おばあさんと夢は駅のホームで帰りの電車を待っています。夢の無理な明るさはなくなり、二人は軽快にこれからのことを話していました。

 夢は病気に関する新しい発見や研究結果や論文、そういったものが掲載されている医学の公式サイトやニュースサイトを毎日チェックしていた時期があり、素人ながらも知識はありました。そんな知りえる知識をミロクおばあさんに話し、世界は常に前に進み続けているんだと勇気付けようとしています。しかしそれは大袈裟な事ではなく、人類は今とても大きな一歩を歩もうとしているのです。だからこそ夢は力を込めて言えるのです。ただおばあさんにとって、その事よりも何よりも、そんな夢の気持ちが嬉しいのです。そして側に夢が居てくれた、一人じゃないという事がこんなに嬉しく力強い事だとは思いもしませんでした。「へぇ、そうなのかい」おばあさんは笑みを浮かべながら、何度も何度も頷きました。一生懸命話している夢自身も、輝く未来の姿を言葉にすれば言葉にするほど、鉄を熱し打つように、力強くなってゆきました。


 電車を一度乗り換えクイナの駅に着きました。二人は約束通り駅の隣のファミリーレストランでパフェを食べる事にしました。二階に上がり店中に入ると席は空いていました。二人掛けのテーブルに案内され、ようやく腰を落ち着かせることができた二人はコーヒーとパフェを注文しました。

「ねぇおば様、ここに来た事があるの? パフェって、どうして?」

「あたしは食べないよ」

 おばあさんのあっさりとした返事に夢は少しガックリとしてしまいました。夢は甘い物が大好きなのでおばあさんも同じだと嬉しかったからです。しかし、よく考えてみればおばあさんのそんな姿を一度も見た事がありません。話を聞くと、どうやらこの店はおばあさんが友達と食事をしたその帰りによく寄っていた店で、皆が美味しそうに食べていたのを見て、それを夢にすすめたということだったのです。おばあさんは食べた事がなく、いつもコーヒーを頼んでいたそうです。

 そんな話をしていると二人の席にコーヒーとパフェが運ばれて来ました。おばあさんはコーヒーにミルクを入れ、夢は嬉しそうにパフェを一口食べました。

「私、お菓子もスイーツもイチゴ味が好きなの! このパフェとっても美味しいわ! おば様も食べてみて!」

 夢は食べる前からそう言おうと決めていました。そしておばあさんにも食べてもらおうと決めてもいました。それがおばあさんの安心感と喜びにつながってほしいと思っていたからです。

「甘いものはアイスぐらいしか食べないからねぇ」

 おばあさんはそう言いながらスプーンを夢から受け取ると、一口だけ食べました。

「甘いね。おいしいね」

 おばあさんが笑みを零すと夢は笑顔になりました。

 ふわり、ふわり、と流れる素敵な時間。

 これからもずっと絶やさないんだと、夢は心に固く決意しました。


 コト、コト、コト、コト、コト。静寂を生むようにやかんの音が響いています。

 ゴトゴトゴトゴトゴト。台所に夢が慌てて入ってきました。カチッ。素早く火を止めると台ふきんで熱い取っ手を包み、粉の入ったカップに湯を注いでゆきました。朝の台所でのゴタゴタは元通り綺麗に片付いていました。コーヒーを淹れ終えた夢はまた慌てた様子で台所を出てゆきました。

「どうぞ!」

「ありがとうね」

 夢は空になったお盆をテーブルに置き、いつもの椅子に座りました。家を出た時よりも穏やかな二人は、静かにコーヒーをすすりました。喉を温めたコーヒーは胸の奥に染み込んでゆきました。夢が淹れたコーヒーをやっと味わいながら飲む事ができたのです。

「いつも出るね、このお菓子。こういうのも好きなのかね」

 おばあさんが見つめているのは、夢の家に来るといつも出てくるお菓子です。

「うん! ホープさんに会いに行く時はいつも持っていくのよ」

 自然な夢の笑顔と声におばあさんはとても嬉しそうに笑いました。

「でも私、この話した事あると思っていたわ」

「聞いた事ないと思うねぇ。なら日記に書いておきなよ、今日ばあさんにのろけたって」

「書かない! もうやめてよおば様!」

 急に恥ずかしくなった夢は口元を隠すようにコーヒーを一口飲みました。

「そういや何か話があったのかい?」

 おばあさんがそう尋ねると、夢は「うん」と頷きました。

「とても大事な話なの!」


 病院からの帰り道、二人はオレンジ通りを歩いています。夢がそっと隣に視線を寄せると、おばあさんの横顔が目に入りました。夢はしっかりと呼吸をし、胸の奥から込み上げてきた熱い涙を抑えました。

「これから帰ってコーヒーでもどうかしら?」

 夢の誘いにおばあさんは「食事の話もね」と笑顔で返事をしました。

「良かった。それとね、話したい事もあるの」

 うつむく夢がぽつりと言うと、おばあさんは笑みを向け「わかったよ」と頷きました。

 安心した夢は顔を上げ、白く続くオレンジ通りを見つめました。余計なお世話でお節介で嫌われるかもしれない、そんな怖さもあったのですが、それでもいいと夢は思いました。おば様が笑顔でいてくれるなら私は存在しなくてもいい、揺らぐことなくそう思えたのです。何度も訪れた自問自答の先に、何度もした決意の先に辿り着いた時、夢の自我は薄れ、見る事の出来る愛が心の中に生まれました。

「これが愛なんだ。皆を想う気持ちと同じなんだね」

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