなにウザ絡みしてくるヤツだったか?


「いつから見ていた?」

「お店に入るときからずっとつけていました。ほら」


 斉藤クルミの手には、俺と同じくスーパーの袋が。中身はサンドイッチとカフェオレだ。


「あたしもココ、お気に入りなんスよ~。柳桜って、風流じゃないッスか~」

 カフェオレで喉を潤してから、斉藤クルミはツナサンドを開ける。小さな口でパクッとサンドを噛みしめた。


 レタスをかじる音が、俺の心を砕く音に聞こえてくる。


「だ、だよな」

 口では平然としているが、実際は背中の汗が凄まじい。夏服だったらバレていた。


「あたしたちって、趣味が合うと思うんですよ~。今後もこうやって、一緒に会いませんか?」

「何を言ってるんだ、お前は」




「付き合いましょう、壇先輩」




 かやくごはんが、ノドに突っかかりそうになる。


「ちょっと何を言ってるのか分からない」

 お茶でご飯粒を流し込む。だが、動揺は隠せない。


「ですから先輩、お付き合いしましょう」

「本気で言ってるのか?」

「はい。だって、助けてくれたじゃないですか」




 俺は、入学式のときを思い出す。



 斉藤クルミは、入学式の一年代表としてステージに立った。

 校長に礼をして、あとは自分の席に帰るだけ。

 舞台袖で、彼女は階段から足を踏み外した。

 緊張しすぎて、階段とは違う方に足を下ろしてしまったのだ。

 

 舞台から真っ逆さまに落ちていく斉藤クルミを、すぐ下にいた俺が抱きかかえたのである。



 生徒の一人がケガをせずに済んだ。それだけのことである。



「別に、お礼を言われることでもない。当然のことだ」

「とっさにできるものじゃありませんって!」


 斉藤クルミが、俺の手をギュッと掴む。


「あたし、ビビッと感じました。この人は、素敵な人だって」

「そっか、ありがとな」


 悪い気はしない。しかし、


「離してくれないか?」

「いいお返事をいただくまで、離しませんから」


 頑なに、斉藤クルミは俺の手を強く握り続ける。


「いや、弁当食えねえから」

「あ、ごめんなさい」


 すっかり冷めた弁当を、胃の中へ流し込む。風流だとか癒やしだとか、そんな場合じゃない。

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