「自分が出来ると思う事や、やりたい事を自分で否定しないで」

 夢はおばあさんにそう言葉を掛けました。涙のにじむ声で「おば様は一人じゃない。何があっても私は大丈夫だから」と言葉を掛けました。周りに自分を想ってくれる人が沢山いても、心が一人になってしまう時があるのです。誰も自分の気持ちを分かってくれないと思うのではなく、誰にもどうすることも出来ないと思ってしまうのです。だからこそ夢は知っていてほしいのです。幸せを願う人が側に居るという事を。孤独という恐怖の中で一瞬でもそう願う人の存在が光になれたら、と夢はそう思ったのです。

 それから数日間は、おばあさんの身の周りの環境を色色調えて行きました。もちろんそれで終ではありません。人によって変化の現れる場所や進行速度は違うので、時間と共に必要なものも変わって行きます。柔軟に対応していくことが大事なのです。さらに周りの人の理解も必要だと思った夢はミロクおばあさんと話し合い、仲の良い人達に伝えることにしました。一人一人の反応を目の当たりにしたおばあさんは、嬉しそうに頬笑んでいました。


 そして一年後、クイナの町には以前とは違う温かい時間が流れていました。

「おば様見て!」

 夢はコロコロコロと石畳を鳴らしながら何かを運んできました。おばあさんの家の前まで来るとニコニコと笑みを見せ、「ジャン!」と大げさにそれを披露しました。夢は二人の反応を待ちました。でも、おばあさんとオッカは長椅子に座ったままで、何も言葉が出て来ませんでした。涼みながら世間話をしていた二人は、突然の夢の登場に一瞬目を丸くさせたのですが、それよりも夢が転がしてきた物の正体が気になったのです。

 オッカはそれを凝視したまま立ち上がり、夢に近付いて行きました。

「あんたこれシルバーカーじゃないかい? しかも自分で作ったのかい? なんか心配な部分がチラホラあるよ」

「うそっ!」

 ショックを受けた夢は、持ってきたシルバーカーを入念にチェックしだしました。

「簡単だと思ったんだけど、教えてオッカさん!」

 オッカは不思議そうな表情で夢に聞きました。

「しかしあんたどうして自分で作ったんだい? 買やあいいだろうにさ」

 オッカの側にそっと寄った夢はおばあさんに聴こえないように「だって買うと受け取ってくれないもの」とささやきました。

「聞こえてるよ」

 背後から聞こえた声に、二人の背筋がピッと伸びました。

「必要な物を言ってくれりゃあたしが買うから。遠慮せずに言う事だよ。心配しなくても要らない物は買わないし、金だってたんまりあるんだよ」

 おばあさんの方へ向いた夢は、胸の前で両腕を組み、声を上げて言いました。

「分かったわ。でも使わないで出来るなら私、ごめんなさい。でも出来る事はチャレンジしたいの!」

「夢、あんたあたしにお金を使わせない気だねぇ」

「ち、違うわ!」

 早い夢の反応にオッカは笑ってしまいました。しかしその表情はすっと消え、心を見透かすような微笑で夢を見つめ言いました。

「分かったわって、全然分かってないじゃないのさ。ダメだよ、あんた、昔から嘘が下手なんだ」

 夢は少し耳を赤らめ、口をぽかんと開けたまま言葉が出なくなってしまいました。図星なのです。夢は遠慮されないようにと考えそうしたのですが、結局自分で費用を出しているのです。オッカは夢自作のシルバーカーに優しく触れ「そうだね」と呟きました。そして夢の肩に手を回し、その肩を優しく強くポンポンと触れました。

「うん、そうだね。やっぱりうちらでもやろう! 町の連中はそういうのが得意なやつらばっかりさ。うちの旦那は封筒よりも力の方が頼りになる!」

 夢は思わず笑ってしまいました。そんな二人を眺めていたおばあさんは、自分が断っても誰も聞かないということは分かっています。申し訳なさそうな笑みを落とすおばあさんに気付いた夢は、慌てて何か言葉を絞り出そうとしました。

 すると突然パンパンッとオッカが二度手を叩き、二人を自分に注目させました。

「ねぇ姉さん、孫がこっち来るんだろ? 部屋が必要になるんじゃないのかい? 姉さんの気持ちは分かるさ。でも姉さんもあたしらの気持ちが分かるだろ?」

 おばあさんは、皆がそうしてくれるのは自分のためだという事は痛いほど分かっているのです。だからこそ嬉しくて、申し訳なかったのです。他の皆も同じようにおばあさんの所へ何度も足を運びました。それでも迷惑を掛けたくない気持ちがとても強かったおばあさんは、他人に介護を押し付けたくなかったのです。介護はきっと、辛い事ばかりだと思っていたのです。夢達も、自分の想いをおばあさんへ押し付けないように、嫌な思いをさせないように、ゆっくりと時間を掛けて分かってもらおうとしてきました。そして今日もまた、その想いを届けにおばあさんの所へやって来たのです。そうやって少しずつおばあさんの心の中に皆の想いがそそがれてゆきました。そしてその想いは、おばあさんの心の中で優しく温かく光ったのです。

「迷惑掛けるのも、悪くはないねぇ」

 二人が見つめるおばあさんのその笑顔は、受け入れてくれた事を表していました。夢とオッカの胸の奥で、何かができるという喜びが弾けたのです。

 大切な人。傷付いてほしくない人。それだけで充分なのです。

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